第39話 後編 笑いの町トマ滞在記
酒食材屋を後にして、みんなで道具屋に入ると、先客がいた。
カウンターの前に立っているのは――
ヒュー。
店主と深刻そうに言葉を交わしていた。
「……やはり……売り切れか」
ヒューが低い声でつぶやく。
「はい、在庫はあれだけで……次の入荷は未定でして」
店主が申し訳なさそうに答える。
「ヒュー、なにやってるのよ?」
背後から声が飛んだ。
振り返ると、ミナが腕を組んで立っていた。
その隣にはフローラとイモリスちゃん、さらにゼータの姿もある。
「わたしたちはゼータさんの案内で町を見て回ってる最中ですぅ~」
フローラがおっとりと笑う。
イモリスちゃんはといえば、
相変わらずきょろきょろと店内を物色している。
「そうなんですか、
僕たちは鮎釣りの新商品があると聞いて……おや?」
言いかけて、僕は横にいるイモリスちゃんを思わず二度見した。
今日は水色のワンピースに白いリボン。
いつもの“畑から直送”みたいな雰囲気は消え失せ、
町娘らしい可憐さをまとっている。
「イモリスちゃん、すごく似合ってるよ。
町娘さんみたいだ」
僕が思わず褒めると、イモリスちゃんはむっとして眉をひそめる。
「……フィリオ兄ちゃん、
昨日までは“畑から抜いてきた大根”みたいな顔して見てたくせにな」
「いや、そんなこと思ってないからね!?」
イモリスちゃんは両手を腰にあてて、にやっと笑う。
「ふーん……都会の兄ちゃんは口が軽ぃな。
褒められてもうれしかねえ、信用ならねぇタイプだべ」
「うっ……なんか言葉が刺さるな」
さらにイモリスちゃんは小声で付け足す。
「まあ、兄ちゃんの顔も、
鍋のフタみてえで愛嬌あるっちゃあるけどな」
その場にいたミナとフローラは、
声を殺して笑いをこらえるのに必死だった。
イモリスはくるりとスカートの裾をつまんで、
ちょっとだけ照れ隠しのようにひらりと回ってみせた。
「な、シュンちゃん。
おら、町ん中じゃこんたに着飾っても変でねぇべが?」
シュンヘイは耳まで赤くしながら、頭をかきかき、目を泳がせる。
「う、うん……イモっぺ、すっげえ似合ってら……
ほんと、町娘みてえだぁ」
「ウッヒョー!」と叫ぶかと思いきや、
声はか細く、まるで本気で恥ずかしがっている。
イモリスはその反応に目をぱちぱちさせ、次の瞬間に顔を赤らめた。
「な、なしておらのほうが照れてらんだ……!」
「し、知らねぇけど……なんかドキドキすっから……」
二人は互いに目をそらし、地面の石をつま先でつついたり、
袖をぎゅっと握ったり。
純朴な田舎の子らしい、不器用な間がそこに流れていた。
そんな二人の様子を見て、
ミナが小声で「青春ねえ」とつぶやき、
フローラは「かわいいですぅ~」と目を細めていた。
――フィリオはその場でひとり、
どうツッコんでいいのか頭を抱えていた。
奥からぱたぱたと足音がして、道具屋の女将さん――
ジョーショさんが顔を出した。
手には木の小箱を抱えていて、
中には小さなルアーがぎっしり並んでいる。
「はい、お待ちどうさん。これが“アユイング”用のルアーだよ」
ジョーショさんは、
にかっと笑いながらカウンターに小箱を置いた。
僕は思わず前のめりになる。
「これが……鮎を釣るためのルアーなんですか?」
「そうそう、そいつらが肝心なんだ。
鮎って魚は気が短くてね、縄張りに入ってきたもんを見ると
“こら出てけ!”って突っつきにくるのさ。
だから似たような形したルアーをちょこちょこ動かすと、
イラッときて噛みついてくんだよ」
「ウッヒョー! 魚がキレてくんのけ? おもしれぇなぁ!」
シュンヘイ君は目を輝かせて拳をぶんぶん振る。
「……怒らせて釣る……喧嘩腰だな」
ヒューがぼそりとつぶやく。
僕は首をかしげて振り返る。
「ヒューさん、それ理解して言ってる?」
「……いや……わからん」
きっぱり答えるヒューに、僕は深いため息をついた。
ジョーショさんは笑いながら、さらにルアーを指さす。
「大事なのは竿の動かし方だよ。
ちょんちょんっと揺らして、小魚みたいに見せるんだ。
上手くいきゃ鮎が体当たりしてくる。そん時がチャンスさ!」
「なるほどなぁ……魚に喧嘩売るような釣りか」
僕は感心してルアーを手に取った。
「……頭突き……俺もやった」
ヒューが真顔でつぶやく。
「いやいやいや、魚と張り合う釣りじゃないから!」
僕が即座にツッコミを入れると、ジョーショさんは
「あはは」と豪快に笑った。
ジョーショさんは小箱から数種類のルアーを取り出し、
手のひらに並べて見せた。
