7 ダンジョン入口へタイムスリップ 剣奈が撒いた種 無垢で無邪気 それは悪なのか?
朝の青梅駅は静かだった。木造製のホームは剣奈がドラマで見る「昭和の風景」のようだった。剣奈は昭和にタイムスリップしたような気になった。都会の喧騒からがらりと雰囲気が変わった。
剣奈は嬉しそうにトリニティネットに話しかけた。
巫っ子『えへへ。なんだかタイムスリップしたみたい』
古刀『じゃのう。のんびりした雰囲気じゃ』
巫っ子『クニちゃ、見えるの?』
古刀『うむ。ワシと剣奈は結紐でつながっておるからの。剣奈の目を通じてしっかりと見えておる』
巫っ子『あ、そゆ感じなんだ』
白蛇『ということは、お主、剣奈の湯あみのときに覗きたい放題じゃの』
古刀『ば、馬鹿を言うでない。ワシは藤倉殿とは違うのだ』
――いきなり引っ張り出された藤倉である。名誉棄損である。いや、そうでもないか。
金狐『馬鹿なこと言ってないで。ほら行くわよ』
巫っ子『はーい』
剣奈たちは奥多摩行きの電車に乗り換えた。終点の奥多摩駅まで四十分ほどの電車の旅である。
巫っ子『わぁ川だ!いいなぁ』川が好きな剣奈である。
金狐『のどかよねぇ』
白蛇『妾は不満じゃ。真っ暗ではないか』リュックの中の白蛇が不満げにつぶやいた。
巫っ子『ごめんよぉ。でも人がたくさんいるから無理だよ』
白蛇『妾は寝る!』白蛇がふて寝してしまった。
車窓からは多摩川の清流と渓谷がよく見えた。立った崖、岩肌、そしていくつものトンネル。どんどん緑が濃くなっていった。御嶽駅を過ぎる頃には、車窓はすっかり渓谷と森林だけになった。東京都であるというのに剣奈はまるで秘境に来たような気分になった。
みんなと話したかった。しかし外が見えない白蛇のことを思って口をつぐんだ。
――――学校にて
「あーあ、ほんと空気読めない子がいると困るわよねー」結衣がつぶやいた。
「ねー、なんかいっつもおかしなことばかり言ってるしぃ」真由が相槌を返した。
「てかさ。みんなで輪になってたのに、いきなり割り込んできて変なこと言い出すしー」彩花が揶揄った。
「そういう子ってどこ行ってもいるよね。先生も気づいてるのかな、あれって」七海が同調した。
「ちゃんと相手してあげないと可哀想だよぉ、私たちってやさしくない?」結衣がにやりと嗤った。
「「「だよねー あははははははは」」」
「「「「はぁー」」」」
女の子たちはさんざん聞こえよがしに皮肉たっぷりに剣奈を貶めた。そして剣奈の方をちらりと見て、わざと大きなため息をつくのだった。
――――――
空気はちゃんと読む。変なことを言わない。人の気持ちを逆なでしない。剣奈がこの数か月で泣きながら心に刻んできた教訓である。
来国光は剣奈の無垢な純真さが汚されるような気がして歯噛みして激情を押し殺す思いだった。いや、刀なので歯はないのだが。
車内に柔らかな木漏れ日が差した。列車が目的地の奥多摩に近づくと集落や林が広がっていった。そして多摩川の水のきらめきが車窓から飛び込んできた。一行は静かな山の終着駅にようやくたどり着いたのである。時刻は十一時前になっていた。
奥多摩駅の駅前は山々に囲まれた静けさに包まれていた。駅舎は木造で青梅駅よりもさらにレトロであった。改札を抜けて右手に進むと、西東京バス乗り場があった。「鍾乳洞」行きバスである。十一時半のバスまでまだしばらく時間があった。電車から降りた人がまばらにバス停に並んでいた。
巫っ子『これが大正ロマン……』
金狐『あら?それは何かしら?』
白蛇『さらにタイムスリップが進んでという意味じゃろ』
古刀『じゃのう。剣奈の暮らす吉祥寺からどんどん時代を遡っていったかのような旅じゃったの』
