第33話 三羽の知略

時は戻って――三体の魔人が現れた頃。


空高く舞う三羽の鷹たちが輪を描きながら、

ひそひそと相談を始めていた。



「なあ兄者、勝てそうか?」

ぼそりと声を漏らすのは、次兄のあつ次郎。


「……ふむ。我らのご主人も健闘しておられるが、

あの者らだけでは厳しかろう」

冷静に答えるのは長兄のひえ太郎。


「ぼきも無理だと思うの~」

のんきに言うのは末っ子、さん三郎だ。


「さん三郎、お主もそう思うか」

「うん。だからね、ぼき……ゴニョゴニョゴニョ……」


「……さん三郎、ここではご主人殿には聞こえぬ。

もっと大きな声で話してよいぞ?」

「ごみ~んあつ次郎にいちゃん」



「で、考えがあるのだな?」ひえ太郎が促す。

「うん、ぼきたち、ここ何日かあの人間たちを見てたでしょ?」

「うむ、それで?」


「勝てそうなのは……

あの変な道具を持った人間の子供と、

どわーふみたいなおじさんだと思うの」


「なるほど!そやつらを呼んでくるということか!」

あつ次郎がバシッと翼を打ち鳴らす。


「さすがさん三郎!

吾輩たち三兄弟の中で最も優れた知恵者よ!」

あつ次郎が感嘆し、ひえ太郎もうなずいた。


「えへへ~、ぼき褒めれちゃった」

さん三郎は羽をばたつかせ、上機嫌だ。



「では、ご主人に相談することに致そう」

そう言って三羽は翼をはためかせ、ゼータの後方へ降り立った。

「えっとぉ~、どないしはったんどす?」

鷹たちの声を受け取ったのはゼータだった。


「うむ。我ら、腹が減った故、しばし休憩を頂きたい」

ひえ太郎が堂々と告げる。


「おやぶ~ん……。

うちの鷹はんらがぁ、お腹すいてしもて、

ごはんに行きたい思てはるみたいどすぅ」


「なんだってこんな時に……。

分かった、早く済ませるようにな」アルファが苦い顔をする。


ゼータは笑みを浮かべて鷹たちに声をかけた。

「ほなまぁ~、なるたけ早よお召しあがりやして、

戻ってきておくれやすぅ。いっしょにがんばりまひょ」



ゼータはにっこりと笑みを浮かべ、三羽を見送った。


「うむ、かたじけない」

ひえ太郎が短く鳴き、三兄弟は大空へと舞い上がっていく。


「フハハハー! 上手くいったな兄者!」

あつ次郎が翼を大きく広げ、空気を震わせるように笑った。

「そもそも吾輩達には食事など不要というのに! 

それをあえて“腹が減った”と偽って隙を作るとは! 

これも全て、さん三郎の知恵のおかげよ! フハハハー!」


「うむ、まこと天晴れよ」

ひえ太郎は真面目な声音でうなずく。

「我など、このような事態が起きようとは想像もつかなかったぞ。

まさに神慮すら及ばぬ策――」


「いやはや!」あつ次郎がすぐさま乗っかる。

「お主の深謀遠慮、

かの毛利元就すら驚きのあまり三本の矢を六本に増やすであろうな!」


「えへへ~……ぼき、また褒められちゃった」

さん三郎はくるくると回転して喜びを表す。


「だがあつ次郎よ、本好きなのは良いが、

あまり字ばかり追いかけていると目を悪くするぞ?」

ひえ太郎が少し心配そうに口を挟む。


「何を申す兄者!」あつ次郎が胸を張った。

「吾輩の視力は十キロ先の草むらの陰に潜む蚊の産毛まで見抜くほどよ! 

