第23話 ポスト・アポカリプス4 2031年
2031年 12月
美しい死体だった。
一見すると少女が楽しい夢でも見ているのだ、と信じてしまう。
星を宿す漆黒の長髪に乱れはなく、大きな目の瞼も軽く閉じられた程度に思え、真っ赤な唇は薔薇のように香りそうだ。
この美しい少女が殺されたなど、許されない冒涜だと感じられる。
彼女の傍らには最後まで主人を守ったのだろう、小型犬が牙を剥き出した姿で頭を割られて、転がっていた。
隆美の背中に嗚咽が届き、彼ははっとした。かつての光景がフラッシュバックする。
六年前の……彼の姉の姿だ。
細川隆美には五歳上の姉・樹里亜がいた。この世の者とは思えないほど、美しい姉だ。
変な姉ちゃんでもあった。
虫も殺せないような顔をしていながら、銃器の類が大好きで、まだ小学生だった隆美と、よく互いの部屋のネット環境で、FPSゲームの対戦をした。
完全な忖度対戦だ。
何せ姉はとにかく銃撃戦を好み、隆美が勝ちたいからグレネードなど投げてしまえば、にこにこと微笑んで部屋にやってきて、常のぼんやりした彼女とは思えない、そりゃあ酷いことされた。
弟をこき使う絶対の一言、『姉様命令』も忘れていない。
慈悲深い女神のような姿なのに『姉様命令よ! 滅茶苦茶にしてやりなさい!』と、時々とんでもない指令を出す。
今となっては良い思い出だ。
その頃、小学生時分イジメられがちだった隆美を、必死で勇気づけ話し相手になり慰めてくれた、優しい慈愛に満ちた姉でもあった。
彼女は隆美の自慢だ。未だに自慢したい。
目の前の少女は15、6……姉の成長が永遠に停止した年頃と同じだ。背後でむせび泣く憔悴しきった家族は、かつての自分達だ。
隆美は唇を噛んで、ぼんやり霞む視界を払い、犬の死骸を抱きしめた。
「お前も……がんばったんだよな?」
勝てない化け物と勇敢にも戦った勇者の体は、まだ少し温かい。
──『奴』はどこだ?
女の子の部屋には冷ややかな太陽光が入って着ていた。恐らく窓から侵入して、窓から逃げたのだろう。
隆美は小さな犬の硬くなった背中に頬をつけて、怒りに震える。
『奴が現れた』……との連絡を受けながら間に合わなかった自分に、腹が立った。
──だけど、間に合ったらどうした?
……冷静でシニカルな自身の一部が嗤う。
どうしようもない、そう、どうしようもないのだ。真っ昼間にこんな事が出来る相手には。
「犠牲者が増えたか」
突如の野太い声に細川隆美は振り返る。
禿頭でありながら筋肉質の中年男、権現幸太が無表情に立っていた。
隆美は歯を食いしばる。
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