第15話 元気な案内人
山をいくらか下り、森を抜けると、ぱっと視界がひらけた。
そこには小さな集落が、斜面の開けた土地に寄り添うように並んでいる。
煙がゆるやかにのぼり、畑の緑がちらほらと広がって
――どこか懐かしい景色を思わせた。
「……見えてきたな。あれがエレレ村か」
ガイルが前方を見据え、短く言う。
僕たちは道中、思いがけないアクシデントもあったが、なんとか無事にたどり着いた。
四日目の午後。予定より半日ほど遅れてしまったが、こうして村を目にした途端、
胸の奥に安堵が広がる。
……ようやく目的地に着いたのだ、と実感する。
幸い、道中で魔物に襲われることはなかった。姿を見せたのは狼や猪くらいで、
命を脅かすほどの凶暴な相手は現れなかった。
僕自身はといえば、ただ必死にみんなの後ろを追いかけるだけで精一杯だった。
夜になれば飯をかき込み、そのまま眠りに落ちる。気づけばフローラの回復魔法
で体が癒えていて、何もできなかった自分が情けなくなる。
その間も、みんなは交代で警戒にあたっていたというのに。
それでも――人間の体は不思議なものだ。
初日より二日目、二日目より三日目と、少しずつ足取りは軽くなり、
四日目の今日は初日のようなきつさはなかった。
もしかすると、これがいわゆる超回復というものなのかもしれない。
「ごめんください~」
フローラがぺこりと頭を下げながら声をかける。
僕たちは、ここがエレレ村なのか近くの村民に尋ねようとした。
すると、一人の少女がちょこんと立ってこちらを見ていた。にこっと笑う、
なぜかその仕草だけで、旅の疲れがほんの少し軽くなった気がした。
「そだよ、ここエレレ村だよ」
イモリスが小さな声で答えた。ちょっと誇らしげで、
村の案内役に抜擢されたみたいな顔だ。
ミナが一歩前に出て、例の少年の件を切り出す。
いきなりゴツい男たちが質問するより、女性二人に任せた方が自然だろう。
「うん、知ってる! シュンちゃんのことだべ? おら知ってるよ」
イモリスが元気よく言う。口の端に少し土がついているのが見える。
村の中で遊んでたんだろうな、そんな素朴さが可愛い。
おお、良かった。ここで間違いなさそうだ。
「……あんたたち、シュンちゃんのこと探してるのが?」
イモリスが少し怪しむように目を細める。眉がぴくっと動くたび、
なんだか小さな探偵みたいで可笑しい。僕はなるべく落ち着いて、
優しい口調で語りかけた。
「ええっと、僕たちダッカールっていう町から来たんだけどね。
すごい少年がいるって聞いて、会いに来たんだ」
フィリオが説明する。セールスマンばりに少年の良さを盛って話すが、
イモリスの小さな瞳がキラキラして、思わず僕もニヤリとしてしまう。
「えっ、シュンちゃん、有名人になるのが?!」
イモリスはぱっと顔を輝かせ、ちょこちょこ小躍りする。
無邪気すぎて、見てるだけでこちらも笑顔になる。
「それでね、どこに行けば会えるかな?」
フィリオがさりげなく尋ねる。
「んだば! おらに任せてけろ。案内すっから!」
イモリスが両手を腰に当てて胸を張る。自信満々で、でもどこか子供っぽい。
「よろしくお願いするわね。私はミナ、そしてこっちがフローラ」
ミナが自己紹介する。イモリスは目を丸くして、
首をかしげながら一生懸命覚えようとしている。
「ミナねーちゃんにフローラねーちゃんだべな。おらはイモリス、よろしくね!」
イモリスがにっこり笑って応じる。まだまだ田舎っ子らしい素朴な声。
「僕はフィリオ。そして、こっちが……」
フィリオが残りのいかつい三人を紹介すると、イモリスは首を傾げ、
ちょっと考え込む仕草を見せた後、笑った。
「んー、わかった。フィリオあんちゃんにヒューあんちゃん、
ガイルおじちゃんとバルクおじちゃんだべな」
イモリスが力強く言うと、その一言で約二名がやはり……
という顔で小さく肩を落とす。
「いや俺は老け顔なだけで……」とか、「今日はファンデのノリが……」
とかふざけたこと言っているが、気にしないようにする。
子供の純粋な瞳の前では取り繕っても全てがムダなのだ。
「シュンちゃん、すぐそこさ居るはんで、ついてきてけろ!」
イモリスが元気いっぱいに言い、両手を大きく振って僕たちを先導しようとする。
それから約一時間が経った。
「……こういうことなら、荷物どこかに預けておけば良かった」
僕は内心で呻いた。
というか、完全に忘れていた。田舎の人の言う「すぐそこ」が、
都会人にとってはまったく「すぐそこ」じゃないという事実を。
急勾配の林を登り、木の根を飛び越え、滑りそうな岩を踏みしめる。
山道とはまた違う、野生そのままの獣道だ。しかも早い。
イモリスちゃんの歩みは、小柄な身体からは想像できないほど軽快で、
まるで駆け足のように森を抜けていく。
田舎の子、恐るべし。
「なんだい、ひょっとしてあんちゃんたち、都会っ子だべが?