文字ごときで曇ることなどあるものか!」


「たしかに~」さん三郎が合いの手を入れる。

「ぼき、見てたけど、

あつ次郎にいちゃんってよく図書館の近くにいるもんね」


「おお! さん三郎、よくぞ気づいたな!」あつ次郎は大いに喜ぶ。

「しかし、困ったことに人間どもが読んでいるものを遠くから覗き見するしかなく、

好きな本を好きに読むことができんのだ。

吾輩はこの点、いたく不満である!」


「ん〜、それならね」

さん三郎は小首をかしげてから、ぱっと閃いたように言った。

「あの弓を持った人間が、よく字をたくさん書いてたから、

友達になれば、あつ次郎にいちゃんの好きな本も書いてくれるかもしれないよ」


「なるほど!」あつ次郎の目が輝く。

「さすがはさん三郎! 

お主の心配り、石田三成すら思わず四杯目の茶を勧めてしまうわ!」


「……うむ、流石にそれは意味不明であるな」

ひえ太郎が渋い顔で呟き、空を裂くように風が笑い声を運んでいった。


「しかしなんだな兄者」

あつ次郎が翼をばさりと広げ、空を仰ぐ。

「吾輩たちにはすでに立派な名前があると言うのに……

兄者はあいすまん、

吾輩はふぁいあーばーど、

さん三郎に至ってはさんだーぼるとなどと! 

奇怪な名をつけるとは、ご主人殿は一体何を考えておるのやら!」


「まあ、そう言ってやるな」

ひえ太郎が静かに宥めるように言った。

「ご主人もない知恵を必死に絞って考えたのであろうからな。

……うむ、苦心の跡は見える。

お主など、最初はファイアーどり、

さん三郎に至ってはサンダるくん

などとまるで履き物のような名で呼ばれておったではないか」


「ぼき、しってる~」

さん三郎がくるりと一回転してから言った。

「ああいうのって、ちゅうにびょうっていうんだよね~」

「ふむ……?」

ひえ太郎が首をかしげる。

「厨二病、とはなんだ?」


「えーとね~」さん三郎は胸を張って答える。

「自分のことを特別だって思って、

やたらかっこいい名前を考えちゃう病気!」


「なるほど!」あつ次郎が大きくうなずく。

「では吾輩がふぁいあーばーどと呼ばれるのも、

その厨二病とやらの仕業か!」


「フハハハー! 実に病的であるな!」と翼をばたつかせる。


「いや……」ひえ太郎は冷静に反論する。

「お主はその名をけっこう気に入っておるのではないか?」


「なっ……!」

あつ次郎が思わず言葉に詰まる。

「き、気に入ってなどおらぬ! 断じて!」


「えへへ~」さん三郎がにやにやしながら突っ込む。

「でもさっき、ひとりでふぁいあーばーど参上!

って練習してたの、ぼき見ちゃったよ〜」


「なっ、ななななっ……!」

あつ次郎の顔が赤く染まり、翼をばさばささせる。

「し、仕方なかろう! 

もし呼ばれた時に即座に応じられねば鷹の名折れというもの!」


「……うむ。真面目なのは良いことだな」

ひえ太郎がなぜか妙に感心してうなずいた。


「やっぱり兄者も少しは気に入っておるのではないか?」

とあつ次郎がすかさず突っ込む。


「……アイスマンか」

ひえ太郎はしばし遠くを見やった。

「意味はよく分からぬが、凛として冷たい響き……悪くはない」


「わー! 兄者まで!」

さん三郎が羽をばたつかせて笑う。

「じゃあぼきのさんだーぼるとも、かっこいいってことだよね!」


「まあ……」

ひえ太郎は考え込む。

「……正直、落雷の音にしか聞こえぬ」


「ひどい〜!」とさん三郎は抗議しつつも楽しげに回転した。


三羽の鷹たちは、エレレ村の入り口近くの木にとまり、相談を始めた。


「……うむ、そろそろあの妙ちきりんな道具を

持った子供が帰ってくるようだな」

少し離れたところに目をやり、少年の姿を確認するひえ太郎。


「どうする兄者? そのままがしっ!

