長月の影法師
きみだって図書室を訪れることはある。人知れず観察するのに疲れた時は特にそうだ。
書庫は原則私語禁止だから声をかけられることもない。だから気楽なはずだ。
江戸川乱歩『影男』が目に入った。
「影」という字にはいくつもの意味がある。光が遮られてできる暗い部分。それは「陰」という字にもある意味だ。
光が遮られるために人やもののかたちが浮かぶ。そのため「すがた」「かたち」という意味が「影」という字に加わることとなった。
「人影」というのは人の影そのものよりも人の姿を指すようになった。
また「影」には光という意味もある。月影、星影といった言葉は月や星のかたちを指すばかりかその光を意味する。
そんなことを影が薄いきみはふと思い出し、ひねた笑みを浮かべた。
きみは影が薄い。その存在に気づかれない。まるで影法師。
夏目漱石『こころ』に出てきたKは心を病みやがて姿かたちだけの空虚な存在に変貌していく。それを黒い影法師と表現した。
中身がなくなって空っぽな体だけになった存在かともきみは思う。
しかしきみの場合は逆だ。中身はこってりある。その姿が他人に見過ごされるだけだ。
そんなことを考え、ひとり薄ら笑いを浮かべていたきみの前にもう一人の影法師が現れる。
「あれ、珍しい」
大きな眼鏡半分まで前髪を垂らしたもう一人の影法師はきみに笑いかけた。
「お前もな」ときみは指摘する。
「もうすぐ生徒会長選挙。どうにかなったよ。きみのお蔭だ」
「俺はただ提案しただけだ」
きみは傍観者。何もしない。
きみの目の前に立つ眼鏡男は次期生徒会長候補の影だった。
そう「影」のもう一つの意味――影武者もしくは影で支える者。
眼鏡男は影で暗躍する。きみは有力な対抗馬を辞退させるための提案をしただけだった。
「俺たちは影だ」
きみたちは暗躍者の気分を堪能する。まさに厨二病。
「人生は歩きまわる影法師」
きみたちは顔を見合わせて笑う。
きみたちは間違っていることに気づかない。それは自らの最期を悟ったマクベスの言葉だ。
Life’s but a walking shadow, a poor player.
人生ははかなく消えやすい影のようなもの。舞台で演じる哀れな役者に過ぎない。
この虚無感がきみたちにはない。
きみたちの間違いの方が
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キャスト
きみ
眼鏡男
(※1) 『いざとなったら俺がいる!? 傍観者は最後に姿を現す』
https://kakuyomu.jp/works/16816700428458577135
(※2) 『ハラカラ ―火花転身―』
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