第34話 魔物も仲間も捕獲完了!
「遊びは終わりだ。全部、片付けろ」
クリプトン配下の騎士級四体と魔物の軍勢が、一斉に動き出した。
地を揺らす轟音とともに迫り来る圧倒的な戦力。
限界を超えた身体に、それは幻聴に思えた。
――だが確かに聞こえたのだ。
あの、どこかで耳にした、馴染みのある音が。
沈みゆく西の陽がトワイライトに空を染める中、
絶望の戦場にかすかな希望の響きが忍び寄っていた――。
「……気のせいか? いや、聞き覚えのある声が――」
フローラはすでに気絶し、魔人キセノンの肩に担がれている。
その頭上を、三羽の鷹がこちらへ飛んでくる。
そのうち一羽が、何かをがっしり掴んでいた。
「あーれーー! シュンちゃーん、助けてけろー!」
――イモリスちゃん!?
鷹たちはゆっくり高度を下げ、まるで着地するかのように見えた。
「キャアアアァァー!」
だが次の瞬間、掴まれていたイモリスが絶叫とともに放り出され、
地面をゴロゴロと転がり……
僕の背後の木に激突して、ようやく止まった。
三羽の鷹はそのまま戦場の中央、ゼータのもとへと舞い降りる。
「ピーッ!」と鳴くと、ゼータはにこやかに迎え入れた。
「おやまぁ、おまはんら。今お帰りどすか。
……あれぇ?
もう、あれほど人さらって食べはったらあかんえぇ、ゆうて言うてたのに。
もぉ、あきまへんなぁ~、メッ!」
そう言いながら、ゼータは鷹たちの首をやさしく撫でる。
「ピーッ!」
「ふんふん、なるほどどすな……
あら、そないなことどすかぁ……」
ゼータが言いかけた、その時――
「待てーー! イモっぺを返せーー!」
ものすごい速度で、シュンヘイが飛び込んできた。
「鷹っ子待てー!
やっぱり魔王の嫁にすっ気だな! イモリスを返せー!」
ガルボも怒鳴りながら、魔物の群れを強引に突っ切って追いついてくる。
その突飛な二人の乱入に、戦場全体が一瞬、凍り付いた。
「ふ、二人とも……それにイモリスちゃんまで……」
僕は呆然とする。だがすぐに我に返り、叫んだ。
「二人とも、いや三人とも! ここは危険だ!
今すぐ、この場を離れて!」
「あれ?フィリオ兄ちゃん! こんなとこで何やってんだ?」
シュンヘイが首をかしげる。
僕は訳もわからず問い返した。
「いや……二人とも、なぜここに……って、
ああ。イモリスちゃんを追ってきたの?」
「そだ! いきなり鷹っ子がうちのイモリスさらってったど!」
怒り気味にガルボが言う。
改めて辺りをを見渡したシュンヘイが、目を輝かせて叫んだ。
「ウッヒョー! エサがたんとあるどー!」
その言葉に、子爵級魔人ヨードが肩を揺らして爆笑する。
「ギャハハハハァー!
ヒッデーヤロウだなあ! 同じ人間見てエサ扱いかよっ!」
魔物たちも口々に笑い転げる。
「ガーハッハッハー! ホントひでえなあ!」
「まさか俺たちのことじゃねえだろうな、ガキ!」
ヨードは腹を抱えながら続けた。
「まっ、二、三匹増えたところで、おまえらがエサ――
ププッ!――に変わりゃしねえ。
ホレ、オマエらとっととやっちまえ!
