第3話 魔王の息子、村人と決心する。

ライトルさんが料理を作っている間、暇だったので俺は思い切って切り出した。


「お前は、結局何がやりたいんだ?」


ギール=アポリアが何を欲しているのか。ここではっきりさせておくべきだと思った。


ギールは水を一気に飲み干し、コップをテーブルに叩きつけるように置いた。

髪の毛が、じわりと黒く染まっていく。


「そんなの決まってるだろ。――勇者に会う!!」


やはりそうか。

魔王を倒した勇者。自分の父親を殺した相手を探すのは、魔族でも人間でも自然なことだろう。


「……見つけて、何をするつもりなんだ?」


「当然、勇者と会話する」


一瞬、俺は言葉を失った。復讐するんじゃないのか?


「会話……するだけなのか?」


ギールの髪がゆっくりと白に戻る。


「当然、憎いさ。だが正直、殺されても文句は言えないことをオヤジはやってた。……それでも一つ、どうしても気になることがある」


「気になること?」


ギールは真剣な眼差しで俺を見つめる。


「勇者は一人で魔王城に乗り込み、笑いながらみんなを殺していった。……それが理解できない。俺たちだって生き物を殺すときは、せめて祈るとか、目を閉じさせるとか……最低限の礼儀を持っていた。それなのに、あいつからは何も感じなかった。――それが、許せないんだ」


なるほど。こいつはただの復讐鬼じゃない。

まだ一緒に過ごした時間は短いんだが、なんとなく“いいやつ”だとわかった。

変に暴走する可能性も低そうだし、本物の勇者に会うなんて現実的じゃない。


「……いいぞ。協力するよ、ギール。お前が一人なのは心配だしな」


「マジで!? いいのか!! じゃあ次から俺のことは“魔王様ギール”って呼べよ!」


「はいはい、わかったよ魔王様。ただし、人がいる時はそういう発言すんな」


「分かった!!」


ギールは楽しそうにキッチンの様子を覗き込む。

まるで人形劇に夢中になる子供みたいだ。


やがてライトルさんが料理を運んできた。

「熱いうちに召し上がれ」


俺のトレーにはグラタンとヨーグルト。

そしてギールの目の前に置かれたのは……真っ赤な唐辛子が山ほど乗ったピザ。


……なんだこれ。確かにライトルさんの言った通りだ。

これを平然と食える奴は、本物の勇者かもしれない。


「うまそう〜! いったっだきまーす!」


独特のイントネーションでギールがピザにかぶりつく。

……見てるだけで、こっちが辛くなってきた。


真っ赤に染まった唐辛子マシマシのピザ。

魔族なら平気なのか? それとも――。


「おえええっ……! おっえ……!」


ギールは急に泣き出した。髪は一気に真っ青。

やっぱり辛すぎて無理だったか。


次の瞬間、ギールが俺の耳元で囁いた。

――近い近い近い! 急に距離を縮めてくるな!


しかしその混乱は、ギールの一言で吹っ飛んだ。


「この店に暗殺者がいる……! 多分俺はもう生きていけない。毒を盛られた」


……は? 何言ってんだこいつ。

まさか魔王の生き残りを狙うハンターでも潜んでるのか?


「とにかく中和しないと! 症状は? どこが痛い!?」


ギールは涙をぼろぼろ流しながら答える。

「舌とお腹が痛い……! 水で中和しようとしたら、さらに舌が痛くなった! この毒、かなり厄介だぞ。ドレイク、ライトルと一緒に逃げろ!」


……あ。


「お前、“辛い”って意味知ってるか?」


ギールの目がまんまるになる。

「辛い……? 何を言ってるんだ。まさか、この毒の名前は“カライ”っていうのか!? 解毒剤とか知ってるのか!?」


全身から一気に脱力が押し寄せてきた。


「ギール。それは毒じゃない。味覚の一種だ」


髪の毛が黄色に変わり、さらに食い下がってくる。


「味覚? 嘘をつけ! これは酸っぱい、甘い、苦い……どれにも似てない! ただ“痛い”しかなかったぞ!」


「辛いは痛覚を刺激するからだ」


「なぜ人間は自ら痛みを食べるんだ!? 意味がわからん! まさか幼少期から訓練させて鍛えてるのか!?」


……なるほど。

どうやら魔族には“辛い”という概念自体が存在しないらしい。


「ほら、辛いの解毒剤だ。このヨーグルトを食え」


俺がスプーンで無理やり口に突っ込もうとすると――

ギールの髪が一瞬ピンクに染まり、声を張り上げた。


「やめろ! 民に負担をかける王がどこにいる! それぐらい自分で食えるわ!」


そう言ってスプーンを奪い取り、自分でヨーグルトを口に運ぶ。


「……な、なんだこれ……うめええ!! もっとよこせ!」


次の瞬間、ギールは目を輝かせ、滔々と語り始めた。


「ただ甘いだけじゃない。この中には色んな果物が入ってて、噛むたびに別々の果汁がぶつかり合い、全く違う顔を見せてくる! 例えるなら……森の奥に棲んでいて、覗くたびに姿を変える魔物――ツクメン蝶みたいだ!」


