魔王の息子、村人と働く

俺とドレイクは、なんとか大量の“勇者グッズ”を運び終えた。

並んでいたのは――勇者の名前だけがついたキャンディ、勇者が使っていたというでたらめなおしゃぶり、そして明らかに木製なのに「勇者カリバー」として売られている木刀。


「おい、これ全部、お前らが考えたインチキ商品じゃねえか!?」

珍しくドレイクが怒っていた。あいつ、本当は勇者ファンなのか?


パウロは目をそらして、にっこり笑う。

「違いますよ、ドレイクさん。“インチキ”ではなく“フィクション商品”と言ってください」


「大して変わらんだろ!!」

普段滅多に怒らないドレイクが、珍しく声を荒げる。思わず俺も息をのんだ。


パウロは咳払いをして、話題を切り替える。

「ギールさん!! 実は今、あなたが喉から手どころか腕まで出るほど欲しがる“お仕事”があるんです!」


「おい、話はまだ――」

「ほんとか、パウロ!! ぜひやらせてくれ!」

……つい、また口車に乗ってしまった。


「ではこちらへ」

パウロの案内で町の中心に向かうと、そこにあったのは――真っ白な壁に、青い屋根。屋上には鐘が設置された二階建ての建物。

どう見ても幼稚園だ。


「パウロ!! なんで俺が幼稚園の先生なんだ!?」

パウロは胡散臭い笑顔を浮かべながら、右手を軽く振る。

「違いますよ〜〜ギールさん。先生じゃなくて、あなたは、まだ資格がないので、用務員です」


……なぜだろう。それはそれでダメージが来る気がする。


「なんで俺が幼稚園なんだよ。もっと俺に向いてる仕事あるだろ?」

「例えば?」

「なんかこう……俺の良さが出るやつ!」


すると、ドレイクが静かに言った。

「ギール、ここで働こう」


優しい声。けどなんか、俺の逃げ道を塞ぐ音にも聞こえた。

パウロがさらに追い打ちをかける。

「まあまあ、ギールさん。精神年齢が近いんですから、きっと子どもたちとも仲良くできますよ」


……なんでいいことやって、最後に必ずイラッとさせるんだこいつ。


反論しても疲れるだけだと思い、俺は無視することにした。

「ギールさん、大人になりましたね〜。後は、その髪の毛が赤じゃなければ完璧なんですけど」


パウロが帰ったあと、俺たちは幼稚園の中に入った。

遠くから見ただけでも、かなりの数の子どもたちがいる。

その中には、昨日スラムで助けた子たちの姿も見えた。

(よかった、ちゃんと無事で……)


外に立つ俺たちに気づいた園児たちが、わあっと駆け寄ってくる。

……やはり俺のカリスマ性か?

スラムの子たちはともかく、会ったことのないチルドレンからも人気とは、魔王の息子の風格ってやつだな。


――そう思ったのも束の間。


「ドレイクお兄ちゃーん!! あそぼー!!!」


……うん? 俺のほうじゃない?


目の前に押し寄せた子どもたちは、ほぼ全員ドレイクのまわりに群がっていた。

なんでだ!?

なぜだドレイク!? お前どんな魔法使ったんだ!?


負けてられるか、俺も対抗だ!

「チ、チルドレンたち〜〜〜! ギールお兄ちゃんもいるぞ〜〜!!!」


普段出したことのない声を出して、全力で子どもたちにアピールする俺。

だが、彼らはこそこそと話し合っている。


「お前、行ってやれよ。かわいそうだろ」

「やだよ! 私、ドレイクお兄ちゃんと遊びたいもん!」

「しっ! 聞こえるかもしれないって。あの人、バカっぽいけど耳は良さそうな顔してるから」


……聞こえてるよ、全部。


もう泣きそうだし、正直帰りたい。

これが“人類からの洗礼”ってやつか。

これが、魔族になくて、人間にあるものか。


俺がどうしようもない思いに打ちのめされていると、

ドレイクが俺の肩をポンと叩いて、いつもの優しい笑顔で言った。


「すまん、ギール。俺、昔からここでボランティアしてるからな。ちょっと“積み重ね”が違うんだわ。」


……ドヤ顔。

この真面目面のくせに、ここで勝ち誇るとは。

俺の中の信頼ポイントが一気にマイナス方向に吹っ飛んだ。


――こうなったら、最終兵器を使うしかない。


「チルドレンたち!! 俺の髪の毛に注目してくれ!」


「ナニナニ?」

「しょうもなかったらブランコ行こ」

「みんな、作り笑いの準備して!」


ほんとにこの園児ども、可愛げがない。

だが――今だ!


「うわっ! 髪の毛が赤くなった!!!」


園児たち全員の視線が一斉に俺の頭に集まる。

ふっ、これぞ魔族の力。俺は得意げに続けた。


「はい、じゃあ次は……」

「青になったー!!!」


歓声が上がる。完璧だ。

ドレイクに完全勝利――いや、俺は今この幼稚園の王になった。


「ねぇねぇ次は?」

「次? なんだ?」

「虹色にしてー!!」


……しまった。無理難題きた。


「に、虹? ごめん、それはちょっと――」

「できないの? なーんだー」


やばい、このままだと好感度が蒸発する。

助けてくれドレイク!!


俺は視線で「助け舟出して!」と訴えたが、

ドレイクの顔は――まるで別人だった。


目が死んでる。

唇だけが、静かに動いている。


「ゆ」

「る」

「さ」

「な」

「い」


なんで、そんなにキレるの!?

俺がどう対応していいかわからず固まっていると、

幼稚園の空気を切り裂くような――耳が破けそうな大声が響いた。


「みなさーーーん!!!!!」

「おふたりを!!!!!!困らせては!!!!!!いけません!!!!!!」


……鼓膜が死ぬ。

なんだこの音量、雷鳴か!?


声の主は、金髪の青年だった。

全身に十字架のアクセサリーをこれでもかとジャラジャラつけていて、

動くたびに金属音が鳴り響く。


まるで歩く聖堂。いや、騒音公害。


「あなたが!!!!パウロ様がおっしゃってた!!!!ギール・アホリアさんですね!!!!」


「ちがうわ!! ギール・アポリアだ!!」


「そうでしたか!!!! すいません!!!!」

「そういえばそうでした!!!! パウロ様が昨日からよく“アホ”って言ってたので!!!! 名前と混ざってしまいました!!!!」


何言ってんだこいつ。

謝りながら爆弾を投げるタイプの謝罪って初めて見たわ。


金髪の青年は、顔が触れそうな距離までズイッと詰めてきた。

だが――声のボリュームは一切下がらない。


「そういえば!!!! 名乗っていませんでしたね!!!!

僕の名前は!!!! ラックル・ステラ!!!!」


鼓膜が震える。

距離ゼロで拡声器って、もはや暴力だろ。


隣のドレイクを見ると、いつも通りの顔で平然としている。

「……いつも通りだな」という無言の表情。


お前の人脈、どうなってんだよ。

キャバクラ教皇の次は爆音神父か。









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