1-5 お話相手
少し眠ってしまっていたようだ。以前どこかでみた瞑想の仕方を真似したものだったが、眠ってしまったのならちょっと顔が立たない。
うとうとする夏美を起こすように、扉がコンコンとノックされる。ルームサービスが来たのだ。
「あっ、今行きます!」
夏美は慌ててベッドから飛び起きると飛び起きた勢いのままドアを開ける。そこには、カートをひいてきたウィンがアデーレと共に立っている。クローシュを被せた料理は恐らく頼んだガレットだろう。
「ルームサービスです。お食事とお話相手を連れて参りました」
「ありがとうございます、えっと」
「中にお運びしますね」
ウィンは慣れた様子でカートを部屋に入れると、クローシュを取ってできたてのガレットをテーブルの上に置いた。
「お話相手を仕りました、支配人アデーレです。よろしくお願いしますね、お客様」
アデーレもにこりと笑って会釈する。ウィンがカートをひいて部屋から出ていくのとすれ違いにアデーレは部屋に入ってきた。
「さて、お客様。お食事を先に取られますか?」
「えっと……あの、食べながら話してもいいですか」
「ええ、構いませんよ。お食事は大事ですから」
夏美はテーブルに着き、アデーレにも座るように言う。アデーレは会釈して空いていた椅子に腰かけ、静かに夏美を見守った。
夏美がガレットを見やれば、こんがりときつね色に焼けたガレットが香ばしい匂いを立てて置かれている。細かく刻まれたジャガイモに、塩こしょうを振っただけのシンプルなガレットだ。
「おいしそう」
「当シェフの腕は中々ですよ」
「そうなんですね。それじゃあ、早速いただきます」
夏美は手を合わせると置かれたナイフとフォークで早速ガレットを食べ始める。
ガレットはカリカリとした食感に絶妙な塩気とジャガイモの甘みが調和して一口食べただけでも夢中になるほどの味わいだ。
「おいしい……!」
目を丸くして驚く夏美に、アデーレは微笑んだままでいる。まるでそうなることがわかっていたかのような態度だった。
夏美は一口、また一口とガレットを切り分けては食べていき、あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした……おいしかった~」
「それはそれは、なによりです」
夢中になって食べていた夏美はアデーレに気付くと恥ずかしくなりながらもぺこりと頭を下げた。
「おいしかったです、ちょっと気持ちも晴れたかも」
「そう言っていただけるなら本望です。シェフにもお伝えしておきますね」
「あ、はい! よろしくお願いします」
「では、お食事の方も済んだことですし、お話は何をなさいますか?」
そういえばアデーレを話相手にしていたのだった。夏美はそれに気付くと、うーん、と唸りながら話題を考える。呼んだ以上こちらが話題を提供するのが筋というものだろう。
でも、何を話せばいいだろう。うまく考えがまとまらない夏美は、思い切ってアデーレに聞いてみることにした。
「あの、アデーレさん。こういうとき何を話せばいいのかよくわからなくて……」
「話題は無理に作る必要はありませんよ。お話相手ですから、ただの聞き役として使うのも構いませんし」
「聞き役かぁ……でも、私から話せることなんて愚痴くらいだし……」
「お話してくださったことは基本外部に漏らしませんので。安心してくださいませ」
「そ、そうなんですか」
そう言われると少し愚痴を吐き出したくなる気持ちも強くなる。でも、初対面の人に愚痴を吐くなんて、相手がカウンセラーでもないのに理不尽ではないだろうか。
(でも、話相手ってサービスだしなぁ)
夏美は思い悩むが、思い切って愚痴をついてみることにした。
「えーっと。愚痴、なんですけど聞いてもらえますか」
「ええ、もちろんですよ」
アデーレが頷く中、夏美は自分の思うことを話し出す。
「なんか、いつも見てる内容とか……なんですけど。見る情報がみんな怒ってるというか、みんなこれ許せないから攻撃しよう、とか、こんなのあり得ない、みんなそう思うよね? とか、なんだか人の気持ちを煽るようなことばっかりで疲れてて」
アデーレは相づちを打ちながら夏美の話を聞く。夏美は今まで思っていた不満をぶちまけるようにアデーレにSNSでのことを話していった。
「色んな人がいるから、色んな見方とか考え方があって当たり前だと思うんです。でもなんとなくみんなが思っていることから外れていたらおかしくて排除しようって流れ……みたいなものができあがって、すごく息苦しくて。見たくないから避けてても、今日はこれについてみんなで怒ろうって誰かしらが必要ないのに話題を持って来て……なんていうんだろう、みんなで怒ることで一体感を得ようとしているみたいな感じがするんです」
「ほうほう。それはさぞ息苦しかったでしょう」
「はい、いらないのに次から次へと色んな情報が飛び込んできて、まるで情報の海にもみくちゃにされてるみたい」
ここ最近のSNSがそうだから、夏美もすっかり疲れ切っていた。
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