……こいつ、食レポめっちゃ上手いな。

ていうかその魔物知らねえんだけど、どんな生き物だよ。


「これ、なんて名前の食べ物だ? 甘いものは全部そろってた魔王城でも、こんなのなかったぞ」


「ヨーグルトだ」


「ヨーグルト……いい名前だ! 甘い上に飽きが来ない。フルーティーで奥深い……これは辛いの上位互換だな!」


……気に入ってくれたのはいいんだけど、問題は残ってる。


「で、そのピザどうするんだ? 俺が食おうか?」


ギールの髪がぱっとオレンジ色に変わる。

自信満々の色だ。まさか俺に押しつけるつもりか?と思ったが――


「さっきも言っただろ。民に負担をかける王はいない。秘策を考えた。……そのヨーグルトを貸せ!」


そう言って、ギールは残っていたヨーグルトをピザの上にぶっかけた。


「おい!? 何やってんだお前!!」


「こうすれば辛いは攻略可能だ! 辛いと甘いは反対の関係……だったら毒と同じ理屈で中和できるはず!」


ギールはヨーグルトをぶっかけたピザを、おいしそうに平らげていた。

……正直、辛いまま食べた方がまだマシだろうと思ったが、本人がおいしいなら口を挟む必要はない。


俺も俺で、目の前のグラタンを味わう。

うまいな……。今までずっとレーズンパンとコーンポタージュしか頼んでなかったが、こんなにうまいなら、もっと早く食べておけばよかった。


結局、俺とギールは全て完食した。

まだ腹には余裕があるし、正直もう一皿くらいグラタンを食べたい気分だ。

だが、さすがに迷惑だろうと席を立ちかけたその時――。


「ライトルさーん!! 今回の料理マジでうまかった! もう一回ヨーグルト頼んでいいか!?」


……やめろギール。俺が止める間もなく、ライトルさんは笑顔で答えた。


「いいぜ。そんなに喜んでくれるなら、こっちも作った甲斐があった。ドレイクはどうする?」


「え……頼んでいいんですか?」


「当たり前だろ。客を追い返す店なんてあるか。それに、こんなにうまそうに食べてくれるなら、好きなだけ食ってけ」


胸の奥がちくりとした。

今まで「迷惑かも」とためらってばかりだった俺にとって、その言葉は不思議と心に沁みた。


「……だったら。グラタンセット、もう一回ください」


「あいよ。少々お待ちを」


ライトルさんは軽快にそう言い残し、キッチンへ戻っていった。


ライトルさんが戻ってこないので、間を持たせるために聞いてみた。

「ギールの家では、普段どんな料理を出してたんだ?」


「おっ、食事文化が気になるかドレイク。……特別に教えてやろう。普段は教えないんだが、今回は特別だ」


――いや、もう話したくて仕方ない顔してるだろ。

俺はあえて何も言わず、続きを待った。


「魔族は基本的に甘いものが好きだ。そして俺が昔好きだったメニューは……ゆで卵だな」


「……案外普通だな。王族なんだから、もっとややこしい料理食べてたのかと思った」


「おっと勘違いするな。ただのゆで卵じゃないぞ。

 一年に一度しか卵を産まない伝説の鳥・ニワトーレの卵を使うんだ。

 さらに沸騰させる水は、魔界で最も高い山フジサンナの頂上を流れる清水! 飲むだけで病が治ると言われている奇跡の水だ」


……確かに、一流の食材だらけだ。

シンプルな料理でも最高級の味になるのかもしれない。


「さらに重要なのは、最後の調味料だ」


「塩か?」


「いや――砂糖だ!」


「味覚いかれてんのか!?」


「ドレイク、異文化を受け入れないからって、悪く言うのは違うんじゃないか?」


「確かにそうだけど! でもなんでゆで卵に砂糖ぶっかけるんだ!? 塩でいいだろ!」


ギールはやれやれと肩をすくめ、少し偉そうに言った。


「魔族は甘党で、めんどくさがりだからな。複雑な料理は作らない。

 だから簡単で、甘ければ甘いほどいいんだ」


グラタンとヨーグルトが再び運ばれてきて、俺たちは食事を始めた。


「ギール、この料理を食べ終わったら俺の家に来い。そこが……お前の新しい家だ」


ギールはニヤッと嬉しそうに笑う。

「しょうがないな。しばらく泊まってやるよ」


「それと――今日の昼からやることも決めてある」


「ん? なんだ?」


「とりあえず、ハローワークに行くぞ」


その瞬間、ギールの髪が一気に真っ黒になった。

ガチャン、とスプーンを取り落とす。


「やだやだやだやだやだ!! 働きたくない!!」










































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