第5話

第5話


 夕日が校舎の屋根を赤く染め、長い影をグラウンドに落としていた。

 子供たちはすでに帰り、砂には足跡だけが残っている。風がそっと吹き抜け、乾いた土の匂いと、どこか鉄の錆を含んだ匂いが鼻を掠めた。


 俺たちは静かなグラウンドに立ち、事件の痕跡を改めて見渡す。

「劣化した手すりに加え、人為的な細工……偶然の連鎖では説明がつかん」

「でも、今回ばかりは偶然の連鎖だったんじゃないか? 子供たちがコックリさんをいつやるかなんて、指定するのは無理だろう」

「……子供は自由気ままだからな」


 夕暮れの光が真壁の綺麗な横顔を朱に染める。無表情の奥で、彼の目だけが鋭く研ぎ澄まされていた。


 その時、校舎の方から急足の音が響いた。砂を蹴る音と、皮靴がコンクリートを叩く音が混じり合い、こちらへ近づいてくる。

 振り向くと、眼鏡にスーツ姿の男性——教師だろうか——が、眉を寄せ、顔を紅潮させて駆け寄ってきた。


「ちょっとちょっと! 貴方たち、何をしているんですか!? 不審者ですか!?」

 怒気を含んだ声が校庭に響く。


「いや、違います! 子供たちに頼まれまして!」

 慌てて俺は手をあげた。声が裏返り、自分でも情けなくなる。


「はぁ!? 誰に頼まれたって言うんですか! 警察呼びますよ!?」

「いや、あの……」

 どうにか切り抜けようとうる俺の声は、ますますしどろもどろになる。


 そんな俺とは対照的に、真壁は無表情のまま淡々と口を開いた。

「失礼。ここで起きた転倒事件について、少し興味がありまして」


 教師は言葉に詰まり、動きを止める。

 子供たち相手の時と同じく、真壁の落ち着いた態度は、大人にさえ圧を与えていた。


 その冷静さに、俺は胸の奥で小さく息をつく。


「あ、あの…どうしてそれを?」

「箝口令でも敷かれていたのですか? そいつは失礼しました」


 淡々とした口調に、教師はさらに顔を赤くし、手を震わせる。


 俺はそっと深呼吸し、緊張を和らげるように声をかけた。

「落ち着いてください。俺たちは依頼されたんです」

「依頼? 誰にです」

「守秘義務です」


 真壁の切り返しは刃のように鋭く、取り付く島もない。


 風がそよぎ、乾いた土の匂いが鼻をくすぐる。

 夕陽に反射するグラウンドの砂粒が、まるで小さな星のようにきらめいていた。

 


 ※



 夕日が廊下に長い影を落とす校舎内。

 先ほどの男性——やはりここの学校の教員で、神谷神谷先生というらしい。彼は少し緊張した面持ちのまま、俺たちを教室まで案内した。


「ここが、例の教室です。子供たちの安全は確保していますので」


 教室には机と椅子が整然と並び、黒板には夕日の光が鈍く反射していた。

 転落事件の起きた窓はしっかり閉められ、アルミの手すりは黒いビニールで覆われている。まるで不都合な事実を隠すように。


「うっわぁ、机小さいなぁ。こんなに黒板って低かったっけ」

「それだけデカくなっちまったんだよ」


 軽口すら、教室の静けさの中ではやけに響いた。


 真壁は教室の中を静かに見回し、自然な口調で神谷に尋ねる。

「普段、この時間まで残っていることは多いのですか?」

「ええ、まあ…」

「教員は多忙ですし、ストレスも多そうですね」

「そうですね。今の教員は仕事が終わらなくて、持ち帰ることも多いです」


 真壁はわざとらしく眉を下げ、さも心配していますよとでも言いたげに笑った。

「ははぁ、心労お察しします」

「……詐欺師」

「黙れ」

 小さく呟いた言葉も、真壁にはしっかり届いたらしい。彼は小さく咳払いをして言葉を続けた。


「我々の子供の頃には口裂け女とかありましたけど。今の子って、結構ドライな性格で、コックリさんなんてやらないと思ってましたよ」

「ええ、だから本当にやるなんて思わなかったです」


 神谷は慌てたように口を片手で塞ぐ。

 真壁は目を細める、じっと見据える。


「ほう?」

「いや、その……」


 その瞬間、彼の視線がふと逸れ、かすかに手元を気にする仕草が見えた。

 微妙な沈黙の中、何かを隠そうとする気配が漂う。


 夕日が黒板や机に反射し、教室に静かな緊張を落とす。

 次の言葉を待つように、空気は張り詰めていた。

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