第24話 行方不明の碧


「夏姫さん、夏姫さん、もうすぐ始業時間よ」


 幾度目か、真絢が夏姫を起こす。いつもの習慣だ。


 夏姫がしょほしょぼとした目をこすると、何事もなかったような清水真絢の微笑があった。

 彼女はとっくに身支度を整えている。


 不思議でしょうがない。睡眠が最も必要な時期に歩き回る彼女は、疲れないのだろうか。疲れは取れたのだろうか。

 聞いても詮ないので、夏姫は起床するといつもどおり顔を洗い着替えて、真絢と互いを確認し合った。


 原李乃はまだ行方不明だった。だが皆、もうそんな事はどうでも良いって感じになっている。


 お嬢様特有の気まぐれで、家にでも帰ったのだろう。そう結論づけていた……確かめたわけでもないのに。


 夏姫も李乃とはそれ程親しくないので、不快なわずらいから逃げその説に飛びついた。

 そう、原李乃とはそれほど親しくないのだ、あくまで作業としてだけ会う。 


 始業から数時間、黒板に向かう田神先生の背中も漂いだした倦怠感に、薄れて見えた。


 もうすぐ食事の時間だ。皆、それだけを考えているだろう。


 聖クルス学園の乙女達は大半の時間気怠げだ。年頃や育った環境もあるかも知れないが、少女達にとっての興味は食に偏っている。


 青春まっただ中なのに女子校故、恋愛が封じられているのも理由だろう。とにかくゆったりとした退屈な空気は、授業が終わるまで続いた。


 チャイムが鳴り、田神先生が姿を消す。

 級友達の顔に鋭気が復活する。


 ──現金な物だなあ。 


 夏姫は呆れたが途端、ぐぅぅ、と己の腹も不平を漏らし、情けなさにしょげた。

 食堂へ、と夏姫は考えたが、突如現れた人物がそれを阻止した。


 夜野姉妹のどちらかだ。前述したが夜野藍と碧は似すぎている。だから誰も区別できない。

 そんな彼女は珍しく一人きりで、動揺しているらしく、肩で息をしながら教室へ入り見回す。


「どうしたの? ええと……」夏姫は言いよどむ。

 様子から何か起こったのだとピンときながら、彼女が藍か碧かが分からない。


「……碧ちゃんは?」


 彼女が喉の奥から声を絞り出し、ようやく目の前の人物が夜野藍だと判別できた。

「……碧ちゃんは……どこ?」

「へ?」と教室の誰もが首を傾げた。言葉の意味が分からない。

 ただ夜野姉妹が二つばかり授業をさぼっていたと、だけは皆知っている。

「……いないの……どこにも……碧ちゃん、が」

 一年二組がざわっとした。それでなくとも今は原李乃が行方不明だ。この上、夜野碧まで……。


「藍さん」夏姫は駆け寄っていた。

「碧さんを探しましょう! どこか心当たりは? どこでいなくなったの?」


 不安が夏姫の胸の中に、群雲になり広がる。

 原李乃の問題をなんとなく先送りにしたツケだろうか、碧まで消えたとなると、これはもう誰かの悪意は確実だ。


 ──みんなは私が守る!


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