第40話 前編 川辺の大決戦!チーム釣りバトル

翌日。

僕たちはジョーショさんおすすめの釣り場へとやって来た。

川沿いには木陰が続き、水面は朝の光を反射してきらめいている。

小魚がはねる音があちこちから聞こえて、釣り人の血をくすぐるようだ。


気が付けば大人数。まるで本当に釣り大会でも始まるような雰囲気だった。

ゼータが声をかけてくれたおかげで、ベータとエプシロウも参加。

さらに、バルクの誘いでシューユーさんとコーガイさんまで加わっている。

……お店は大丈夫なのだろうか? 僕は少し心配になった。


「では――今日はせっかくだから、チーム分けして競争しようと思います」

僕がそう切り出すと、皆がわっと盛り上がった。

「まずはガイル、バルク、シューユーさん、コーガイさんの――おじさんチーム!」


「誰がおじさんだ!」

「そうだそうだ!」

「アダルトチームの間違いだろ!」

「おれっちはまだ若いって!」

案の定、全員から文句が飛んできたが、ここは却下だ。名前はおじさんチームで決まり。


「次は……僕とヒュー、それからエプシロウさん。名付けてヤングチーム!」

「なるほど。若さの定義は曖昧だ」

「……そうか……分かった」

ヒューとエプシロウが、妙に含蓄ありげにうなずく。いや、あんまり深く考えなくていいんだけど。


「そして、ミナ、フローラ、ベータ、ゼータの――ガールズチーム!」

「わぁ~楽しそうですぅ」

「女子会じゃないからね!?」

「あたしも頑張るよっ!」ベータは元気いっぱいに拳を振り上げ、笑顔で駆け出すような勢いだ。

「ふふ、まあ、楽しんでまいりましょぉ~」ゼータはおっとりと手を広げ、舞妓のようなしなやかな所作で優雅に笑う。


ガールズチームはキャッキャッウフフと盛り上がり、こちらも安定感がある。


「最後に――シュンヘイ君とイモリスちゃんの子供チーム!」

「ウッヒョー! オラ負けねぇぞ!」

「えへへ~、シュンちゃーん、がんばっぺなぁ」

人数は二人だけで少ないが……ここはもう、他へのハンデということにした。


こうして、大会さながらの釣りバトルが幕を開ける――。


川辺に立ったシュンヘイ君は、釣竿を肩に担ぎ、胸を張った。

「オラが七つの川を制する大海賊、シュン船長だ!」


その隣でイモリスちゃんも釣竿を剣みたいに構える。

「んだばおらは副船長のイモリスだぁ! シュンちゃん! 前方にお宝の鮎が見えだぞ!」


「突撃だぁー!」

シュンヘイ君がルアーを投げ込むと、水面で鮎がキラリと跳ねた。


「おらも! 撃てぇぇ!」

イモリスちゃんが力いっぱい投げるが、竿がブンッと空を切って、ルアーは川から大きく外れる。

「わぁ!? 船が沈む音みてぇだ!」


「ぎゃはは! 沈没副船長だぁ!」

二人は笑い転げながら竿を握り直した。


やがてイモリスちゃんの竿に鮎がヒット。

「おぉ!? シュンちゃん! 捕まえだ! これがお宝の財宝だぁ!」

イモリスちゃんは鮎を掲げた。


「ウッヒョー! 副船長の初戦果だぁ!」

シュンヘイ君は片足を岩に乗せて、海賊ポーズを決める。

「この川はオラたちの領海だぁ! もう鮎どもはオラの乗組員だ!」


イモリスちゃんも得意げに腰に手を当てる。

「んだんだ! おらたちの船、“イモリ丸”の勝利だぁ!」


「違ぇぇ! “シュン丸”だぁ!」

「いやいや、“イモリ丸”だぁ!」

「シュン丸!」

「イモリ丸!」


互いに譲らず言い合っているうちに、鮎が二人の足元でピチピチ跳ね、逃げてしまった。


「わぁ!? 船から逃げられだぁ!」

イモリスちゃんが慌ててしゃがみ込む。

「……ああ、おらたちの財宝がぁ」


しばし呆然と二人で川を見つめ……

やがて顔を見合わせ、同時に笑い出した。


「副船長! 次の財宝を狙うぞ!」

「おう! シュンちゃん船長!」


川辺には、鮎を追う二人の声がいつまでも響いていた。

ー川辺に立った三人のヤングチーム。


「さて、僕たちのチームも始めるか」

フィリオは釣竿を手に、周囲を見渡しながら落ち着いた口調で言った。


ヒューは、最新鋭の釣り道具をセッティングしながら言う。

「……この装備であれば、鮎どもも逃げられまい……」


一人だけ豪華な装備に、思わずフィリオがツッコミ。

「なんで一人だけそんなの持ってるの?」

一方のエプシロウは、真剣な表情で竿を握り、低く渋い声で呟く。

「我が流派は活人拳。避けることで活路がひらける」

フィリオとヒューが一瞬固まる。

「いや、釣りで避けるって、一体……?」

エプシロウは表情ひとつ変えず、静かにルアーを川に投げ入れる。

「奥義、転(まろばし)!」

ルアーはまるで逃げることを楽しむかのように、鮎をことごとく避け続ける。

よしかかってこいとさらに挑発するエプシロウ。

鮎も突進してくるがルアーに紙一重で避けられる。


ヒューは片手に竿を構え、もう一方の手でリールをクルクル回す。