巫っ子『うふふ。テンションあげみだね。じゃみんな!いよいよダンジョンへの最終アクセスポイントだよ!楽しみ!』
古刀『ついてからが勝負じゃぞ?道中も、気を抜くなよ』
白蛇『妾は外が見えん。つまらぬわ―』
金狐『山の匂い、気持ちいいわよ。白蛇さん、そんなに不貞腐れないの』
白蛇の言葉にビクッと肩を震わせる剣奈である。いじめは剣奈の心に深い傷を刻み込んでいた。白蛇にそれを刺激する意図はない。ただ素直に気持ちを表現しているだけである。
しかし剣奈がビクビクする様子をみた玉藻が白蛇をたしなめた。穏やかな言葉だった。しかし白蛇は確かに感じた。玉藻から伝わる穏やかに澄んだ、しかし首筋に刃を当てるような静かな恐ろしい怒気を。白蛇はブルリと身を震わせた。
白蛇『そ、そうじゃのう。これを教訓にリュックを快適にするよう改造するが良きかもしれんのぉ』
巫っ子『あ、ボク工作得意!ボクやるよ!やらせて?ボク頑張る!』
金狐『私も手伝いましょうね』
巫っ子『ありがとう。きゅうちゃ!』
――玉藻の気づかいで剣奈の心が再び前向きになった。剣奈は本当に彼女の心を守る人たちに囲まれている。それはただの幸運か?偶然か?いや。剣奈自身が無垢に、無邪気に行ってきた献身行為が自身に帰ってきているだけである。彼女自身の撒いた「種」が芽吹いているだけなのである。玲奈の魂の片割れ「牛女」の魂を救い、「篠」の魂を救い、数千年の孤独にさいなまれた「玉藻」を救った。その無垢な献身が……
剣奈の機嫌も直り、みんなはどのようにしてリュックに改造を施すかトリニティネットで盛り上がっていた。このままでは剣奈のリュックは秘密基地になりそうである。
そうこうしているうちにバスがやってきた。剣奈はいよいよダンジョンに向かうのだとの気持ちに気分を高揚させてバスに乗り込んだ。
バスは山並みを縫うように小さな集落と渓流沿いを進んだ。三十分ほどの乗車だった。やがてバスは鍾乳洞バス停に到着した。山あいのこじんまりとしたバス停だった。芽吹いた木々がさわやかだった。川のせせらぎが心地よかった。
剣奈はウキウキとダンジョンへの道を歩き出した。渓谷にかかる橋を鼻歌を歌いながら渡った。そして川のせせらぎを感じながら坂を上っていった。
山の空気はひんやりとして肌寒かった。剣奈はジャケットとマフラーを着用していた。千剣破の指示である。吉祥寺では「こんな厚着させなくても」と千剣破に反抗した剣奈である。しかし今、剣奈は千剣破の正しさを痛感していた。さすがお母さんだと思った。剣奈の千剣破への尊敬ぶりはますます高まったのであった。
――それはマザコ……。いや、なんでもない。
ダンジョンへの山道はなだらかなな傾斜だった。冒険心高かまる剣奈にはちょうどいい刺激だった。冷たい山の空気と川のせせらぎが剣奈の背中を後押しした。そしてついに。川沿いの階段を下りたせせらぎにかかる橋の先、鍾乳洞の入り口が……ダンジョンの入り口がついにその姿を見せたのである。
巫っ子『やったよ?ついにダンジョンの入り口にたどり着いたよ!』
時間はすでに午後一時前になっていた。剣奈は鍾乳洞の入り口を眺めながら白い息を吐いた。
空気はひんやりとしていた。その空気に包まれた剣奈。その胸は、熱く燃え盛っていた。
――――
*「剣奈の献身」:牛女救済『剣に見込まれヒーロー(♀)に:七章』「115 お人よしババアとお人よしボクっ娘め」など。篠と玉藻の救済『赤い女の幽霊』「11 剣奈、鍾乳洞で渾身の巫女舞を舞う」「2-10 波に呑まれし村 生贄巫女は闇山へ」など。
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