第2話 ファンタジージャングル
気が付くと涎を垂らした兄弟たちが俺を見ていた。
爬虫類の無機質な顔、その目で涎を垂らしながら見られると、まるでこちらを餌と思っているんじゃないかって気がしてくる。
……違うよね?
少し右に動いてみる。視線が追いかけてくる。
左に動いてみる。視線が追いかけてくる。
「ふぅ……お、おちつけ俺。まだ餌だと思われていると確定したわけじゃない。それに、腹減ってるなら餌になりそうなものを取ってきてやればいいんだから」
いや、でも現状を考えると俺だって腹減ってるし赤ちゃんなんだぞ。さっきの怪獣みたいなのが出てきたら、ただの無力な獲物じゃないか。
できれば外に出たくないな。
「そ、そうだ! こういう時は親がある程度の大きさになるまで育ててくれるんじゃないのか!」
洞穴の中には親らしき姿は見当たらない。けど、今は餌を取りに行っているということも考えられるだろう。
ここはしばらく待ってみても遅くは……あ、さっきより兄弟たちの口が開いてる。駄目だこれ、待てない。
俺は仕方なく一人洞穴の外へと向かって歩いて行った。目指すはすぐそこのジャングルの草の中だ。
どうせ伝わらないだろうけど、兄弟たちには一応そこで待っているようにと伝えておいた。共食いとかしないといいけど。
「腹減ったぁ」
しかし腹が減ったなぁ。俺だって頑張って卵から這い出てきたんだ。それなりにエネルギーを使ってる。兄弟たちは生まれてすぐに卵の内側に張っていた膜を食ってたみたいだけど、俺はとても食べる気にならなかった。少しだけかじってみたんだけど、くそ不味かったんだよ。
洞穴の影から出ると、ジャングルまでの日向で太陽に焼かれた。くそ暑い、殺人的な暑さだ。
すぐに木の陰に入って、草をかき分けながら奥へと進んでいく。帰り道が分からなくなるといけないので、行く方向はまっすぐだ。
「そういえば、そもそもトカゲって何を食べるんだ?」
俺はドラゴンのことは詳しくても、トカゲについてはよく知らない。
何となくハエとかの虫を食っているイメージはあるけど、ハエなんて持って行ったって何匹やれば満足するんだよ。
ジャングルを音もたてず、そろりそろりと慎重に草をかき分けて歩いて行く。
蛇やら大型の哺乳類やらに見つかれば、今の俺はひとたまりもない。なにせ四足歩行になれていないし、自衛手段が何もないんだ。ここは石橋をたたきまくる方向でいかせてもらう。
「おっ、流石はジャングル。生態系の宝庫だな」
ツタが巻きついている曲がりくねった木、直近で雨でも降ったのか若干湿った地面。目を皿にして草木を観察していれば、そこには日本で見たのとは少しばかり形や色が異なっている虫たちの姿が見えてくる。
「ハエは無しとして、カナブンとかの甲虫系もやめておいた方がいいか。硬そうだし。となるとバッタ系かな?」
しかし、体が小さくなったからか虫がどれもこれもでかい。これなら数匹で兄弟たちも満足するだろう。
「問題は俺がこの虫を殺せるかどうかだな」
人間だったころは幼少期に一度だけ虫取りに行ったことがある。興味がなくてそれ以降は行かなかったが、虫に対しての忌避感は無い方だ。
「だけど、口で仕留めに行かなきゃならないんだよ。手が使えないから」
虫なんて手で触るのもちょっと躊躇するものなのに、口でなんてとんでもない。
けど、俺が食われるかどうかの天秤を思い浮かべると、やるしかないという気概が湧いてきた。
俺は思い切って近くにいたトノサマバッタに似ている虫に噛みつく。
口の中で暴れるバッタ。ジャンプに使う強靭な足は硬くて尖っているので若干痛い。しかし、しばらく噛みついていたら次第に動きが鈍くなり、やがて完全に動かなくなった。
「おえぇ」
口の中に若干バッタの体液が……だけど、バッタが動かなくなったせいか、少しだけ体が軽くなった気がする。
「へっ、これで次は躊躇せずに済むってもんさ……」
と、とにかくこいつを洞穴まで運ぼう。本当は一気に何匹か持って帰りたいところだけど、俺の口じゃあ一匹が限界だ。
洞穴に戻ると兄弟たちはおとなしく待っていた。俺の姿が見えてそわそわしだしたのは、咥えてるバッタのせいだよな?