こんたぐれでだらしねなぁ」
振り返ったイモリスが、にやりと唇を吊り上げる。
さっきまで素朴でおっとりした村娘だったはずなのに、
いつの間にか小悪魔の笑みだ。
「ほれほれぇ~、のんびりしてっと置いでぐど!」
さらに声を上げ、わざとペースを上げていく。
「あの子、早えな!」
バルクが息を荒げながら呻いた。背中には大荷物と盾。
魔物は出ないと聞いて斧だけは置いてきたが、それでも重装備で
この坂はさすがにきつい。
「ほらほら、足みじけぇのに遅ぇなや!」
「なぁんだ、町の人は息切れすんのも仕事のうちが?」
立て続けに浴びせられる皮肉。……くそっ、なぜだろう、
妙に悔しい。小柄な少女に子ども扱いされるこの屈辱。
汗だくになりながら必死に登っていた僕は、ついに耐えきれず口を開いた。
「シュン……君の家って、こんな山奥にあるの?」
「なーに言ってらんだ、んなわけねーべ!」
イモリスはケラケラ笑いながら、振り向きもせずに答える。
「シュンちゃんなら釣りしてるに決まってるべ!」
「え? と、ということはつまり……」
僕は一瞬で悟った。
――つまり僕らは「家に向かってる」んじゃなく、
「釣り場に連行されてる」ってことじゃないか!?
そんな絶望が脳裏をよぎった瞬間――
「も、もう無理! 限界!」
僕は思わず木陰に倒れ込んだ。
「というか村に着いて、すぐそこって聞いてたから油断してた!」
「なんだぁ、もやしっこだべか? 男のくせして、いっぺ休んでばりで情けねなぁ」
イモリスは口を尖らせ、容赦なく僕を突っついてくる。
「ちょ、ちょっと休ませて!」
僕は息を切らし、地面に手をついた。体力ついてきたと思っていたのに
……現地っ子には勝てないらしい。
「しょうがねなぁ……。ほら、この近ぐに湧き水さあっから、
うめぇ水汲んでけっから、ちっと待ってろや」
そう言うなり、イモリスは僕の水筒をひょいと持ち上げ、
そのまま森の奥へ駆けていった。
「ついて行こうか?」ミナが心配そうに聞く。
「平気だ。すぐそこだからよ」
振り返りざま、イモリスは笑って手を振った。
「すごい体力ですねぇ~」フローラが感心したように呟く。
「……あまり離れると危険だ」
ヒューが低くつぶやいた。普段は無表情なのに、子どものこととなるとやけに真剣になる。
「……離れてしまったな。確か、こっちの方向に行ったはずだが」
ガイルが木立を見渡し、冷静に状況を確認する。
とりあえず、僕たちは全員で荷物を下ろした。バルクが「ふぅぅ~!」
と大きく息をついて尻もちをつくと、地面が小さく揺れた。
僕も背中のリュックを外した瞬間、肩が天国に行った気分になった。
まるで肩に生えていた岩を落としたようだ。
「いやぁ……天にも昇る気持ちだね……」
思わず声に出してしまった僕に、ミナが呆れ顔を向ける。
バルクは尻もちをついたまま「もう歩けねぇ~」と両手をだらりと広げている。
ヒューは木に寄りかかりながらも、弓を手放さず
「……少し、息を整えるだけだ」と言いつつ額の汗を拭っていた。
フローラは「はぁ~……わたし、もう少しインドア派に転職したいですぅ……」
と膝を抱えて座り込み、ローブの裾をぱたぱた仰いでいる。
ミナはため息をつきつつ「ちょっと疲れたかも」と髪を耳にかけ直した
だけで、まだ余裕がありそうだ。
ガイルもまた落ち着いた様子で、剣を地面に軽く突き立て、
腕を組んだまま「……少し休めば持ち直せる」と冷静に言った。
ただ、その額にはうっすら汗が光っていた。
誰もがそれぞれに疲れを見せるなかで、特にバルクと僕のへばり具合は
目立っていた。もはや冒険者というより、山登りで完全にバテた遠足集団である。
そんな僕らの様子など気にすることもなく、
森の奥へ消えたイモリスの背中は、ますます小さくなっていった。
すぐさま背後から声がした。
「あんちゃん達、道に迷っただか?」
振り向くと、そこに一人の少年が立っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
物語を続ける力は、皆さんの反応からいただいています。
また次回も覗いていただけたら嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます