第36話 ヨードの悪戦苦闘、僕らの満腹大作戦
トマの町への帰路、夜も更けて、
野営地はすっかり静まり返っていた。
焚き火の残り火が赤く揺れる中、
テントや毛布で眠る仲間たちの寝息が、ぽつぽつと聞こえる。
その頃、シュンヘイのエサ箱の中では――
「おいっ!寝るなっ! 起きろ! 寝ると死んじまうぞっ!」
ヨードが配下のフロルとクロルの頬をベシベシ叩いていた。
「た、隊長ぉ~……自分はもうダメで……あります……」
「だ、誰が隊長だっ! 俺様は子爵様だっつーの!
おいっ!意識をしっかり持てっ!」
「……あぁ~……ここは……
まるで天国みたいで……眠くなるぅ……」
「アホかっ!
魔族が天国行ったらダメだろうがっ!って寝るなこら!」
だが周囲を見れば、
魔物たちは揃ってスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
「くっそ! こうなったら……おーい!だれかー!おーい!」
ヨードは叫んでみたが、返事はない。
「って聞こえねえか……よしっ!それなら……」
近くの魔物をずるずると引きずり、寝かせ直していく。
「よーしよしよし、こんな感じで……SOSの形を作って――」
「って違うだろ! そーじゃねえっ!
これじゃダメだ! チキショウッ!」
彼は地面を叩いて言った。
「ならば、ここに温泉を掘り当てて、
みんなでぬくぬくするしかねぇっ!
って出るかそんなもん!どこのドリフだよっ!」
自分で自分に突っ込みを入れるヨード。
そのとき、低く響く声がした。
「見苦しいぞ。落ち着け、ヨードよ」
「……クリプトン!」
ヨードが振り返ると、そこにはどこから持ち込んだのか
立派な椅子に悠然と腰掛けるクリプトンの姿。
四体の騎士級魔人は必死に眠気に抗いながらも直立しており、
「全くこれだから成り上がり者は……」
「鍛え方が足りん!」
「根性なしめ!」
「心頭滅却すれば火もまた……」
と口々に震え声で強がりを言っている。
クリプトンは片肘をつき、悠然と椅子に背を預ける。
「落ち着け。
生き延びるために必要なのは慌てふためくことではない。
……冷静さと、待つ力だ」
「あんだと?テメーカッコつけやがって!半分凍ってるくせにっ!」
ヨードは諦めない。
「くっそ!冷静さ?待つ力?そんなもんで何が救えるってんだよ!
だったら俺が――えーっと、えーっと……
助けを呼ぶ画期的な方法を考えてやる!」
箱の中で孤軍奮闘するのであった。
翌朝、僕たちは荷物をまとめて、再び旅路に出た。
日差しは柔らかく、空気はひんやりとしていて、
昨日の戦いの疲れを忘れさせるには十分だった。
それでも、体の節々はまだ重く、
シュンヘイ君は元気すぎるくらいにピョンピョン跳ねている。
イモリスちゃんも、「おら、早く町に着きたいだ!」
と騒ぎながら、ミナ、フローラの横で手をぱたぱたさせている。
その日の夕方、ようやくトマの町に到着した。
宿屋の扉を開けると、番頭さんがにこやかに迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。馬車は無事にお預かりしております」
事前に十日分の料金を払ってあったおかげで、
馬車も荷物もぴかぴかに保管されていた。
「ふぅ、これでひと安心だ」と僕は胸を撫で下ろす。
「よーし、やっと羽を伸ばせるぞ!」と、
バルクが相変わらず大声で笑う。
人数が増えたため、少し大きめの部屋に変更してもらった。
イモリスちゃんとシュンヘイ君は部屋の隅々まで
興味津々で眺めまわしている。
「オラのこのベッド大きいだ!」
「ふかふかしてるー!」
二人とも、どこか戦いの疲れを忘れたかのようだ。
荷物を片付けた後、僕たちは冒険者ギルドへ向かう。
今回の件、洞窟の封印が解けたことを報告しなければならない。
ただし、封印はどこにもなく、僕が触れた瞬間にゲートが開いた、
と説明するしかなかった。
ギルド職員の顔が目に見えて驚きに変わる。
「そんな報告は……こちらでは把握していません」
……そうですか。
ただ、アルファさんだけは、最初から知っていた様子だった。
この事実が、少し引っかかる。
ギルドを出ると、空は茜色に染まり、
町全体が柔らかい夕陽に包まれていた。
「なぁ、おれっち腹減ったー!」
「オラもだー!」
バルクとシュンヘイ君がほぼ同時に叫ぶ。
ガイルは笑って指をさした。
「夕飯はあそこだ。エルリアおばさんのレストラン。
夜はバイキングだ」
「ウッヒョー!バイキング!」
「肉だ肉だ!」
二人はすでに全力で駆け出している。
店先には、看板娘のベアトリーチェ。
「いらっしゃいませー、
あら帰ってきてたんですね、おかえりなさい!」
と、流石の気配り。
僕たちは中に入り、席につく。
もちろんベータ、エプシロウ、ゼータも一緒だ。
