第4話 魔王の息子、村人と手を洗います

食事を終えて、俺とギールは家へ戻った。


ギールは俺の家を見て、しみじみと一言。

「なんというか……トラディショナルな感じだな」


「古臭いって思ったなら、正直に言えよ」


「王たるもの、民の厚意を無下にはできない」


……最初に会ったときより、確実に態度がデカくなってる気がする。

まぁ実際、俺の家は築三十年の木造二階建てだ。


「ドレイク、お前の父さん母さんはいいのか? 俺が入っても」


その一言に、思わず額に汗が滲んだ。


「なんでもない、俺をもてなすことだけ考えろ」


……こういう時だけ、こいつの性格が妙に暖かく思えるから不思議だ。


「わかりましたよ、魔王様」


俺らは、キイキイと軋む古びたドアを開けて中へ入る。


「おお、今日から俺が住む家はここか! なかなかいいじゃないか!」


どうやら気に入ってくれたようだ。


ギールがソファにどかっと腰を下ろし、そのまま寝ようとするので――


「おい!! 外から帰ったら、まず手洗え! 雑菌を家に繁殖させたいのか!?」


「……ドレイク急にどうした? お前らしくないこと言うなよ」


「いや、関係ねぇよ。早く洗え!」


俺は潔癖症だ。少しでも汚いものが家に入るのは許せない。

ギールを洗面台まで連れていき、強制的に手を洗わせる。


「これでいいか?」


ギールは適当に手を濡らして済ませようとする。


「いや、最低でも肘まで洗え。最高なら膝までだ」


その瞬間、ギールの髪が今まで見たことないほど真っ青になった。


「膝まで!? 膝から下か!?」


「違う! 膝から上だけでいい!」


「逆に難易度高ぇだろ!! 膝から上だけ洗うの!?」


ギールの洗い方があまりに雑なので、俺は後ろから密着して手を取った。


「近い! 近い近い近い!! ドレイク近いって!」


「関係ねぇ。さっさと肘まで洗うぞ」


(お、落ち着け俺。俺は魔王の息子、第十一王子ギール・アポリア……これくらいの修羅場、簡単に潜り抜けてきたはずだ……! だが人間が後ろから密着して、肌を擦り合わせてくるなんて……こんなの初めて……どうすればいい!?)


ギールが全然力を入れないので、結局こっちが本気で洗うしかなかった。


「ギール、しっかり意識しろ!」


(意識しろって、違うだろ!? 俺の顔真っ赤なの、少しは察しろ! ……ダメだ、こいつの顔を見て分かった。俺の手しか見てねぇ!! どんだけ潔癖症なんだ!?)


「ドレイク、もう三分は過ぎたぞ! 十分だろ!?」


「何言ってんだ。あと五分は洗う」


(長すぎる! しかも、さっきからドレイクの手と石鹸がまとわりついて、くすぐったい)


「ふ、ふぅ……ふふっ……!」


ギールが体を震わせ、声を漏らしている。

どうしたんだこいつ……?


「この後、俺も自分の手を洗わなきゃならないんだ。だからさっさと終わらせるぞ」


(はぁ!? こいつ……この後で自分の手も洗うつもりなのか!?

 ってことは……俺が後ろから密着して洗うパターンもあるのか!?

 いや、絶対一人でやるだろ……あぁもう! くすぐったくて考えられねぇ!!)


「ギール、さっきからふざけてないで、ちゃんと洗え」


「もういいだろ……勘弁してくれ」


「ダメだ。最初はきれいにするのが目的だったが――今は教育が目的だ」


(なんでだよ!!)


「ちゃんと自分で洗えるまで続けるぞ」


「……わかった。やるから! 一人でちゃんと洗うから!」


ギールはモゾモゾと体を動かす。

どうせ適当に済ませて、さっさと遊びたいだけだろう。……そうはさせない。


俺はさらに力を込めて、ギールの手を洗った。


(やめろって!! 俺、人と触れ合ったことほとんどないんだ! くすぐったくて耐えられねぇんだよ!!)


「ギール!! 爪はしっかり!」


「うっ……ぐ、ふふっ……」


「手の甲は!」


「ね、ねんいりに洗う!!」


「よし、それでいい。……あと同じことを三回繰り返したら、ハロワ行くぞ」


(すぐ外に出るなら意味ねーだろ!?)












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