月見団子と空腹

 昼休み、きみは珍しく図書室を訪れる。

 人付き合いが良すぎて忙しすぎるきみがこの時間に顔を出すことはない。

 滅多にない。多分ない。少しはある。


 閲覧室に踏み入れたきみはいつものように注目を集める。

 きみは誰からも好かれる学園のアイドルだ。しかしその設定も疲れてきたときみは感じている。

 需要に応じてきみはただ愛嬌を振りまいているだけだ。


 適当に手を振り笑顔を向けながらきみはを探す。

 今日は図書委員の仕事ではないから書庫にいるかと思ったきみは書庫に入る。


 そこにひとり本の背表紙を眺める美貌の男がいた。


 同胞はらからのきみでもその美しさに圧倒される。絵になる姿とはまさにこれを指すのだろう。

 きみは声をかけた。


「何か用か?」

 きみの相方はいつも無愛想だ。

「お団子食べたい」

「は?」

「月見団子」

「まだお月見ではないだろ」

「家庭科部が月見団子を作る話をしていた」


 友人が話していたものだ。それを耳にしたきみは無性に月見団子が食べたくなった。


「昼飯食っただろう」

 たしかに相方がいつも用意してくれる弁当は食べた。


「でもお団子は別腹」

 そう――別腹は空腹なのだ。


「これだから女というやつは……」

 容赦のないことばが放たれる。


 相方はレイシストとののしられることをいとわない。この美貌の男は「好みのタイプは?」と訊かれて「絶世の美女」と答えるようなヤツなのだ――ときみは改めて思う。


「おなかいた。食べたいーー」ときみは甘える。


 きみは女優だ。

 それが演技だとわかっていてこのシスコンの男はそれを無碍にできなかった。


「何か用意してやるよ」

「やったあああ!!!」

 きみは相方に抱きつく。


 きみたちは書庫を出て閲覧室に来た。

 二人して窓際に向かい、空を見る。


 昼の空に半分近く欠けた薄い月が見えた。


「お月見は遠いねえ」

「でも今日食いたいんだろ?」

「うん。大根だいこんの漬物も食べたくなったかな」

「ほう。空腹は感性をも研ぎ澄ますな。まさか向田邦子の域に達するとは」


 きみはきょとんと首を傾げる。

 その様を見て美貌の相方は目を細めた。





************



向田邦子『大根の月』(『思い出トランプ』収録)

 訳あって家を出た女主人公。夫に帰って来いと言われ、新婚時代に夫と見た昼の空に浮かぶ月を思い出す。それはまるで大根を薄く切ったようなかたちをしていた。

 もし今日の空にあの日と同じ月が見えたら帰ろう――


というお話。

(まとめ方が下手でごめんなさいです)



************


キャスト


 きみ          香月星かづきせい   (※1)


 美貌の相方       香月遼かづきりょう   (※2)





(※1) 『星は煌めきたくない』

https://kakuyomu.jp/works/16817330666997560214


(※2) 『気まぐれの遼』

https://kakuyomu.jp/works/16818093081199611508



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