幕間 静寂の狩場

 カイとリアが、地下鉄網の深淵に消えてから、二ヶ月が過ぎた。  下層区は、不気味な静寂に包まれていた。だがそれは、平和な静けさではない。暴風雨が来る直前の、張り詰めた空気だった。


**********


 セクターD、旧搬入路付近に設置された、軍の臨時前線基地。

 そこには、これまで下層区には配備されることのなかった、大型の軍用車両や、最新鋭のセンサータワーが林立していた。


「……地下からの熱源反応、依然としてなし」


 オペレーターの報告に、指揮官は苛立ちを隠そうともせずに指でデスクを叩いた。


「ネズミ共め……。地底で野垂れ死んだか?」


「その可能性は高いかと。あそこはスクラップ・ストーカーの巣窟です。補給もなしに二ヶ月も生存できるとは……」


「甘いな」


 指揮官は、モニターに映る「指名手配書」を睨みつけた。カイとリアの人相書きだ。


「奴らは、我々の精鋭一個小隊を壊滅させ、重要拠点を爆破して消えた。ただのネズミじゃない。……必ず、戻ってくる」


 彼は、基地のハンガーに待機している、異形のシルエットを見やった。

 それは、以前カイが戦った量産型とは違う、対・レクス7用に調整された、次世代型のカスタム機。


「全ゲートの封鎖を継続しろ。蟻一匹通すな。……奴らが顔を出した瞬間が、処刑の時間だ」


**********


 下層区の吹き溜まり、とある薄暗い酒場。

 情報屋のネズは、安酒を揺らしながら、周囲の客たちの噂話に耳を傾けていた。


「おい、聞いたか? 『魔女』の首にかかった賞金、また上がったらしいぞ」


「連れのガキの方もだ。なんでも、軍の倉庫からとんでもない兵器を盗み出したとか……」


「へっ、どうせもう死んでるさ。軍があれだけ血眼になって探しても見つからねえんだ」


 ネズは、鼻で笑った。


(……死んだ? 馬鹿を言え。あのガキと魔女が、ただで死ぬタマかよ)


 彼は知っていた。カイがオークションで見せた狂気と、その裏にある計算高さを。彼らが沈黙しているのは、死んでいるからではない。

 牙を研いでいるからだ。


「……情報屋。隣、いいか」


 ふと、ネズの隣に、フードを目深に被った人物が座った。

 声色からして、若い女だ。だが、その纏う空気は、只者ではない。服の隙間から、使い込まれた銃のグリップが見え隠れしている。


「……あいにく、今日は閉店だ」


「単刀直入に聞く。……『カイ・レイン』と『リア』。彼らと連絡を取る方法を知りたい」


 ネズの目が細められた。

 軍の回し者か、賞金稼ぎか。いや、違う。この女の目には、欲とは違う、切迫した色が宿っている。


「……教えたら、どうする」


「仲間に引き入れる。……あるいは、彼らが本当に世界を変える力を持っているのか、見極める」


 女は、カウンターに一枚の硬貨――上層区の通貨ではなく、下層区のレジスタンスたちが使う「連帯の証」を置いた。


「彼らが地上に戻ってきたら、伝えて欲しい。『我々は、待っている』と」


 女はそれだけ言うと、風のように店を去っていった。

 ネズはコインを拾い上げ、ニヤリと笑った。


「……おいおい、カイ。とんでもないことになってきたぜ。軍隊に、賞金稼ぎに、レジスタンスかよ」


 ネズは空のグラスを掲げ、見えない「台風の目」に向かって乾杯した。


「さっさと戻ってこい。……特等席で、この大騒ぎを見物させてくれよ」


**********


 そして、その時は訪れる。

 深い地下の底から、世界を揺るがす駆動音が、地響きとなって地上へ届き始めた。

 沈黙の時間は終わった。

 反逆の狼煙が、今まさに上がろうとしていた。

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