第35話 戦いの後に訪れた安堵の朝
翌朝。
まぶしい朝日で目を覚ますと、
すぐそばに泥だらけの荷物が山積みにされていた。
どうやら、昨夜の土砂崩れで散らばったものを掘り出してきてくれたらしい。
「……良かった」
振り向けば、ガンマとデルタの連れている犬たちが、
ずらりと並んで尻尾を振っている。
小柄なものから狼のような大型犬まで総勢十匹。
感謝の気持ちを込めて一匹ずつ撫でていくと、
尻尾をブンブン振り回して大喜びだ。
次の瞬間、我先にと群がってきた犬たちに押し倒され、
僕はもみくちゃにされる羽目になった。
「わ、ちょ、ちょっと! ぎゃああ!」
毛並みに顔を埋められ、舐められ、押さえ込まれ――
気づけば完全にムツゴロウさん状態だ。
けれど、不思議と嫌じゃない。
むしろ、昨日までの緊張がふっと溶けていくようだった。
犬たちとのひとしきりの戯れを終え、ガイルたちの様子を見に行く。
ガルボさんとシュンヘイ君とイモリスちゃんも
既に起きていて看病しつつ歓談していた
みんなまだ包帯姿ではあるものの、顔色は随分と良くなっていた。
「だいぶ良くなりましたね」
そう言うと、ガイルも静かに頷く。
みんなで簡素な朝食を囲んでいると、
アルファが食事の合間に口を開いた。
「昨夜のうちに、冒険者ギルドと領主様に手紙を届けておいたぞ」
「えっ、また鷹たちに運ばせたんですか?」
「そうだ」
思い返せば、昨夜、鷹たちがアルファに向かってやけにピーピー鳴いていた。
とりわけ赤みの強い一羽は、明らかに文句を言っているような声色だった。
どうやら、こき使われすぎて不満を訴えていたらしい。
「冒険者ギルドにはな、緊急クエストを発行させた。
ここ一帯に散らばっている魔物の素材や魔石を回収する依頼だ。
もちろん、討伐分はお前たちのものとして分ける。安心しろ」
「異存はない」ガイルが短く応じる。
「オラもそれでいいべ」ガルボも大きく頷いた。
「それと領主様には、魔物の出現は止まったと報告してある。
ただ、念のため結界師を派遣してもらう手はずを整えておいた」
アルファは焚き火越しに仲間たちを見回した。
「昨日運んできた魔道具を信用してないわけじゃないが……念のためにな」
昼を少し過ぎた頃、冒険者たちがぞろぞろと現場に到着した。
武装を整え、緊張感に満ちた面持ちで駆けつけたものの、
そこには静まり返った祠と辺り一面に散らばった魔物の死骸があった。
「……あのー、アルファさん? これは一体……?」
冒険者たちのリーダーらしき男が、おずおずとアルファに尋ねる。
「ああ、すまん。状況が変わっちまってな」
アルファは肩をすくめ、いつもの落ち着いた声で答えた。
「手ぶらで帰すのも悪いから、
冒険者ギルドに言って緊急クエストを出してもらった。
こいつらの魔石や素材の回収だ。イロはつけてやるから、しっかり頼むぜ」
一瞬戸惑った冒険者たちだったが、すぐに口々に笑い始めた。
「アルファさんに頼まれたらしょうがないっすね!」
「いやー、正直危険な討伐よりは、
こういう仕事の方が気楽でいいですよ!」
「回収なら任せといてください!」
拍子抜けしながらも、むしろ安堵したような声が広がった。
こうして、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタは現場に残り、
回収の指揮と結界師の到着を待つことになった。
一方で、僕たちの一行は――。
ガルボさんたちはエレレ村に戻るのかと思いきや、
シュンヘイ君とイモリスちゃんは「荷物持ちをする!」
と当然のように言い出した。
どうやらイモリスちゃんのお願いでもあったらしい。
加えて、二人はまだトマの町に行ったことがないそうで、
興味を惹かれたようだ。
「せっかく近くまで来たんだから」と、少し旅行気分さえ漂わせていた。
さらに、ベータとエプシロウとゼータも
「手伝うよっ!」「共に行ってやろう」
「おみち案内さしていただきますえ~」と続く。
イモリスちゃんは、再びミナやフローラと
一緒に行けることが嬉しくて仕方がない様子だ。
「ねえねえ、この前ミナねえちゃんにもらった竿、
大事にしてるんだべ!」と自慢げに話している。
その横で、ヒューはまだ未練がましい顔をして見つめていた。
