魔王の息子、子供と戯れる

ラックルから話を聞くと、ここは――

親を亡くした子どもたちのために作られた幼稚園らしい。

ドレイクはいつも通り冷静にうなずきながら話を聞いている。


「ギールさん!! そしてドレイク様!!! お二人には紙芝居の世話をお手伝いしてもらいます!」


「ちょっと待って。なんでドレイクは“様”で俺は“さん”なんだよ」

「それは!!!!!!!」

「……ごめん、やっぱいいや」


これ以上こいつの声を聞いてたら、鼓膜が破れる。


俺とドレイクは早速、幼稚園の中に入った。

「みなさーーーん!! 紙芝居の時間です!!!」


「やったー!」「ドレイク兄ちゃんが来た!!」「さっきのあたまふわふわの人もいる!」


……“頭ふわふわの人”って、髪の毛のことだよな?

そして俺とドレイクのこの差はなんだ?顔か?結局顔なのか!?


ドレイクは慣れた手つきで紙芝居の準備を進めていく。

俺も手伝おうとしたが――隙がない。

まるで何百回もやってきたような、完璧な動き。


(……よく考えたら、俺、人間界でまだ何も成果出してないなぁ)


「みなさーーーん!! 今日は“勇者、魔王城攻略編”です!!!」


こいつ、俺の前でよくそんな紙芝居をやろうとするな。

ステラから台本を渡されたが、見ても読めない。


「ドレイク、これ一体なんて書いてあるんだ?」

「あなたの素性は知ってます。完璧な演技ができると思うので、頑張ってください」


……おい待て。演技も何も、文字が読めねぇんだってば。


「俺、文字読めないからセリフ読めないんだけど」

「安心しろ。少し見てたらわかる」


俺は緊張しながらも周囲を見回した。

昨日スラムから来た子どもたちも、今日は楽しそうに顔を輝かせて待っている。

昨日あんなに苦しそうだった子どもたちが、たった一日でこんな笑顔を見せるなんて――パウロの力の凄さを、改めて思い知らされる。

しかも、聞けば全員に治癒魔法まで使ったらしく、みんな健康そうだ。


そのとき、ステラが突然声を上げた。

「すみません!! 皆さん!!! おトモダチが一人足りないので、10分ほどお待ちください!!!!」


どうやら、ひとり行方のわからない子がいるらしい。

「大丈夫か? 誘拐か? それとも迷子?」

思わず俺が焦る横で、ドレイクとステラは落ち着いて考えていた。


「違う。あの子だな」

「はい!!!! ドレイクさん、その通りです!」

「その“あの子”って一体誰なんだよ」


二人は困った顔で説明を付け足す。


「実はな、まだ心を開いてくれない子どもがいてな。だいぶ前からここにいるんだが、何度話しかけても何も返してくれない」

ドレイクの言葉に続いて、ステラも真剣な声を重ねる。

「そうなんです!!!! あの子、自分の名前すら教えてくれないんですよ!!!! 他の子どもたちとも仲良くできなくて、今ちょっと困っているんです!!!!」


子どもたちは紙芝居をせがむ声を上げ続けているが、不思議と二人の声だけは鮮明に聞こえた。


「なので、僕たち三人で手分けして、その子を探しましょう。安心してください。園のどこかには必ずいますし、今この部屋以外にいるのはその子だけです」


――どうやら、ついに俺が活躍する時が来たらしい。


今まで他の人たちに頼ってばかりだった俺たちが、

ついに“誰かの役に立てる時”が来た――そう思うと、胸が少し高鳴った。

俺はさっそく幼稚園の敷地を見回り始める。


この幼稚園、思ったより広い。

やみくもに探すより、少し当たりをつけたほうがよさそうだ。

一体どこに隠れているんだ?


――「隠れる」

その言葉が頭に浮かんだ瞬間、嫌な記憶がよみがえった。


「ギール!! お前はどこかに隠れていなさい!」

「いやだよ!! 父さん、行かないでよ!!」


あれは、地獄のような夜だった。

魔王城は火の花を咲かせ、赤いカーペットは血にまみれ、

仲間たちの笑顔は次々と崩れていった。

あの時、隠れるしかできなかった俺。

あの無力さが、今も胸の奥に張り付いている。


額を伝う汗を拭いながら、ふと気づく。

――わかった。どこにいるのか。


俺は静かに階段を登り始めた。

できるだけ音を立てないように、一段一段ゆっくりと。


(隠れる側は、いつだって怖さで胸がいっぱいだ。)

(でも、それ以上に、外の世界が気になってしまう。)

(そして、誰も思いつかないような暗くて――それでいて外を見渡せる場所といえば……ひとつしかない。)


屋上にたどり着く。

そこにあるのは、大きな鐘――昼間、園のシンボルとして鳴らされるベル。


俺はそっとその中をのぞいた。

そこには、黒髪の小さな少年が、膝を抱えて座っていた。

顔は整っているが、まるで氷のように解けて消えてしまいそうな儚さがあった


「……なんで」


かすかな声が、鐘の中に響いた。

少年は俺を見上げ、震える唇でそうつぶやいた。













































俺たちは言われるがままに、花壇に向かって行く。

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