あんま笑わかせんなよ、あー腹いてえ」
すると、瞬時に状況を把握したガルボの気配がガラリと変わった。
「おいシュンヘイ。オラはこっちをやる。
おめは存分にエサ取ってこい」
「ウッヒョー! 今まで見たこともねえトンボとかバッタみてえな、
イキの良さそうなエサ取り放題だべ!」
そのやり取りに、騎士級魔人キセノンが眉をピクリと動かす。
「我らを……エサだと?」
クリプトン配下の他の三人の魔人も、
軽く困惑したように顔を見合わせていた。
突如として、ガルボの全身から眩い虹色のオーラが噴き上がった。
それは焔にも似て揺らめき、大気を震わせながら周囲に広がっていく。
沈黙を守っていた男の瞼がゆっくりと持ち上がり、
その奥から放たれた銀の光は、夜をも切り裂く剣閃のように鋭かった。
腰に提げた武具は、ただの鉈と槌。
しかし、その手に握られた瞬間、
ありふれた道具は伝説の武器にも等しい凶器と化す。
ガルボの姿が掻き消えた――
そう錯覚するほどの速さで、彼は魔物の群れへと踏み込む。
大ぶりの鉈が、閃光の軌跡を描いて振り抜かれた。
――まるで秋草を刈る鎌のごとく。
半径五メートルにいた魔物は、その一振りで輪切りにされ、
断末魔を上げる暇もなく崩れ落ちる。
次いで槌を握り直し、両腕に力を込める。
一歩踏み込み、振り下ろされた一撃は、轟音と共に地を裂いた。
大地が悲鳴を上げ、魔物ごと地盤を叩き潰す。
肉と骨は石礫に混ざり合い、ぐしゃりと音を立てて地面へめり込んだ。
ガルボは苦戦していた仲間たちのもとへ駆け寄り、
揉みくちゃにされていたミナを抱き上げ、僕の隣へ横たえる。
続けてヒュー、ガイル、バルクを救出。
懐から小瓶を取り出し、みんなに差し出した。
「十分じゃねえけど、これだけしかねえ。
……みんなで分けてけろな」
短い言葉に、いつもの寡黙な職人の顔はもうなかった。
一方その頃、シュンヘイが動く。
腰から愛用のタモを取り出し、魔物の群れへと突っ込んだ。
「ウッヒョー!」
最初に吸い込まれたのは、フローラを担いでいた魔人キセノン。
フローラは空中でガルボにキャッチされ、無事救出される。
その間も、シュンヘイは満面の笑みでタモをユサユサしてエサを捕獲する。
魔物たちは驚くほどスムーズに網へ吸い込まれていく。
まるでバリカンで坊主頭を刈るように綺麗さっぱり。
ある程度たまったら、腰のビクへ。
網を上からユサユサと振って、中身を移し替える。
それはもう、漁師の朝仕事のように手慣れた動きだった。
目を覚ました魔人フロルとクロルも
「な、何が――!?」と叫ぶ間もなくタモの中へ。
「クリプトン様を守れ、防御陣形!」と誰かが叫ぶも、
クリプトンとその配下三体も、有無を言わせず捕獲されていく。
気がつけば、残ったのはヨードと数体の魔物のみ。
その時。
近くの木にぶつかって気絶していたイモリスが、目を覚ました。
「シュンちゃ~ん! おら、怖かっただよ~!」
泣きながら抱きつくイモリス。
シュンヘイはバランスを崩して倒れ込み、ビクも一緒に転がった。
ドドオオォォーッ!
ビクから魔物たちがどっと溢れ出し、半分以上が地上に解き放たれる。
「おい! イモっぺ! なにすんだ、せっかく捕まえたのに!」
「ご、ごめんシュンちゃん……」
イモリスは素直に謝るが、時すでに遅し。
「ったく……まーたやり直しだべ!」
「ヨード様〜」
クロルとフロルが弱々しく叫ぶ。
「お、おい、おまえら大丈夫か!? 怪我してないか?
……ってなんか、オマエら凍ってない?」
「は、はい……中は冷たくて、ひんやりして、とても……
こ、心地よくて……眠く……わあっ!?」
またもタモに吸い込まれる二人。
「お、おいっ! ひ、人が話してる最中だろうがっ!
