第7話 良い仲間に出会えたようです

 プロの歌手として本格的に活動を始めてから数ヶ月。ジャンヌ・ダルクの歌声はネットを通じて少しずつ世間に浸透し、若い世代を中心に注目を集める存在となっていた。そんなある日、彼女にとって大きな挑戦が訪れる。若手ながら圧倒的な歌唱力と表現力で知られる女性歌手、矢場芽衣子やばめいことのコラボレーションが決まったのだ。


「矢場芽衣子さんって……すごい人ですね……」


 情報を目にするたびに、ジャンヌの胸には不安と期待が交錯した。人前で歌うことにも少しずつ慣れてきたが、誰かと“共に”歌うのは今回が初めてだった。コラボという舞台は、彼女にとって新しい壁であり、試練でもあった。


 初顔合わせの日、都内のスタジオに現れた芽衣子は、テレビで見るクールな印象とは違い、爽やかな笑顔と明るいオーラをまとっていた。ジャンヌは固い表情で深く頭を下げた。


「あ、あの……私、足を引っ張らないように精一杯頑張ります。今日は、よろしくお願いします……」


 その言葉には緊張と、どこか自己否定の色が滲んでいた。


 芽衣子はそんなジャンヌの様子を見て、声を上げて笑った。


「ジャンヌさん、まずは深呼吸しようか。肩に力入りすぎだよ~。緊張しすぎると声も固くなっちゃうからね。最初は誰だって怖いもんだよ。私だって昔は君と同じだったし!」


 それから芽衣子は手を合わせて笑いながら続けた。


「作り笑いでもいいから、歌う時は笑顔ね! 笑顔は魔法みたいなもんだから!」


 その言葉に、ジャンヌは驚きながらも少しだけ表情を緩めた。彼女の中の“芸能人”というイメージが、少しずつ“人間らしい仲間”へと変わっていく。


「ありがとうございます、芽衣子さん……少し、緊張が和らぎました。」


「よし、その調子! 今日は本番じゃないんだし、楽しく歌おう! 大丈夫、私がしっかりフォローするから!」


 リハーサルが始まると、芽衣子の言葉通り、彼女は率先して雰囲気を和ませ、ジャンヌをリードしてくれた。観客のいないステージでも、二人は本番さながらの熱量で歌い、やがてそのハーモニーはスタッフたちの心を動かし、自然と拍手が湧き起こった。


 ジャンヌは、自分の声が誰かと調和するという新しい感覚に、静かな感動を覚えていた。


 だが、迎えた本番当日——舞台袖に立つと、再びあの緊張が彼女を襲った。スポットライトの熱、観客のざわめき、期待の視線。それらが彼女の足をすくませた。


 そんなとき、隣にいた芽衣子がジャンヌの背中をぽんと叩いた。


「大丈夫。君ならできるよ。私たち、リハで最高のハーモニーを作れたでしょ? 今日も自分を信じて。お客さんに“信じる力”を届けるんだよ。」


“信じる力”。


 その言葉に、ジャンヌはかつての自分を思い出した。神の声に導かれ、全てを委ねていた過去。だが今、自分に問われているのは、誰かの意志ではなく「自分自身を信じること」だった。


「……自分を、信じる……」


 静かに深呼吸をし、祈るように目を閉じた後、ジャンヌははっきりとステージに足を踏み出した。


 ライトが当たると、不思議と心が落ち着いた。観客の前で、芽衣子と目を合わせた瞬間、自然と笑顔がこぼれた。音楽が流れ出す。彼女は歌った——感謝、祈り、希望。すべてを声に乗せて。


 やがて曲が終わると、会場には大きな拍手が響き渡った。


 舞台裏に戻ると、芽衣子が両手を広げて出迎えた。


「やったねジャンヌ! 最高だったよ!」


 ジャンヌは涙を浮かべながら、微笑んだ。


「ありがとう、芽衣子さん。あなたのおかげで、私は過去を振り切って……今この瞬間を心から楽しめました……」


「うんうん、それでいいの! 歌は楽しむものだからね!また一緒にやろうね、絶対!」


 その日を境に、二人の友情は深まり、ステージでのコンビネーションも一層磨きがかかっていった。ジャンヌにとって芽衣子は、単なる共演者ではなく、大きな壁を越えるきっかけをくれた「仲間」となった。


 ジャンヌはこの経験を通して、ただ上手に歌うだけではなく、心で歌うことの大切さを学んだ。そして、誰かの背中を押すような歌を、自分も届けたいと強く思うようになった。


 こうして、ジャンヌ・ダルクはまた一歩、表現者として成長していく。彼女の歌声は、過去に縛られた魂を解き放ち、未来へ向かう力となって、今も多くの人々の胸に届き続けている。

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