「スピニングリール!自分だけ!」

次々に鮎を釣り上げる。


「そんな装備で釣られたら、僕の立つ瀬がないんだけど」

フィリオは半ば呆れつつも、自分の竿を握りしめ、一匹、また一匹と順調に釣り上げる。


「……エプシロウさん、全然釣れてないじゃないですか?」

心配そうに声をかけると、彼は渋い声で一言。

「……避けることに徹しているのだ……。我が流派の心得に則り、全ては修行……」

エプシロウが言う


「……ブフッ」ヒューが吹き出す。

「いや、それもう釣りじゃなくて修行? 避けすぎて、周りの鮎も寄ってきてルアーが無双状態になってるんですけど」 


その後、鮎がルアーに向かってくるが――なぜか途中で急に方向転換。

「今、魚の方が避けたぞ?避けオーラ出てんの?ルアーにまで」

フィリオが目を剥いた。


ヒューは無表情のまま、淡々と釣り続ける。

「……なるほど。……魚の方が避ける」

「魚に避けられてどうすんだよ……」


エプシロウは渋く頷き、腕を組んだ。

「……極めし者には、敵も寄らぬ」


「寄ってこなきゃ釣れないでしょ!」

フィリオが両手で頭を抱える。


その間にもヒューはスピニングリールを回し、次々と鮎を釣り上げていく。

「……ふむ、今日も豊漁だ」

「豊漁すぎるわ!」

フィリオが叫ぶと、ヒューは淡々と答える。

「……装備の差だ」


「そんなドヤ顔で言われても」


一方でエプシロウは最後まで釣果ゼロ。

魚は彼のルアーを避け、逆にフィリオやヒューの方へ群がってしまう。


「……これぞ活人拳。戦わずして勝つ、我が流派の極意」

「いや勝ってないでしょ、むしろ完敗だから!

ていうか釣果を出して欲しいんですけど」


結局、川辺にはフィリオのツッコミと、ヒューの淡々としたボケ、そして魚に避けられ続けるエプシロウの姿だけが残った。

ガールズチームは静かに鮎釣りを始めた。

ルアーを投げ込み、鮎がピチピチと追いかける様子を、四人はそれぞれ思い思いに観察していた。


「わあ~、ホントに追いかけてくるんですねぇ~」

フローラが嬉しそうに目を輝かせる。


「恋愛みたいだねっ!」

ベータがニコッと笑って言うと、場が一気に明るくなる。


「ほなまずは……気ぃ引かんと、あきまへんなぁ」

ゼータがおっとりと口にする。その口調は柔らかいのに、どこか含みがある。


「じゃあ……ルアーもお尻を振るような感じで動かせばいいのかな?」

ミナが真剣な顔で言ってから、すぐに自分で赤くなる。

「ちょっ……今の例え、なんか恥ずかしいんだけど!」


竿を操っていたその手が一瞬狂い――。

「あっ! バラしちゃった!」

水面に波紋だけが広がっていく。


「恋はタイミングが大事だよっ!」

すかさずベータが明るくフォローを入れる。


「こうやって……お魚さんも焦らすんですぅ~」

フローラが真似するように竿を小さく揺らす。

ルアーが水中でゆらゆら漂うと――ピシッと鮎が飛びついた。

「わぁ、釣れたんですぅ~!」

小さな鮎を抱え、顔をほころばせる。


「追わせるんが肝心どすなぁ。……はい、釣れましたえ~」

ゼータも続いて竿をしならせ、涼しい顔で鮎を釣り上げた。

その姿は舞妓の舞のように優雅で、思わず三人が拍手する。


「気を引いて……焦らすって、こういうことか」

ミナは真剣に竿を操り、ルアーを小刻みに跳ねさせる。

「……釣れたー!」

鮎が飛びつき、ミナが声を上げた。

その手には銀色に輝く鮎が暴れている。

「よしっ……! やっぱり恋も釣りも、焦らして勝負だね!」


ゼータはおっとりと、しかし意味深に微笑む。

「……ふふ。魚も恋も、追いはるより追われはる方が、よぅ味わい深いんどす。狩りの理(ことわり)どすなぁ」


「うん、ドキドキも大事だよっ!」

ベータもまた鮎を釣り上げ、軽やかに言う。

「魚も心も、焦らすと燃えるのっ!」


四人の笑い声が川辺に響く。

水面を跳ねる鮎の姿は、まるで恋の駆け引きそのものだった。


……が、次の瞬間。

ベータが手にした鮎に思いきりビチビチとはたかれ、顔に水しぶきが飛ぶ。


「きゃっ! ……こ、これも恋の洗礼かなっ!?」

ベータが半泣きで言うと、


「ぷっ……あははっ!」

ミナが笑いをこらえきれず、

「えっとぉ~……お魚さんの愛情表現ですねぇ~」

フローラまでほんわかとフォローする。


ゼータは扇子を口元に当てて、くすりと笑った。

「……恋も魚も、時には手ぇ痛いお仕置きが待ってはりますえ」

川辺に再び笑い声が広がった。



ここまで読んでくれてありがとうっ!

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ベータ、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶよっ!


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