ドラゴンになりたいおっさん、現代ダンジョンでトカゲに転生する。

蟹ハジメ

第1話 おっさんからトカゲになった日

 斎藤銀司さいとうぎんし、33歳、男。職業:ドラゴン造形師。

 

 俺は今、死にかけている。


 原因はドラゴンの巨大模型『飛び立つ鋼竜』に押し倒されたことによる怪我と圧迫。

 

 結構でかい地震が起きたとき俺はその巨大模型の制作作業中だった。仕事としてではなく趣味で作ってた物だったんだが、固定が甘かったらしい。


 俺は昔からドラゴンが好きだった。


 ドラゴンはいい、自由で強くて、人間のような厄介なしがらみはない。究極の個だ。


 あこがれ続けた結果、ドラゴンの造形師という職業に就くまでになった。


 だから、本当は避けられたはずなのに無意識に巨大模型を受け止めようとしてしまったんだ。最高傑作になるはずだった作品を守りたい一心だった。


 自分が潰れる音。グチャっと、熟れたトマトが潰れたような音がまだ耳の奥で響いている。


「ぐぁ……ぁ……」


 中途半端に潰されたからもう声も出せない。


 神様、もし次があるならドラゴンに転生させてください。

 

 間違っても、人間にはしないで……


「お、ねがぃ……じま……ず……」


 こうして俺は、永遠の暗闇に落ちていった。



◇◆◇



「は?」


 そんな言葉が漏れたのは、俺の意識がはっきりと覚醒したからだ。

 長い人生、不思議なことの一つや二つあるもんだというが、これは流石にぶっ飛んでる。


 誰かに助け出されて病院に運び込まれたのだろうか? いや、だとしたらこんな真っ暗で狭苦しい場所に押し込められているのはおかしい。


 「と、とにかく落ち着こう。まずは身体の確認だ」


 あのとき俺の身体の前半分はほとんど潰れていた。

 だけど今は、瞼を開け閉めする感覚はあるし、眼球も動かせる。


 この暗さは失明したのか、それともこの場所が暗すぎるのか……


 手足は動くけど、どうにも動かしづらい。狭すぎるんだよここ。


「ぐっ、体勢がきつい」


 壁はカーブがあって全体的に丸い感じだ。棺桶でも霊安室でもないのかよ。


 とにかくここから出ないと、たぶん通気口とか無いからこのままじゃそのうち酸素不足で窒息死してしまう。

 

 全身に力を入れてどうにか脱出できないかともがいてみる。


 すると、後頭部当たりの壁がパキッと音をたててへこんだ。


「なんだ、意外と壁は薄いのか?」


 多少抵抗感があるけど、これなら突き抜けられそうな気がする。


 内側に丸くなるような形で押し込められているから壁の向こうがどうなっているかは見えないけど、このさい構うものか。


 身体を上に押し上げるようにして、へこみに頭をねじ込んでいく。


 すると、ある時に急に何かを突き抜けて頭が壁の外へ出た。


 顔に何かついている。これは、薄い膜? 何でこんなものが?


 膜を顔から剥がすと、まず目に入ってきたのは強烈な光。瞬時に目を細める。


 数秒後、慣れてきた頃に瞼を開くと、なんと目の前にはジャングルが広がっていた。


「マジかよ」


 ひときわ目立つ大きな花を携えた植物。所狭しと生えている草木にはどれも見覚えがない。


 ジャングル、ということは熱帯地域ということで、次に襲ってきたのは湿気と暑さだった。


 体感的には日本の夏と変わらない。たぶん気温は30度以上、湿度は80%は越してるだろう。


「死んだと思ったら意識が戻って知らないジャングルに放置される。まるで訳が分からん」


 しかし、何はともあれ俺は確かに生きている。身体に力が入らなくて四つん這い状態だけど。


「立てるかな……くっ! 無理か」


 足に力は入るのにどうにも立てない。何かが邪魔しているような感じだ。

 薬でも打たれたのか? 四つん這いにしてもやけに地面が近い。視界もいつもより鮮明だし、やけにピントが合い過ぎている。


「仕方ない。いったん立つのは後回しにして、そのまま周囲を調べてみることにしよう」


 今いる場所は足元の岩肌からして洞窟だろうか。日陰だから多少暑さが和らいでいるのはありがたいけど、洞窟は結構危険だったりするから油断はできない。


 ひとまずこの洞窟を調べるか。そう思って振り返ろうとしたその時、


『ギョオオオオッ!』


「なっ、なんだ!?」


 空気が震えるかのような大音量でなにかの鳴き声が響いた。


 あまりのことに身体が固まる。


 そして、洞窟の前の日向を巨大な影が通過した。直後、ジャングルの木々が猛烈な突風によって揺れ動く。まるで台風が通過している最中かのように。一部の木はへし折れて先端が地面に落ちてきている。


 今まで生きてきてこんなに恐怖を覚えるような鳴き声は聞いたことがない。それにあの影の大きさに突風、まるで怪獣が飛んでいたかのようだ。


「……! ハァ……ハァ……ハァ……ふぅ」


 恐怖で息をするのを忘れていた。


 と、とにかく今は外に出るのはやめた方がよさそうだ。


 今度こそ振り返って初めて洞窟の奥側に目を向ける。

 するとそこには思いがけないものがあった。


「卵が四つ?」


 そのうち一つは割れている。あとの三つはまだきれいなままだ。


 この場所はどうやら洞窟というには浅すぎるただの横穴だったらしいが、そんなことよりもこの割れた一つが気になる。


 割れた卵から伸びる湿った跡、それは俺のいる場所に続いている。


「あ、いや、そんなわけないだろ……いや、待てよ、まさかあの卵から出てきたのは……俺?」


 卵から人間が出てくるはずがない。


 俺はいったい何なんだ……?


 そうこうしているうちに、三つの卵から何かが出てくる。


 パキッ!


 割れた卵の隙間から現れるテカリのある鱗。爬虫類特有のギョロリとした丸い目。瞳孔は縦に割れている。


 (こ、これは! まさか!)


 俺が本当にあの割れた卵から出てきたのなら、俺も彼らと同じ生き物になっているはず。ということは、俺はドラゴンに転生したのか!?


 そして最後に、つるりとした美しい背中がお目見え。


「って、翼がねえじゃねえか!?」


 翼がないって、それじゃあただのトカゲじゃん!


「転生するならドラゴンであれや!」


 そんな風に叫ぶ俺の姿を、兄弟たちは涎を垂らしながら見つめていた。

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