ガルボさんは一度エレレ村へ戻り、祖母と奥さんに報告を済ませてから、
改めて二人を迎えにトマの町へ来るつもりらしい。
「じゃあ、またトマで会おう」
ガイルとバルクがガルボに声をかけ、互いに頷き合う。
こうして僕たちは、戦いの余韻を背に、次なる目的地――
トマの町へ向けて歩みを進めた。
翌朝、僕たちは荷物をまとめ、トマの町へ向けて歩き出した。
道は整備されておらず、森を抜け丘を越える山道のようなものだが、
戦場に比べれば気楽なものだ。
そして順調に進み夕刻となる。
道中一泊のため、僕たちは開けた草地に出た。
そこにはすでに先客がいた。十人ほどの武装した騎士たちと、
その傍らに結界師と思しき人物の姿。
「おお!ベータ殿、エプシロウ殿、ゼータ殿!」
鎧をまとった壮年の騎士がこちらに気づき、歩み寄ってくる。
ゼータはにこりと微笑み、両手を胸の前で軽く合わせる。
「あらぁ、ジューベー様。これから向かわはるんどすなぁ。
ご苦労さまでおす」
「うむ。魔物の出現は、すでに止まっていると聞いたが?」
ジューベーと呼ばれたその騎士が問う。
「ええ、そやねぇ。うちらが魔道具で結界を張らせてもろてますさかい、
今のところは大丈夫どす」
ゼータは柔らかに応じる。
「そうか……大変だったな。我々は翌朝に出立する予定だ。
貴殿たちも道中、気をつけてな」
ジューベーの声にはねぎらいの響きがあった。
「おおきに。ジューベー様も、どうぞ道中お気をつけておくれやす」
深々と礼をして、ゼータは答えた。
僕はその様子を横で見ながら、エプシロウに小声で尋ねる。
「領主様のところの方々ですか?」
「ああ。あの御仁が、今回派遣された結界師だ」
エプシロウが顎で示した先、フードを深くかぶった人物が静かに座っていた。
顔は影に隠れてよく見えないが、細い体つきや仕草から女性であることが分かる。
僕たちは騎士たちと同じ場所で焚き火を囲み、
それぞれの警戒を保ちながら夜を過ごすことになった。
「歌って踊りながら結界を張るんだよっ!」
ベータが元気よく教えてくれる。
「へえー、そうなんですか……?」
僕は驚き混じりに返す。まさか、結界師ってそんな独特な儀式をするのか……?
と思ってしまった。
すると、隣でシュンヘイ君の目がキラリと光った。
「ウッヒョー! 見てみてぇ! 歌って踊る結界師だべ!」
「ちょ、シュンヘイ君……!」
僕の制止も聞かず、彼はバタバタと騎士たちの方へ駆け寄っていく。
ゼータはその様子を見て、口元を袖で隠してクスクスと笑った。
「まぁまぁ……おもろいこと言わはりますなぁ。
結界は確かに舞のような所作も混じりますけど、
そない派手なおどり歌いはしまへんえ」
イモリスちゃんは肩をすくめる。
「えー、つまんねな! ぜってぇそっちの方がかっけぇのに~」
そこに焚き火の向こうで休んでいたジューベーが渋い顔をして言う。
「……む、そんなものではないぞ。
結界は神聖なる術式、軽々に口にすべきでない」
「うひゃっ!まじめな顔して怒られたー!」
ベータが舌を出し、シュンヘイ君は
「じゃあオラが歌って踊るから結界張ってみっか!」
と腰のタモ網を構えて踊り出す。
「ちょっと!? そんな結界あるかっ!」
僕の声が夜空に響き渡った。
焚き火の炎に照らされて、騎士たちも思わず吹き出す。
結界師本人は何も語らず、ただ小さく首を横に振り、
フードの奥で微笑んでいるように見えた。
やがて笑い声は焚き火の弾ける音に溶け、
夜営地には落ち着いた空気が戻っていく。
それぞれが毛布に身を沈め、騎士たちも交代で見張りに立った。
夜空には星々が冴えわたり、遠くでフクロウの声が響く。
こうして僕たちは、旅の途上で奇妙な縁を交わしながら――
この夜を、静かに過ごすのだった。
ここまで読んでくださり、かたじけのうござる!
「ワシらガンマとデルタ、双子にて候!」
「ワンッ!ワフッ!」犬どもも元気に吠えておる!
もし我らの槍と犬たちの奮闘が少しでも胸に響いたら、
【いいね】や【ブックマーク】を賜りたく存ずる!
「二人と十匹、これからも突き進むでござるぞ!」
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