睡生夢死

@miso831

第1話

朝7時、目覚ましが鳴っても起きる理由はなかった。

仕事も学校も趣味も、やりたいことなど何もない、虚無のような生活を送っている。

布団の中で惰性のように呼吸をしていると、部屋の外から母の声が聞こえた

「ねえ直樹、本当に就職活動しないの?」

返事をする気力は無かった。ここ数年、何度も繰り返された言葉だ。

カーテンの隙間から差し込む光だけが、今日も一日が始まったことを告げている。

だが、どれだけ眠っても、眠気が消えなかった。

十時間眠っても、まだ頭が重い。

僕は顔を枕に押し付け、意識がまた眠りへと沈んでいくのを待った。


............

気づくと、僕は広大な舞台の上に立っていた。聞き覚えのない名前を司会が言うと、眩しいスポットライトが僕を照らし、観客席から無数の拍手が波のように押し寄せてくる。

手にはテレビでしか見たことのないような大きいマイクに、胸元には見覚えのない衣装。

観客の視線はすべて僕に注がれていた。

歌詞なんて知るはずがない、僕が最後に歌ったのは何年も前だぞ、ましてや知らない歌など...

そう思う暇もなく、口が自然に動き、音があふれ出す。

自分の声とは思えないほどに澄んでいて、会場が一体となって揺れる。

汗が頬を伝う感覚も、心臓が跳ねる速さも、あまりにリアルだった。

今まで感じたことがない感覚だった、これが生きるということなのか。

歓声が最高潮に達した瞬間とともに、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「何時だと思っているのよ、早く起きなさい。」

時計を見ると、短い針が10の数字と重なっていた。午前10時だ、しかもぴったり。

「なんだよもう、今いいところだったのに...」

「何寝ぼけたこと言ってるんだい、ご飯作ってあるから、早く来なさい。」

そう言い残すと母さんは部屋を出ていった。

それにしても、さっきの夢は何だったのだろうか、今まで見てきたような夢とは違った。

妙にリアルな感覚で、達成感...というよりか充実感を感じた。堕落したような生活を送っていたからだろうか。


------------------

食卓に並んだ味噌汁をすすりながらも、頭の片隅にはまだスポットライトの残光が焼き付いていた。

箸を持つ手が震えている。舞台に立っていたときの心臓の鼓動が、まだ体の奥で響いているようだった。

「夢、か....」

自分でも驚くほど小さな声が漏れた。

これまで夢なんて一度も持てなかった。将来を語るときの「夢」も、寝ているときの「夢」も、ただ空虚で意味のないものだと思っていた。

けれど今は違う。

ほんの数分の出来事だったはずなのに、あの体験が僕の中の何かを確かに揺さぶった。


また寝れば夢を見られるかもしれない。もしかしたら、夢を見続けることで、自分がなりたいものも見つけられるかもしれない。


食後、布団に戻ると、眠気がまた押し寄せてきた。

「どうせ今日もやることがないんだ」そうつぶやきながら、僕は再び目を閉じた。

次はどんな世界が待っているのだろう。期待と高揚感が、久しく味わっていながら胸の熱を生んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

睡生夢死 @miso831

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る