第6話 カミ―アの意地

深い森の闇に身を潜めるエリーゼ・アーポットは獲物を狙う鷹のように状況を見定めていた。


疾風のごとく駆けていたカミ―アが、シャルクスから放られた箱を見事にキャッチした瞬間。


その瞬間を視界の端で捉えたエリーゼの口元に、妖しい笑みが浮かび上がった。


彼女は静かに籠へ手を伸ばし、無数の矢の中から一本を選び取る。しなやかな指先で弓を引き絞り、満天の星が瞬く夜空に向かって矢を放つ。


ピン、と弓が鳴り、矢は夜空を裂いて飛翔する。放たれた矢は、まるで意志を持つかのように夜の闇を裂き、吸い込まれていった。



静寂を切り裂き、森の奥から放たれた一本の弓矢が、カミーアたちの眼前の地面に突き刺さった。


その瞬間、彼女たちの足は縫い止められたかのようにぴたりと止まる。緊張が走り、警戒の面持ちで弓矢が飛んできた方向を見つめる。



カミ―ア:「くっ。仲間がいたか。」


カミーアは忌々しげに歯噛みし、低く唸った。



シャルクス:「そんな・・・」


シャルクスは不敵な笑みを浮かべている余裕のクリストファーを睨みつけ、怒りに震える。


クリストファー:「警告はしたよ。」


クリストファーが片手をあげ、森の中に潜んでいるエリーゼに合図を送る。



エリーゼは森の中から、夜空に向かって次から次へと矢を放つ。ヒュン、ヒュン、と風を切る音と共に、無数の矢が漆黒の闇に吸い込まれていく


そして


カミ―ア:「!」


カミーアが振り返った瞬間、夜空に浮かぶ無数の矢が、星のように煌めきながら降り注いでくる。



シャルクス:「お前たち、逃げろぉおおおっ!」



シャルクスは叫び、仲間たちのもとへ駆け寄ろうとする。だが、その行く手を阻むようにクリストファーが立ちはだかった。



クリストファー:「わりぃな。俺は敵には容赦しねぇたちでね。」



シャルクス:「ぐっ。」


クリストファーから漂う圧倒的な威圧感に押され、シャルクスは金縛りにかかったかのように、足が動かなくなる。



カミ―ア:「ジャン!」


カミーアは叫びながら、手にした箱をジャンへ向かって放り投げる。そして、すぐさま長剣を抜き、降り注ぐ矢の雨に立ち向かう。


ジャン:「うおおおおっ!」



ジャンは気合いの叫びを上げながら箱を受け取り、ブルトスとともに一目散に森の奥へと逃げ込んでいった。


その背を見送ることもなく、カミーアは剣を振るう。


カミ―ア:「そりゃーー。」



カミ―アの剣技が空を裂き、押し寄せてくる矢を次々と打ち落としていった。







夜空に降り注ぐ矢の嵐を、ギリギリのところで凌ぎ切ったカミーア。だがその代償は大きく、肩で息をしながら、今にも膝をつきそうなほどに消耗していた。


カミーア:(……シャル……どうして……逃げない……?)


視線の先には、心配そうにこちらを見つめるシャルクスの姿。だが彼は動けない。いや、動かせないのだ。圧倒的な何かが、彼の足を地面に縫い付けていた。


カミーア:「……こいつのせいか」


前方からじわじわと迫る、目に見えぬ圧倒的な圧力。その中心にいるクリストファーは、冷笑を浮かべながらカミ―アに歩み寄ってくる。


クリストファー:「おめぇは逃げねぇんだ」


その言葉に、カミーアはもう一度、シャルクスへ視線を走らせる。何もできずに歯噛みする彼の姿が、胸に焼き付いた。


カミーア:「逃げないよ……ッ!」


その短くも強い言葉と共に、彼女は残された力を足に込め、地を蹴った。


一気に間合いを詰め、渾身の力で長剣を振り下ろす。


カミーア:「――はあっ!」


だが、刃が届く寸前――


クリストファー:《呪文》風の刃よ、鋼を砕け


冷たい呪文の詠唱と共に、突如として巻き起こる暴風がカミーアの剣を絡め取る。


パキンッ!


鍛え上げられた鋼の刃が、まるでガラスのように粉々に砕け散った。


カミーア:「っ……!?」


目の前の現実に、カミーアは瞳を見開く。


クリストファー:「残念だったな」


だが、それは序章に過ぎなかった。


クリストファー:《呪文》風よ、吹き飛ばせ


さらに紡がれた呪文が、より強烈な突風となってカミーアの身体を襲う。


カミーア:「うわああああっ……!」


為す術もなく宙を舞った彼女は、背後の大木に背中から叩きつけられた。


ドンッ!


鈍い音と共に、血を吐きながら地面に崩れ落ちるカミーア。


それでも、クリストファーの瞳には一切の感情が浮かんでいない。


クリストファー:「元カレのために剣を振るうなんて、健気だねぇ?」


その侮蔑に満ちた言葉に、カミーアは痛む身体を引きずりながら、ゆっくりと起き上がる。


カミーア:「そんなんじゃないって……言っただろ……ッ」


息も絶え絶え、意識も朦朧とする中――それでも、彼女の瞳にはまだ、消えぬ闘志の光が宿っていた。










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