と爪で引っ掛けて連れて行くか?」

あつ次郎が翼をばさばささせながら言う。


「いや、それでは我ら三兄弟が、

かの妙な網で捕らえられるのがオチであろう。

それに……あのドワーフのような者まで一緒に運ぶとなると、

少々骨が折れるというものだ」

ひえ太郎が冷静に答える。


「それなら、ぼきにいい考えがあるよ~」

さん三郎が胸を張る。


「ほう、どんな策だ?」

「うん〜とね……

ぼきたち、ここ何日か、あの人間たちを見てたでしょう?」

「まあそうであるな。

ホントは図書館に行きたかったのであるが……」

あつ次郎がぼやく。


「それで気づいたんだけど――

もう一人、子供がいたよね。

あの子が危なくなると、必ずあの少年が助けに来るの」

「……ほう。

つまり、あの少女をさらえば、少年が追って来るというわけか」

ひえ太郎が目を細める。


「ううん、それだけじゃないの。

あの子は、どわーふみたいな奴の子供らしくて……

たぶん、そいつも追いかけてくるの」

「なるほど! 

そうすれば吾輩たちが空から運ぶ必要もない! 

ただ待っていれば、二人揃ってやって来るという寸法だな!」


あつ次郎が大きく羽を広げ、声を張り上げる。

「なんたる策謀!

お主こそ、まさに今孔明の名にふさわしい! 

もし同じ時代に生まれておれば、

竹中半兵衛の名など霞んでおったであろう!」


「えへへ~、ぼき今日、冴えてる~」

さん三郎は得意げに羽をばたばた震わせるのだった。



三羽の鷹たちは、

エレレ村の入り口近くの木の枝でじっと様子をうかがっていた。


「フハハハー! では吾輩があの少女をガバッとさらって――」

翼をばさりと広げ、今にも飛び立たんとするあつ次郎。


「待て、慌てるな」

ひえ太郎が鋭い声で制する。

「……あの少女もなかなかにすばしっこい。

正面から掴もうとすれば逃げられるやもしれん」


「されば! 高所から一気に急降下して――」

胸を張って言いかけるあつ次郎の声を遮るように、

さん三郎が羽をぱたぱたさせた。


「ぼきにいい考えがあるよ~」


「おお、またか! 申してみよ!」

期待に目を輝かせるあつ次郎。


「ぼきが囮になって弱ったフリをするの。

ほら、ぼきって可愛いから、きっとあの子油断するでしょ?」

さん三郎が胸を張ると、ひえ太郎がわずかに目を細めた。


「……うむ、そこを我らが背後から掴むというわけか」


「なるほど! 

まさにハンニバルも真っ青の奇襲作戦であるな!」

あつ次郎は翼を大きく広げ、どこか芝居がかった動きで叫んだ。


「……お主は昔から、

賢者が書いた本の中でも軍記物ばかり読み漁っておるな」

ひえ太郎が呆れたように目を細める。


「何を言う兄者! 

吾輩には選択の自由などないのだ! 

人間が読んでおる本をたまたま覗き見しておるだけなのだ! 

それを血肉として昇華するが吾輩の宿命!」

胸を張るあつ次郎。


「へぇ~、じゃあにいちゃんは……軍記物オタクってこと?」

さん三郎が首をかしげて言うと、


「ち、違う! 吾輩は戦略の申し子だ!」

慌てて訂正するあつ次郎。


「ふむ……呼び名が違うだけで、中身は変わらんがな」

ひえ太郎の冷静な一言に、さん三郎は「えへへ~」と笑って羽を震わせた。


「にいちゃんたち、じゃあぼきそろそろ行くよ~?」

「うむ、頼んだぞ」

「フハハハー! 腕が鳴るわ! 

吾輩が颯爽とさらって……! 

あつ次郎こそ日の本一の兵と知らしめてやる! 

