第16話 カウボーイハットの少年、現る!

「あんちゃん達、道に迷っただか?」


 突然の声に振り向くと、そこに一人の少年が立っていた。

 歳は十歳……いや、十を少し超えたくらいだろうか。背は小柄だが、背中には自分の身長より長そうな釣り竿をひょいと担ぎ、腰には魚を入れるためのビクと、小さなタモ網を携えている。まるで釣りをするために生まれてきましたと全力で主張するような姿だ。


 そして――頭には

 麦わら帽子……じゃない。そう、断じて麦わら帽子じゃない! あれは、カウボーイハット。 間違いなくカウボーイハットだ!

 僕は自分自身に言い聞かせるように、まるで自己暗示のごとく繰り返し呟いていた。

カウボーイハットだ……絶対にカウボーイハットだ……麦わらでは断じてない……!

何度もリフレインする。


「あんちゃん道に迷っておかしくなったのけ?」

「すまない。コイツはたまにこうなる」

ガイルが冷静に応対する。

 僕は現実に帰り気を取り直し、まあほぼ間違いないだろうと少年へ問いかける。


「君が……シュン君かい?」


 少年はぱちぱちと目を瞬かせ、首をかしげる。

「んだ? なんでオラの名前知ってんの? オラそんなに有名だったべが?

んだばって、恥ずかすいもんだなあ……」


 そう言いながら、少年――いや、シュンヘイは頬を赤くして体をくねらせた。


 僕は視線で合図を送る。すると、ミナとフローラがすぐさま察して動いた。

「あらぁ~、あなたがあのシュン君なのね? すっごい釣りが上手いって聞いたわよ」

「ほんとですかぁ~? 大きな魚を釣ったって噂になってますよぉ~」


 どこぞのお店の接客のように、チヤホヤが聞こえてくる。

 よしよし二人ともわかってるじゃないか。


 案の定、シュンヘイは鼻をこすりながら照れ笑い。

「えへへ……オラ、シュンヘイって言うんだ。おねーちゃん達、よろしくな!」

「じゃあ、私たちも“シュン君”って呼ぶわね」

「わたしもそうしますねぇ~」


 完全にデレデレだ。少年のハートはもうお姉さん方に持っていかれた。

こう見えて僕はナイスな配球も心得ているのだよ、フフフ

うむ、だいぶ温まってきたな。

じゃあそろそろむさいメンズの紹介を……


 

 と思った矢先だった。


「あ~~れ~~っ!!」


 突如、森の奥から悲鳴が響く。 僕が、

でーんでーんむーし……む、いやこれは動揺じゃなくて童謡だ

 などと動揺してると


「イモリスちゃんの声だ!」ガイルが即座に叫ぶ。

「……言わんこっちゃない」ヒューは腕を組み、少し怒り気味に眉を寄せた。

「見てぇ~! あそこよぉ~!」フローラが指差す。

「お、おいマズいぞ! ゴブリンに担がれて運ばれてる!」バルクが慌てて走り出そうとする。


 その光景を見た瞬間、僕らの全員の顔が青ざめた。

 イモリスが――小柄な体を軽々と担がれ、わたわたと必死に手足をばたつかせている!


「ウッヒョー! 3匹もいる!」

 シュンヘイが声を上げる。


「危ないから下がってて! 私たちが助けるから!」ミナが前に出ようとする。


 だが、皆が言うや否や、

 シュンヘイは目にも止まらぬ速さで駆け出し――次の瞬間、もうゴブリンの眼前にいた。


「え……? もうあそこに!?」

 全員が目を疑った。


 シュンヘイの瞳は爛々と輝いていた。

「いやぁ~! ひさっさぶりだべ!」


「シュンちゃーーん! 助けてけろ~~!」

 シュンヘイはイモリスに見向きもせずゴブリンに手を伸ばす。


 危ない! いくら子供でもゴブリン相手は危険だ!

 そう誰もが思った瞬間――ゴブリンの姿が一匹、ふっと掻き消えた。


「なっ……!?」


 消えたのではない。よく見れば、シュンヘイの腰のあたり、小さな木の箱のようなものに“押し込まれて”いたのだ。


「ほいほいっと!」

 軽快な掛け声とともに、残り二匹のゴブリンもあっという間に箱に押し込まれる。


「す、すげぇ……」

 言葉を失う僕らの前で、ただ一人イモリスだけが涙目で叫んでいた。

「シュンちゃ~ん! 助かっただぁ! おら、ほんと怖かったぁ!」


 泣きながら抱きつこうとするイモリス――だが、シュンヘイはひょいと身をかわす。

 イモリスはそのまま「べちゃり」と地面に倒れ込んだ。


「いやぁ、今日はついてんなぁ~。ひさっさぶりにイキのいい餌が三匹も手に入った!」

 麦わ……いやカウボーイハットを押さえながら、満面の笑みを浮かべるシュンヘイ。


 そこへ僕たちも駆け寄る。

「バルク、大丈夫そうか?」

「おう……ま、まあな」

「……」

 ガイルも険しい目をして無言で頷く。


 その横で、シュンヘイがひょいと首をかしげた。

「あれ? イモっぺ、この人たちと知り合いなのけ?」


「……イモっぺ」

 ヒューの肩が小刻みに震えていた。


僕たちはその後、山を降りて村へと戻ることになった。

「暗くなる前に帰ったほうがいい」――それがガイルの冷静な判断だった。


行きとは違い、帰り道は下りが多い。おかげで半分ほどの時間で辿り着けたが、荷物を背負ったままの道のりは楽ではなく、気づかぬうちに脚はガクガクになっていた。


下り坂ではイモリスちゃんがドジっ娘気質を発揮し、何度か転んで“イモっぽい”パンツを披露する羽目に。

「きゃっ!」

「 イモっぺ、また見せでらべ」

「ちょ、ちょっと見ないでよぉ!」

「おら見たぐねぇけど、勝手に見えっちゃうんだぁ」


シュンヘイ君の遠慮のないツッコミに、イモリスちゃんは顔を真っ赤にして

抗議する。

フローラは転んで擦りむいたイモリスちゃんの膝を優しく回復魔法で癒してあげていた。

「えっとぉ……動かないでね~」

「ありがと、フローラねーちゃん……」

「次は転ばないようにね」

日が傾き、空は茜色に染まりはじめていた。

山を下り、木々のざわめきを背に受けながら、一行は急ぎシュンヘイの家へと

歩みを進めていった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

物語を続ける力は、皆さんの反応からいただいています。

また次回も覗いていただけたら嬉しいです。





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