失礼だろうがっ!ってああっ!」
ヨードがツッコミをいれるが、シュンヘイは構わずエサ採集に励む。
「な、なんだと……?この私が……」
次の瞬間にはクリプトンが言い終わる前に、
守護に入ったネオン、ラドン、キセノン、アルゴン共に再び揃って捕獲される。
洞穴の祠からは次々と軍勢が現れるが、すべてタモに吸い込まれた。
「よし。イモっぺがまたひっくり返すとまいっぺな」
シュンヘイは、捕獲した魔物たちをビクからエサ箱へ移し替える。
タモ網を直接エサ箱に突っ込まないのかと尋ねたが、どうも口が合わないらしい
「へへへ、たんととれたぞ」
シュンヘイ君はエサ箱の蓋をあけて中をを覗き込みご満悦だ。
「おーい、フィリオ。紙とペンを貸してけろが?」
ガルボが振り返って声をかける。
「僕の荷物……残念ながらないです」
困ったように答えると、アルファがすっと手を挙げた。
「筆でよければあるぞ。それに紙も」
「おお、助かる」
ガルボは素早く受け取ると、
さらさらと力強い筆致で何かを書き記していく。
やがて顔を上げると、三羽の鷹に向かって声を張った。
「おーい、鷹っ子! こっちさ来い!」
ひと声で、三羽はゼータの元を離れ、風を切ってガルボの前へと舞い降りる。
ガルボは紙をくるりと巻き、紐で留めた筒へ差し込んだ。
「これ、シュンヘイのばっちゃと母ちゃんに届けでけろな。
……そいと、ここに書いだもんも運んでけろ。分がるな?」
「ピーッ!」
三羽の鷹は力強く鳴き、夜空へ散るように飛び去っていった。
「まあまぁ……人の言うことを聞かはるなんて、
めずらしゅうございますわねぇ」
ゼータが感心したように目を細める。
すでに辺りは闇に沈み、たいまつの炎がゆらゆらと周囲を照らしていた。
祠からはなおも魔物が溢れ出していたが、
シュンヘイ君とガルボさんが交代でタモ網を操り、次々と捕獲していく。
その様子をガンマ、デルタ、エプシロウが興味深そうに見ていた。
「やってみっぺが?」
ガルボが笑って網を差し出すと、三人は張り切って挑戦する。
だが、魔物が数体も入れば、網は重みに耐えきれず持ち上がらなくなった。
「……無理だな」
結局、三人は観戦に回るしかなかった。
やがて、再び三羽の鷹が夜空を裂いて戻ってきた。
どうやら夜目が利くらしい。
彼らが運んできたのは、祠を覆うための簡易結界の魔道具――
おそらくシュンヘイ君のおばあさんのものだろう。
さらに食料、回復薬、傷薬も。
エプシロウは早速それらを使い、仲間たちの手当てを始める。
特に重傷のミドルガードの面々は、まだ完全には癒えていない。
そしてイモリスちゃんはミナねえちゃん、
フローラねえちゃんと泣きじゃくりつつ、
小さい手を震わせながら懸命に看病する。
それでも、温かな食事と共に回復薬を口にすれば、
わずかに顔色も戻っていった。
たいまつの光に照らされながら、皆は運ばれてきた食料を分け合い、
束の間の安らぎを噛みしめた。
温かな吐息と、ぱちぱちと木がはぜる音。
夜風が炎を揺らすたび、影が地面に踊る。
誰からともなく、静かな寝息が聞こえ始める。
戦いの緊張が解け、疲れ切った身体は抗うことなく眠りへと沈んでいく。
僕たちもまた、泥のように深い眠りへと落ちていった。
ウッヒョー!今日もオラ、やっちまった話いっぱいだべ!
魚も人もビックリさせちまったけど、笑ってもらえたらそれでオッケーだっぺ~!
次はどんなハチャメチャが待ってるか、楽しみにしててけれ~!
by シュンヘイ
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