真田幸村も運が良いわ、吾輩と同じ時代でなくてな!」


イモリスは、シュンヘイの家の前を

所在なさげに行ったり来たりしていた。

「おっそいなぁ、シュンちゃん。まだ帰ってこないのかなぁ……」


そんな独り言をつぶやいたちょうどその時――


ヒラヒラと、いかにも「演技です」

と言わんばかりにふらつきながら、

一羽の鷹が舞い降りてきた。


ぱさりと地面に着地したその姿は、さん三郎。

「兄者! さん三郎の演技はまこと見事であるな!」

あつ次郎が感嘆する。

「うむ……なかなか、ああ上手くはできまいよ」

ひえ太郎も静かにうなずいた。



……ピーッ。

さん三郎が首をちょこんと傾け、

つぶらな瞳でイモリスを見上げる。

鷹にしては小柄で――

いや、むしろ妙に可愛らしい姿だ。

翼も力なく垂れ下がり、地面に影を落としている。


「んだなぁ……なしてだべなぁ?」


無性に庇護欲をくすぐられ、イモリスはそろそろと歩み寄る。

「けがでもしてるんだべが? それとも……

はらへって動けねんだべが?」


そう声をかけながら、少女は慎重にその鷹のそばへ近づいていった。

ピーッ!


突如、甲高い鳴き声。

その直後――

イモリスの腰のベルトが後ろからぐいっと引き上げられた。

「えっ――きゃああああっ!?」

見る間に、鷹が彼女を掴んで空高く舞い上がっていく。

「あーれーー!」必死に叫ぶイモリス。

地上では、さん三郎が得意げに羽を広げた。

「上手くいったね、にいちゃんたち〜」

「フハハハー!」あつ次郎が高笑いする。

「……うむ、だがまだ安心はできぬぞ」ひえ太郎が低く告げる。

「少年と、あのドワーフみたいな人間が追いついてこないとな」


上空のイモリスは、風に煽られながらも自分の状況に酔いしれていた。


「ひょっとして……おら、今、空飛んでるんだべが? 

え、なんでだべ? 鷹に運ばれてるんだべが?」


「そっか……こりゃもしや……! 

おら、このままさらわれて、きっと魔王かなんかの嫁にされっぺな! 

ああ、スーパー美少女に生まれだおらが恨めしぐてたまんねぇ……」


涙目で叫びながらも、どこか誇らしげなイモリス。

その周囲で、三羽の鷹が「ピーピーッ」

と甲高く鳴き、まるで凱旋の行進のように旋回していた。


――その声に気づいたのが、鍛冶場にいたガルボだった。


シュンヘイがガルボと一緒に駆け出すのだった。


「うむ、件の二人も追いかけてきてるようだな」

ひえ太郎が鋭い目を光らせる。

「作戦通りだね~」さん三郎がにっこり言った。

「まさに百戦百勝とはこのことよ! 

国士無双と呼ばれた韓信ですら、お主の足元にも及ばぬわ!」

あつ次郎が誇らしげに叫ぶ。

「えへへ~、今日なんかい褒められたかわからないの~」

さん三郎も嬉しそうに羽をぱたぱたさせる。

「な、なんだこりゃあ!? 

あれは……イモリスが、空飛んでる!? 

いがん、さらわれてら!!」


慌てて外へ飛び出し、全力で走る。

途中で、釣り竿ば抱えたシュンヘイに出くわした。


「どしたんだ、ガルボおじさん? そんなに慌てで。

……あっ、そだ! さっきオラ、イモっぺが空飛んでるの見だぞ! 

すっげーなぁ、あいついつの間に飛げるようになったんだ?」


「ばかこくでね、シュンヘイ!」ガルボが怒鳴る。

「鷹にさらわれちまったんだど! 

このままじゃ魔王かなんかの嫁にされちまう!!」

「ええっ!? 本当だべか!? そいは……大変だな!」


二人が見上げる空に、イモリスの悲鳴が響いた。

「シュンちゃーーん! 助けてけろーーー!」

「わかった、イモっぺ! すぐ行ぐどーーー!」


三羽の鷹は陽光を背にしながら、連れ去ったイモリスを高々と掲げ、

戦国武将のごとく勝ち鬨をあげた。

その下では、ガルボとシュンヘイが息を切らせながら地を駆け、

空の鷹影を追っていた。



えへへ~、今日もぼき、さん三郎ばりに活躍しちゃった~!

冒険も、ドタバタも、ちょっとした知恵もぜーんぶまとめてお届けしたんだよ~。

読んでくれてありがとね、次はどんなハチャメチャが待ってるか、お楽しみに~!

by さん三郎






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