1-4 ルームサービス
目を背ける夏美をちゃんと見ていたアデーレは、席を立ってアデーレに手を差し出す。
「少しお話が長くなってしまいましたね。そろそろ掃除も終わっている頃でしょうし、一旦お部屋に戻りましょうか」
「はい……」
夏美は少し気分が悪くなりながらもアデーレの手を取って席を立つと、ユヅルハに会釈をして展望室を出ていく。
「そろそろ沖に出て参りましたので、流れる情報も荒くなっているんですよ」
少し気分の悪くなった夏美を気遣ってか、アデーレがそう補足する。
だが夏美は答える気力がなくただ相づちを打つように頷くだけだ。
「あ、支配人~。お掃除からベッドメイクまで全部終わりましたよ~」
部屋の前まで行くと、ウィンがドアの横で待っていた。アデーレと夏美を見るなり掃除ができた旨を報告してくる。
「ありがとう、ウィン。お客様、具合が悪いのでしたらベッドで休まれてもよいのですが、いかがなさいますか」
「ちょっと、横になりたいです」
さすがに見たくもないものを見てしまったのだからちょっとは休みたい気分だ。夏美はアデーレにそう断ると、用意された部屋に戻っていく。アデーレはウィンと共に部屋の前でお辞儀をして夏美を見送った。
部屋は、先ほどと同じように整えられており、ベッドも夏美がいたことなんてなかったかのように綺麗にベッドメイクされている。
そして、テーブルには一枚のチラシが置かれていた。夏美がそれを手に取ってみると、どうやらルームサービスについてのあれこれが書かれている。
「マッサージとか食べ物とか、サービスしてくれるんだ。本当にホテルみたい」
お呼びの際は備え付けのベルを鳴らしてくださいとあるが、ちょうどテーブルに小さなベルが置かれている。こういうものは内線電話や遠隔でやりとりするボタンで頼むものだと夏美は思っていたから、ベルが置かれていることに不思議な気分になる。
とりあえず少し横になろう。そう思って夏美は整えられたベッドに入る。
ふかふかの羽毛布団は寝心地がよく、このまま眠りに落ちてもおかしくない。だが、窓の外から聞こえてくる音で、夏美は眠れなかった。
聞こえてくるのは海の音ではなく、誰かの話し声やタイピングの音、何か書いているような音といったノイズが混じり合っている。カフェやレストランで勉強しているときのような音がひっきりなしに聞こえてきて、逆に夏美は居心地が悪くなった。
「……何か、頼んでみようかな」
ベッドから出た夏美はチラシを改めて眺める。ルームサービスの一覧には、食べ物や飲み物の配達の他マッサージ、話相手なんていう普通ではあり得ないようなサービスも提供している。
「さっきの子と話したりするのかな……?」
ちょっと気になったが、夏美は腹の虫が鳴ってしまい、誰もいないのに恥ずかしくなってしまった。
「何か食べてみようかな……シェフのお気に入りガレットだって、なんだかおいしそう」
あとは、話相手が何かも聞いて見よう。もしかすると少し気が紛れるかもしれない。
少しドキドキしながらベルを持って慣らしてみる。涼やかな音を立ててベルが鳴り、少しもしない内にドアがノックされた。
「お客様、ルームサービスをお伺いに来ました」
ドアを開けるとウィンがすました様子で立っており、夏美はチラシを見せながら注文を伝える。
「はい、シェフのお気に入りガレットと、話相手についてですね。話相手というのはそのまま、乗務員がお話相手になるサービスです。さすがに操舵士とか、船を動かしている人は無理ですけど」
「話相手、って誰でもいいんですか?」
「選べるのは私の他に、客室乗務員のエーヴェルと支配人のアデーレ、バーテンダーのユヅルハと空いてればシェフのクロードもできますね」
「結構色んな人が乗ってるんですね、この船」
アデーレとユヅルハには会ったが、残りのエーヴェルとクロードに関しては何一つわからない。さすがに知らない人と話すのも気が引けるので、一番話が通じそうなアデーレを話相手に選んでみた。
「かしこまりました。では、お食事とお話相手をお連れします。少々お待ちください」
ぺこりと礼をしてウィンはドアを閉める。また部屋に取り残された夏美は開けっぱなしだった窓のカーテンを閉めてベッドに転がった。
「にしても変な夢……なのかな。本当っぽい気もするし、異世界召喚にあったならもっとすごい展開とか使命とか、そういうのがあってもよかったのになぁ」
そうしたら、今頭の中を巡っているやかましさからも、少しは解放されるかも知れないのに。夏美はそうふてくされながらベッドの上で大の字に寝転がる。
カーテンを閉めれば外の音も少しは遮られてうるさくない。それでも気になりはするが、ないよりはマシだろう。
ルームサービスが来るまでの間、夏美はもう少し休んでおこうと思った。少しだけ目を閉じて、何もない空間をイメージする。そうすれば、やかましい情報の海から離れられるような気がした。遠く遠くをイメージして、呼吸を静かに整えていく。やがて、静かに沈むような感覚が夏美を包み込んだ。
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