「わぁ……今日もたくさん並んでますねぇ~」
フローラは目を輝かせ、目の前の大皿を見つめる。
「……落ち着け、まずは戦略的に攻めるのだ」
ガイルは席に座り、周囲を見渡す。
とはいえ、彼も小さくニヤリと笑みを漏らす。
やっぱりバイキングとなると胸が躍るのだろう。
「えー、どれから食べようかな~」
ミナは皿を手に取るが、その瞳はやはり食欲に勝てないらしい。
ヒューは黙々と皿に盛りつけながら、
「……このローストビーフ……厚さが歴史的だ」
と、何気なく天然ボケを混ぜる。フィリオは横からツッコむ。
「歴史的ってどういうことだよ!」
「ほれ、シュンヘイ、こっちのステーキも持ってけ!」
バルクが皿を差し出すと、シュンヘイ君は、
「ありがと! んだば、これもらうだ!」
と嬉しそうに手を伸ばす。
イモリスちゃんも、
「わたしもこれ食べでみだいな!」
と小さな手で取り分け、ニコニコ。
ゼータは優雅にお皿を手に取り、軽くお辞儀をしながら、
「おおきに~、今日も美味しそうどすえ~」
と微笑む。
「やっぱバイキング最高ですねえ!」
フィリオはクスリと笑い、バルクの皿をのぞき込みながら言った。
「その肉全部食べるつもりなんですか?」
「当然よ!オレの胃袋は無限だからな!」
バルクは胸を張って答える。
エプシロウは微かに笑みを浮かべ、
「……む。これだけ種類があると、計画的に食べるのが望ましいな」
「ふふ、エルおばさん、今日も料理美味しいですぅ~」
フローラが口に運び、ほっこりと幸せそうに微笑む。
その瞬間、エルおばさんが厨房から顔を出す。
「おや、みんな腹ペコさんだね、じゃんじゃん食べな!」
店内は笑い声でさらに賑やかになる。
僕たちはそれぞれの皿を手にして、夕陽に染まる町の景色を横目に、
思い思いのバイキングタイムを楽しむのだった。
鷹三羽は外で待機していたが、ほどなくして、
エルおばさんからお肉料理のお裾分けをもらう。
三羽の鷹が羽を並べて食事をしていた。
皿には、ロースト肉、香草焼き、煮込み……と、
いくつもの肉料理が色鮮やかに盛られている。
「うむ、この肉はなかなかいけるな」
もぐもぐ、 ひえ太郎が目を細める。
「フハハハー!このピリリとした香辛料が、
まるで戦国の鉄砲衆の一斉射撃のごとき衝撃で
食がススムのである!フハハハー!」 あつ次郎が胸を張る。
「ぼきたち、ほんとは食べ物いらないんだけどね~」
さん三郎はのんびり羽をばたつかせながら、もぐもぐ。
「まあ昨日はあちこち行かされて疲れたからな」
ひえ太郎がしみじみ言う。
「まっこと!鷹つかいの荒いことよ!
吾輩、断固待遇の改善を要求するのである!」
あつ次郎は羽を広げ、まるで演説のように叫ぶ。
「ぼきも昨日はあたまたくさん使ったから眠かったのに~」
さん三郎もぼやく。
「……しかし、なあ兄者、あのドワーフめいた者、
我らよりも上位の存在であろうな」あつ次郎がぽつり。
「うむ、普段は力を隠しておるのであろう」
「ぼき知ってる~。
こういうのって能ある鷹は爪を隠すって言うんだよね~」
「まさに!まるで関羽が髭を隠すがごとく!」
あつ次郎が得意げに羽をばさり。
「髭は隠してないんじゃないかな~。
むしろ自慢じゃないかな〜」 さん三郎が首をかしげる。
「時にあつ次郎、おぬし……
先ほどから我の領土を侵犯しておるが?」
ひえ太郎が皿の中央を睨む。
「な、何を申す兄者!吾輩は越境した覚えなどないのである!
ましてや秦の始皇帝のように、この皿を統一しようなどとは……」
あつ次郎は慌てて翼を引く。
「ケンカしないの〜。
ぼきにいい考えがあるよ~」
「うむ、申してみよ」
「ぼきがおかわりもらってくる~」
「なるほど!天下三分の計というわけか!」
あつ次郎が感嘆の声を上げる。
「いやはや!劉備もお主がおれば天下統一できたものを!
臥龍鳳雛もお主の智謀に驚いてまた在野に隠れてしまいそうだわ!」
「えへへ〜褒められちゃった」
さん三郎が羽をバタつかせながら喜ぶ。
「うむ、ではおかわりを頼む」 ひえ太郎は淡々とした調子で言う。
「フハハハー!吾輩はおかわり三つを所望する!」あつ次郎が高笑い。
「そんなに食べたら飛べなくなっちゃうよ?」
さん三郎が笑いながらお皿をくわえる。
食堂の外では、肉をついばんで歴史談義に花を咲かせる三羽の鷹たち。
食堂の中では、冒険者たちが大皿を囲み、
みんなの笑いが飛び交っている。
内と外で響く賑やかな声が重なり、
トマの町の夜はひときわ明るく彩られていた。
……ふむ、あの次弟め、今日も我々を振り回しておったな。
読者よ、笑い疲れても責任は取らぬぞ?
次回も奴の暴走に付き合ってやる覚悟はできておるのだろうな?
by ひえ太郎
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