第19話 影


「殺してやる……邪魔をするなら……」


 彼は一人呟き、手のナイフが、香る柔らかい胸に深々と沈んでいく光景を夢想した。

 だが、次の瞬間どこからか連なる何人かの少女の悲鳴が聞こえて、現実に帰還する。

 はっと周囲を見渡した。


 聖クルス学園だ。


 ただし人気はない、この学園の校舎の使用されていない教室や廊下には、滅多に誰も来ない。


 恐らく潜入は露見していない。


 はあはあ、と荒い息を吐きながら心を落ち着かせるために、手の中のナイフを見つめた。

 またそれが白く細い首を切り裂く夢を見る。


 ──それしかない、それしかない、殺してやる……殺してやる!


 ぐっとナイフの柄を握る。

 そう、『彼女』を助けるには殺すしかない。

 一人ずつだ……と、胸中で頷く。一人ずつ殺していくのが良い。


 ──だがいつだ?


 彼は改めて周囲を見回した。

 翳る真白い廊下の壁……果たしてこの時間に、一番賑やかな『今』を選んで正解だったのか?


 ──構う物か! ただ殺して……。


 次の瞬間、彼は気配に振り返った。一瞬で全身を殺戮モードに変える。

 が、彼は背後の人影に対して動かなかった。


 聖クルス学園の獲物達へ向けるのと同じ、軽侮に満ちた視線になっただけだ。


 黒い服の女性が振っていた。シスター胡桃だ。相変わらず目から下をマスクで覆っている。


「おやめ下さい、繋様……どうか、どうか、恐ろしい事をしないで」

 ち、と繋は舌を打つ。シスター達は彼にとっても、唾棄すべき存在だ。

 彼は微かに迷ったが、今はシスター胡桃に従った、従ってやった。


 だが……いつか……。


 彼は黄色い声のある教室方向を見透かすように、目を細める。



「殺してやる」


 ※※※


 ベッドの中で夏姫は犬の縫いぐるみゆっこをぎゅっと抱きしめた。 


 就寝時刻はとっくに過ぎているが、李乃が心配でなかなか眠りにつけない。

 真絢も同様らしく、先程から幾度もため息が上がっていた。


「李乃さん、どうしたのかしら?」


 ぽつりと夏姫が呟くと、真絢の元気を装った返事が返ってきた。


「大丈夫よ。きっと李乃さんはお考えがあって隠れているのよ。心配しないで夏姫さん」

 無茶苦茶な理屈だとは分かったが、夏姫はそれで安心して目をつぶった。


 睡眠は乙女にとって大切なのだ。


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