第三部 『反逆の狼煙』

第53話 地底からの咆哮

 セクターD、旧搬入路。

 かつて物流の大動脈だったこの場所は、今や軍の臨時基地によって完全に封鎖されていた。  重厚なバリケード、自動機銃座、そして探照灯サーチライトの光が、雨の降りしきるアスファルトを冷たく照らしている。


「……異常なし、か」


 見張り台に立つ兵士が、退屈そうに欠伸を噛み殺した。


「本当にここから出てくるんですかね? もう二ヶ月ですよ。地底で野垂れ死んでるんじゃないですか?」


「口を慎め。相手は一個小隊を全滅させた化け物だぞ」


 上官がたしなめた、その時だった。

 ズズズ……。

 足元の地面が、微かに震えた。

 地震か? いや、違う。振動は一定のリズムを刻んでいる。まるで、地底から巨大な何かが、岩盤を砕きながら浮上してくるような――。


「……熱源反応! 真下です! 急速接近!」


 オペレーターの絶叫が響く。


「総員、散開ッ! 来るぞ!」


 指揮官が叫ぶのと、基地の中央のアスファルトが爆発するのは同時だった。

 轟音。

 噴き上がる土砂とコンクリートの雨。

 その土煙の中から、一つの巨大な影が、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を持って立ち上がった。


 錆びついた装甲。無骨なフォルム。

 古びた旧式の機体。

 だが、そのカメラアイだけが、以前とは異なる、鮮烈で凶悪なみどりの光を放っていた。


「……ターゲット確認! レクス7だ! 撃てッ! 蜂の巣にしろ!」


 四方八方から、一斉射撃が開始される。

 大口径のマシンガン、対ギア用ミサイル。轟音と閃光が、レクス7を包み込む。


 だが、コックピットの中は、奇妙なほど静かだった。


(……遅い)


 カイは、襲い来る無数の弾道を、スローモーションのように認識していた。

 『第伍世代ニューラル・プロセッサ』が、外部センサーの情報を脳に直接流し込み、戦場の全てを立体的に把握させている。

 カイは、操縦桿を握っていない。

 ただ、思考するだけだ。「前へ」と。


 レクス7が動いた。

 それは、機械の動きではなかった。獣の跳躍だった。

 爆炎を切り裂き、瞬きする間に包囲網の真っ只中へと踏み込む。

 ミサイルの直撃を受けるが、その衝撃は機体を揺らすことすらなく消滅した。『共振性チタン合金』のフレームが、着弾の瞬間に分子振動を起こし、エネルギーを拡散・無効化したのだ。


「……馬鹿な! 装甲が抜けない!?」


 兵士たちが恐怖に顔を歪める。

 カイは、目の前の装甲車を見据えた。

 武器は使わない。

 右腕を振りかぶり、ただ、殴る。


 ――ドォォォォンッ!


 一撃。

 たった一撃の拳打が、数トンの装甲車をひしゃげさせ、紙くずのように吹き飛ばした。

 圧倒的な質量と速度。そして、それを完全に制御する「主」の意思。


『……ハッ、いいザマだ』


 通信機越しに、隠れ家でモニターを見ているリアの笑い声が聞こえる。


『出力係数、反応速度、フレーム剛性……全てが計算通り、いやそれ以上だ。これなら、上層区の最新鋭機だろうが紙切れ同然だぞ』


 カイは、返事の代わりに、次なる獲物へと視線を向けた。

 基地に配備されていた、数機の量産型バトルギア。

 かつては死闘を繰り広げた相手が、今はただの「止まった的」にしか見えない。


(……行くぞ、相棒)


 カイの思考に、機体が歓喜で応えるように唸りを上げた。

 それは、一方的な蹂躙の始まりだった。

 下層区の闇に、反逆の狼煙となる爆炎が、次々と咲き乱れていく。

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