兄弟たちの前にバッタを落とすと三匹は一斉に食らいついた。この様子だとすぐに食い尽くしてしまいそうだ。
「いやしかしグロいなぁ。口に咥えておいてなんだけど、俺はあんなの食えそうにないわ」
その後、俺は何度もジャングルと洞穴を往復して兄弟たちに餌を与え続けた。
だけどさすがにもう限界だ。俺も何か食わないと、腹が減りすぎている。
最後と決めて出てきたジャングルの中。何度も行き来して見つけたこの草地は虫たちの楽園だ。木が生えていないからか、他の場所より日が当たって草の成長が良いらしい。
俺は今、そんな場所の片隅でさっきまでさんざん兄弟たちに食わせていたトノサマバッタもどきの死体を前に唸っていた。
洞穴に持って帰ると兄弟たちに奪われてしまうので、ここで食べることにしたんだけど……
改めてトノサマバッタもどきをよく見てみる。
緑と茶色のまだら模様。ギザギザした顎と長い触覚。硬く鋭いとげの生えた足、薄く半透明の羽。
うん、食いたくないな。
「……せめて火を通したい」
そんなことを嘆いていた時のことだった。
――ガサリ。
明らかに虫ではない、何かが草をかき分ける大きな音。かすかに聞こえてくる早い息遣い。
周囲に不穏な空気が流れ始める。たぶん俺がそう感じているだけなんだろうが、これは何というか、危険な感じだ。今も人間だったら汗の一つでも流していただろう。
恐怖しながら全力でアンテナを張り警戒を最大限にしていると、ついに何者かが俺の姿を見る視線を感じた。
その瞬間、バッタをその場に置いて全速力で走り出す。
しかし、四足歩行にようやく慣れてきたばかりの俺は敵を振り切ることができない。しっかりと俺を追ってきている。
(完全に狙われている!)
――食われるという恐怖。
そこからはもう無我夢中だった。必死にただ足を動かしていた。
だから俺は失敗した。あろうことか兄弟たちがいるあの洞穴に逃げ帰ってしまったのだ。
洞穴を目の前にして、ようやく俺は自分が失敗したと悟った。
今すぐ中に飛び込みたい。その気持ちを抑えて、洞穴を背にするようにジャングルの方を向く。
すると、茂みから白くて丸い俺よりも二回りも大きな生き物が現れた。兎だ。
だけど、それは明らかに普通のウサギではなかった。口が異様に大きく、目が血走っていたのだ。
その大きな口は弧を描いていて、明らかにこちらを食い殺そうとしているのが分かる。
直後、猛烈なスピードで襲い掛かってくる兎。
俺にはなすすべもなかった。なにせスピードが違い過ぎる。避けるなんて不可能だった。
だからその場で丸まって少しでも硬い鱗で対抗しようとした。
兎のくせに奥歯まで生えそろった歯が、万力のように俺の体をかみ砕こうとしてくる。
「ぐあああああっ!」
あまりの激痛に悲鳴が漏れる。
俺はまた死ぬのか。
(い、嫌だ! こんな死に方は嫌だ!)
その時、突然身体が兎の口から解放された。
何が起こったのかと見てみれば、そこには兄弟たちの姿。
そして、兎はなぜか全身傷だらけで横たわっていた。よく見れば兎の身体の一部は焼けたように焦げており、毛皮を切り裂いたような跡も見受けられる。
赤と緑の兄弟二人は横たわる兎のもとへと歩み寄り、口を開く。すると驚くべきことに赤の口から炎が出てきた。緑は何をしているのかよくわからないが、口を開いたそばから兎の切り傷はさらに増えていた。
残った青は俺の身体に寄り添ってくれて、何やら暖かい水で全身を覆ってくれた。そのおかげか徐々に身体から痛みが引いていく。
俺はそんな兄弟たちを唖然と見ていることしかできなかった。
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