第8話 不審
衝撃的な一報を引き継いだのは、加賀屋美津江だった。
最初に飛びこんできた女子生徒が、詳細を口にする前に、糸の切れた操り人形のように失神したからだ。
皆が不安そうに顔を見合わせている間に、一人きりで保健室のベッドに沈む女子生徒の代わりに美津江は教室から出て行き、ややあって戻った。
「どうも那波先輩は名古屋駅の近くで……襲われたらしいわ」
美津江は乙女達の視線の中、彼女達のガラス細工と同等の繊細な精神を慮って、言葉を選んでいる。
「発見は一二時間前くらいね」
「名古屋駅……あそこら辺は今あまり治安が良くないから……」
ぽつりと呟いたのは、密かに夏姫が羨ましがる程の美しい少女・細川樹里亜(ほそかわ じゅりあ)だ。何代か前に欧州人の血が混ざっているらしく、ウェーヴした髪は色素が薄く、顔の作りも雪の結晶ように繊細だ。
「物騒だわ」
夏姫はこんな時なのに新鮮な気分になる。いつも物憂げで、悪い言い方をすれば、ぼぉけーとしている樹里亜が深刻な表情を伏せている。
それを目の当たりにして、ようやく事件の大きさが飲み込めた気がした。
「変質者ね、変質者の罠にかかったんだわ」
真絢が己の両肩を抱いて身震いする。
夏姫もその気持ちは分かった。那波は美佐子と仲良く、夏姫もよく知っていた。
よく、輝くような笑顔を彼女に向けてくれたものだ。
だがもう那波の笑顔は見られない。彼女は消えてしまった。突然、前触れもなく、青春のただ中にいたのに、夏姫の現実から。
「でも……」と美津江は顎に細い指を、当てる。
「あの那波先輩が簡単に変質者なんかにやられるかしら? だってあの人強かったじゃない」
確かに浅香那波は強かった。お嬢様の嗜みで護身術を習い、達人レベルの腕だったはずだ。
「それだけ、私達が恨まれているのよ」
寂しそうに樹里亜が答え、皆おし黙る。
あるいは憎まれるのは道理だ。何せこんなに恵まれた環境で青春を楽しみ続けている。
胸騒ぎを覚えた夏姫は一人密かに決意した。
──変質者……みんなを守る。この学校の私の青春を守るわ! 平和な日常を奪われてたまるかっ!
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