第10話 夜野姉妹
第二章
浅香那波の死体は無惨だったそうだ。
鋭い刃物で心臓を抉られ、裸でごみのように、道の端に捨てられていたらしい。警察が駆けつけた頃には、太陽の下で、誰もが目を逸らす状態になっていたと言う。
心臓……夏姫は熱の上がった、しかし冷たい頭で考えた。
──心臓は……きっと変質者は乙女の心臓を集めて楽しむんだわ……あるいは鳥や牛のハツみたいにじゅーじゅー焼いて食べるのかしら……ううん、もしかして心臓は心……犯人は変質者じゃなくて那波先輩の熱烈なファンで、美しい心臓を家に永遠に飾りたくて取ったのかしら……那波先輩もいつか彼を許して、彼の部屋でまだ心臓はどくどく元気に動いているの。
「犯人は手口から、恐らくあなた達聖クルス学園の生徒を、激しく憎んでいるようです」
耳にした夏姫は夢想の世界から返り、怯えた。そこまで深い憎しみが渦巻いていたなんて、想像していなかった。
──大切な青春の仲間、みんなを絶対守らないと……この世界から。
夏姫が懸念する程、今の政府の方針で日本、世界は二極化している。
格差社会は広がり、夏姫達、市立聖クルス学園に通える少数の上層市民と、それ以外の大多数の下層市民で、世の中は形成されていた。
愛知県名古屋市も、そこここに選ばれなかった下層市民の怨嗟の声が満ちている。
でもそれは、聖クルス学園の生徒のせいではない。
政府が一方的に決めた、大人の事情だ……大人の事情だと思っていた。自分達には関係ないと。しかし、夏姫は今ようやく思い知った。
暗い悪意は自分達に向けられているのだ。市立聖クルス学園の乙女達は、憎しみの標的だ、と。
一年二組の担任で現代国語担当の田神冴(たがみ さえ)先生も、そこに考えが到達しているのか目元に影が差している。
彼女は快活でいつも毅然としているからか、女子校の生徒達と歳も近いのに、皆から好感を持たれている。
「分かりましたか、皆さん、あまり不用意に学校敷地内から出ないで下さい。用があっても治安の悪い場所は避けましょう」
「えー、つまんないー」とここで見事なハモりを見せたのは、双子の姉妹・夜野藍(よるの あい)と夜野碧(よるの みどり)だ。
彼女達を今、夏姫が判別できたのは座っている席のお陰である。もし二人が立ったままだったら、どちらが姉の藍か、妹の碧か分からないだろう。
夜野姉妹はそれ程似ていた……むしろ外見に違いが見あたらない。
二人とも美佐子よりも長いストレートで、漆黒の髪の先は腰まである。顔は非常に整っていてまるで陶器で出来た西洋人形のようだ。背は低く、小学生女子と紹介しても疑う者はいない。
ここまで全く変わらない。服装は聖クルス学園の制服だから、見分ける術がない。
さらに声も、どう聞いてもレコーダーを再生し合っているように同じ域にあり、夜野姉妹を見分けるのは至難だ。
彼女達はどっちかがどっちかのドッペルゲンガーで、存在を許し合っているから二人ともいるの……といつか級友が半分冗談半分真面に囁いていたが、確かにそう思うのも仕方のない程、双子は酷似していた。だから夏姫は二人を相手にする時、いつも一緒にしている。
「はあ」と田神先生がため息を吐く。
「いいですか、夜野藍さん、先生は真面目な話しをしているのよ」
藍はふるふる、と頭を振る。
「違うわ、私は碧よ。藍ちゃんはあっち」
田神先生はこぼれそうな程目を剥き、夏姫も唖然とした。夜野姉妹は席を交換して着席していたようだ。
つまり、ずっと夏姫も田神先生もクラスの誰をも、騙されていた訳だ。
「ど、どうし、て、そ、そんな事を?」
驚きにかつっかえつっかえ、田神先生が訊ねる。
「おちゃめ」くすくすくす、と静まりかえる一年二組の中で、藍と碧の笑い声だけが響く。
田神先生はしばらく目尻をぐいぐいと揉む。
夜野姉妹の欠点はこれだ。
『おちゃめ』とか聞こえは良いが、とにかくイタズラ好きだ。特に似ている外見から繰り出される訳の分からぬ意外に悪質なそれに、何人のクラスメイトが犠牲になったか。
本人達は素早く空気を読み、田神先生をこれ以上刺激しないように、さっさと席を替える。
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