「ほら、これがアユイング用のルアー。
細長い形で、川を泳ぐ鮎に似せてあるのさ」
ミナが興味深そうに身を乗り出す。
「……ほんとだ、形がすごくリアル。
流線型っていうのかな。水の抵抗を受けにくそうね」
「そうそう、さすが見る目あるね嬢ちゃん」
ジョーショさんは嬉しそうにうなずき、別のルアーを指差す。
「こっちは銀色のやつ。
陽の光を反射してキラキラ光るから、
鮎が縄張りに入ってきたと思い込むのさ。
で、こっちは黄色や緑を混ぜたやつで、川藻に紛れて自然に見える。
どっちを使うかは水の濁り具合と天気次第ってわけ」
フローラが両手を胸に当てて目を丸くする。
「わぁ~、まるでアクセサリーみたいにきれいですねぇ~。
これなら、見てるだけでも楽しいですぅ」
「んだなぁ」
イモリスちゃんは腕を組んでうなる。
「でもフィリオ兄ちゃんに渡したら、
ぜってぇ根掛かりして無駄にすっぺな。
川ん底の石とお友達だべ」
「何気に刺さること言うわね、イモリスちゃん」
僕の代わりにミナが笑いながらツッコむと、
ゼータが横で感心したように腕を組んだ。
「なるほどどすなぁ。光で鮎を怒らせるか、
自然に溶け込ませるか……釣りって奥が深いもんどすな」
ジョーショさんは笑いながら肩をすくめる。
「まあ、結局は竿を振る人の腕次第さ。
でも形と色はバカにできないんだよ」
「なるほど……奥が深いですねぇ」
フローラがうっとりしたように見入っていると、
イモリスちゃんがぼそり。
「兄ちゃんにゃ深すぎて溺れるだけだべな」
「コラー!」
僕が慌てて制止するも、その場はくすくす笑いで包まれた。
ジョーショさんは店先の木箱を逆さにして腰をかけると、
手ぬぐいで汗を拭いながら口を開いた。
「アユイングやるなら、川のどこでもいいってわけじゃないよ。
狙い目は“瀬”って呼ばれるとこさ。
流れがちょい速くて、石のまわりに泡が立ってる辺りだね」
ガイルが腕を組み、真剣にうなずく。
「なるほど……鮎は流れに逆らって泳ぐ。
つまり、あえてきつい流れを狙うのが肝心ということか」
「おう、さすが話が早いねえ」
ジョーショさんは指を立てて頷く。
「で、瀬の中でも石がごろごろしてる場所がいいんだ。
鮎がそこを縄張りにして、ほかの鮎を追い払うからさ。
その“ケンカっ早さ”を利用して、
ルアーに飛びかかってくるって寸法よ」
「ウッヒョー!ケンカ鮎、燃えるべな!」
シュンヘイ君が目を輝かせ、拳を握りしめる。
「オラ、川ん中で鮎とガチ勝負してみてえ!」
「いやいやいや、川に飛び込むんじゃなくてルアーで釣るんだからね!?
直接殴り合いじゃないから!」
僕は慌てて突っ込む。
その横でバルクが大きな手をぶんぶん振った。
「おれっちなら石んとこぜーんぶひっくり返しゃ、
鮎がわんさか出てくるんじゃねぇの?な?ガイル」
「……それでは釣りにならんだろう」
ガイルは真顔で返すが、微妙に真に受けているような声色だった。
イモリスちゃんが鼻で笑う。
「フィリオ兄ちゃんだったら、
石につまづいて川に沈むんでねぇの?釣れるのは兄ちゃん自身だべ」
「……おい、なんで僕だけそんな目に遭う前提なの」
僕ががっくり肩を落とすと、ジョーショさんは楽しそうに笑った。
「ははっ、まあ誰だって最初はズブ濡れさ。
でも安心しな。
うまく瀬を見極めりゃ、鮎は必ず食いついてくる。
そこからが腕の見せどころってもんさ」
僕たちはいくつかのルアーを買い、
ジョーショさんに説明してくれたことへのお礼を言って店を後にした。
「よーし、明日は鮎釣りだ!」
僕がそう言うと、シュンヘイ君も
「ウッヒョー!」と両手を上げてノリノリだ。
「ベータさんとエプシロウさんも誘ってみましょうか?」
と僕が言うと、ゼータがにっこり笑って頷いた。
「それならわたくしが言っておきますえ」
「んじゃ、おれっちシューユーとコーガイも誘ってみるか!」
バルクが胸を張って宣言する。
──こうして、翌日の鮎釣り大会(?)は
思わぬ顔ぶれが集まることになりそうだった。
石畳の通りを抜けると、夕暮れの町に提灯の明かりがひとつ、
またひとつ灯り始めていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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とっても嬉しいです。
またのお越しを、心からお待ちしていますね。
by ジョーショ
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