第6話 剣をマイクに持ち替えたようです

 学校での学びや友人たちとの交流を通じて、ジャンヌ・ダルクは少しずつ「現代」に馴染んでいった。日々の中で、特に彼女の心を捉えたのは音楽の力だった。放課後、教室に流れる校内放送、廊下を歩く生徒の口ずさむ流行歌、体育祭で流れた感動的な合唱曲。どの旋律にも心が動かされた。自分も歌ってみたい——その思いは、次第に彼女の胸の内で膨らんでいった。


 ある日、思い切ってジャンヌは功にその気持ちを打ち明けた。


「功さん……私、歌ってみたいんです。あの、機械で伴奏が流れると聞きました。カラオケ……というものでしょうか?」


「おっ、いいね。それじゃ、今度一緒に行ってみようか。」


 数日後、放課後の街の一角。カラオケボックスに入ると、ジャンヌは想像を超える空間に戸惑いを隠せなかった。個室にはソファと大きな画面、そしてリモコンのような操作機器。功が優しく説明を加えながら操作すると、曲が始まり、画面に歌詞が流れ始めた。


「ジャンヌ、ここでは機械から流れる音楽に合わせて歌うことができるんだ。君の好きな歌を選んでいいよ。」


 最初は恥じらいながらマイクを手にしたジャンヌだったが、旋律が流れると、どこか懐かしい感覚に導かれるように声を出し始めた。清らかで澄んだ高音、芯のある中音。彼女の歌声は、時に祈りのように、時に語りかけるように響いた。


 一時間があっという間に過ぎた頃、ジャンヌは汗ばんだ額を拭いながら功の方を向いた。


「功さん……私の歌、どうでしたか?」


 功は感激した面持ちで大きくうなずいた。


「素晴らしかったよ。音程も正確だし、声に感情が込められてる。しかも、休み休みとはいえ一時間歌い続けられるなんて、君の喉は本当に強い。今度は家で録音してみよう。その動画をネットに投稿してみよう。」


 ジャンヌは頬を染めながら戸惑った。


「わ、私なんかの歌で……誰かが喜んでくれるでしょうか……?」


「大丈夫。完璧じゃなくていいんだ。ファンっていうのは、上手さ以上に“心”に惹かれるものなんだよ。君の歌にはそれがある。」


 その後、功のサポートのもと、ジャンヌは自室で歌を録音し、動画を編集して投稿することになった。カメラの前では緊張していたものの、歌が始まると別人のように落ち着き、自然に声が出ていた。


 動画は一夜にして大反響を呼んだ。ジャンヌ・ダルクという名前の影響もあってか、再生回数は急速に伸び、高評価と応援コメントが次々と寄せられた。


「本当に信じられません……私の歌が、こんなにも多くの人に届くなんて……」


 ジャンヌは画面のコメントを読みながら、目を潤ませた。


「君の才能は本物だよ、ジャンヌ」と功は言った。「歌声ってね、神様じゃなくても、人の心を救う力があるんだ。君の歌を聴いて元気づけられる人、きっとたくさんいる。」


 その日から、ジャンヌは音楽への情熱を本格的に追い始めた。学校でも音楽の授業により一層真剣に取り組み、放課後はさまざまなジャンルの曲に挑戦。クラシックからJ-POP、バラードや民族音楽まで、幅広い曲に触れながら自分のスタイルを模索していった。


 ある日、SNSを通じて、ある音楽プロデューサーから直接メッセージが届いた。「あなたの歌声に心を打たれました。ぜひ一度、スタジオで歌ってみませんか?」


 ジャンヌは功と奏恵にその話を打ち明けた。


「プロの道って、夢のようだけど……私にそんな資格、あるのでしょうか? 急に怖くなってしまって……」


 すると奏恵が優しく手を握り、答えた。


「ジャンヌ、あなたはすでに多くの人に希望を届けているわ。それが“資格”じゃないかしら。大切なのは、あなたがどうしたいか。」


「そうだね」と功も頷く。「君が進みたいと思うなら、僕たちはどこまでも応援するよ。君は一人じゃない。家族がいる。」


 その言葉に背中を押され、ジャンヌは静かに、しかし確かな覚悟を胸に抱いた。


「……私、やってみたいです。歌を通して、今の時代で誰かの力になれるなら、それがきっと、私の使命なんだと思います。」


 こうして、ジャンヌ・ダルクはプロの歌手としての道を歩むことを決意した。彼女の歌声は、かつて戦場を駆け抜けた少女の魂を宿しながら、今は平和な時代に生きる人々の心に、そっと火を灯していくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る