第5話魔王の息子、村人と教会に行く

俺の名前はギール=アポリア。

……さっきようやくドレイクの手洗い指導から解放された。


その後、あいつは自分でも二十分くらい手を洗っていたが……いや長すぎだろ。

あれ絶対、一日の大半を手洗いに費やしてるぞ。


そんなツッコミを飲み込みつつ、俺は今、人間の「ハローワーク」なる場所に連れて行かれている。

オヤジ……すまん。唯一の生き残りの俺は、今、人間の職探しに行くことになったよ。

こんな屈辱、あの時以来だ……。


どんよりとした気分のまま、ドレイクの背中を追う。


「ほんとに働かなきゃダメか?」


「ダメだ。勇者に会うんだろ。その間の生活費はどうするんだ」


……外に出ること自体は嫌いじゃない。

特に、この帽子はお気に入りだ。触り心地が良くて、つい手が伸びる。

素材自体は魔王城にもあったはずなのに、なぜこんなにも心地いい?

人間界の技術は……魔王軍より優れているというのか?


そう考えているうちに、ドレイクが足を止めた。


「ここがハローワークだぞ。お前の新しい職探しの始まりだ」


俺は建物を見た瞬間、鳥肌が立った。


「ふざけるな!! これ、ハローワークじゃない! ……教会だろ!!」


白を基調とした大理石の柱、青く塗られた屋根。

近くでは子供たちが聖歌を歌っている。


魔族にとって最も忌むべき存在は勇者。

そして、最も近づきたくない場所――それが教会だ。


「何が嫌なんだ? ここは仕事を見つけるのに最適だぞ。この街の教会には――今、教皇がいる」


……俺の心は一気に真っ青になった。


こいつ……俺が世間知らずなのをいいことに、ゴリゴリに嘘つこうとしてる!?


「教皇って……あの教皇だろ!? 歴代から魔王軍幹部を何人も駆除してきた、あの化け物だろ!? 俺、殺されるに決まってる!!」


「正確には“消滅”な」


「どっちでも変わらんわ!!」


俺は即座に踵を返して逃げ出そうとしたが、首をガシッと掴まれ、そのまま教会の中に引きずり込まれた。


……おい、待て。

俺、一応握力44あるんだぞ!?

それでもビクともしないって、ドレイクどんだけ力強いんだ!?


そのまま俺は懺悔室に押し込まれた。

……な、なんだ? 最後の辞世の句でも言わせてくれるのか?


こうなったら――


「すいません神父様! 俺、魔王の一族だけど、めちゃくちゃいい子なんで勘弁してください! お願いだから、歴代最強シスター・チルラーが考えた拷問だけはやめて!!」


プライドなんて投げ捨てた。これなら少しは見逃してくれるはず……!


「馬鹿やろう。言うなって言っただろ! あと何その拷問!? 聞いたことないんだけど!?」


俺の頭は混乱していた。

……どういうことだ?

「ハローワーク」と言って連れてこられたのは嘘じゃなくて、実は「処刑ルート」だったのか?いや、思考がおかしくなってきたぞ。


「ど、どういうことなんだ!?」


俺が目を丸くして叫んだその時――。


懺悔室の向こうから、呑気な笑い声が響いた。


「はっはっはっ! なかなか面白い夫婦漫才でしたねぇ。安心してください、チルラー式の拷問をやってたのは――もう六年前の話です」


「……結構最近じゃねーか!!」


懺悔室の扉が開いた。

現れたのは、さっきの声の主――。


見た目は四十代くらいの、気の抜けたおっさん。

頭には青い帽子をちょこんと被っている。……確か教皇がつける、ズケットってやつじゃなかったか?


そのおっさんは、にこやかに自己紹介をした。


「遅れてすみません。私の名前は――パウロ・マーベル。安心してください。私、可愛げのある悪魔は……大好物ですから」


ニコッと不気味な笑顔で微笑む。


……やばい。

とんでもない人間に出会ってしまったかもしれない。













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