第4話
校舎の外、放課後のグラウンドには数人の子供たちが集まっていた。
夕陽に照らされた砂の匂いと、乾いた土の香りが鼻をくすぐる。遠くで遊ぶ子どもたちの声がかすかに聞こえ、風が髪を揺らしていった。
砂埃が舞い上がり、光を反射して金色の粒となる。日差しに温められた砂と、ひんやりした風の温度差が、空気に微かな揺らぎを生んでいた。
美羽ちゃんに案内され、俺たちはグラウンド脇の大きな石像の前にやってきた。
設立の年号などが刻まれているのだろうが、子供たちにとっては格好の遊び場だ。よじ登り、隙間に隠れ、影に身を潜めるにはちょうどいい。
その下にランドセルが二つ置かれ、どうやら残っていた子供たちが俺たちを待っていたらしい。
「……佐伯、連れてきたの?」
一人の男の子が眉をひそめる。少し背伸びした、やんちゃな雰囲気で、声には警戒が混じっていた。
隣の三つ編みの女の子は、不安そうにこちらを見つめる。足元で小さく砂を蹴り、緊張を紛らわせているのがわかった。
「この人たち、魔法の探偵さん!」
美羽ちゃんの声に、子供たちの視線が一斉に真壁と俺へ向いた。俺は思わず後ずさり、肩に少し力が入る。
「魔法でなんでも解決してくれるんでしょう?」
「魔法少女とか、世界を救うヒーローとか、そういう話もあったんだって」
子供たちは興奮気味に盛り上がっていたが、真壁は死んだように目を濁らせ、俺は微笑みながら場を和ませる。
「おい、話が進まん」
「はいはい。……ねぇ君たち、俺たちは美羽ちゃんの依頼で来たんだ。だから今日は、ちょっとだけ君たちの話を聞かせてほしい」
声は柔らかく、でも真剣さを込めて告げると、子供たちは一瞬戸惑い、互いに顔を見合わせた。
夕陽が低く差し込み、砂や紙片の影を長く伸ばす。風に乗った砂埃や紙片がふわりと揺れ、時間が止まったかのように感じられた。
やがて、子供たちは順番に口を開き始める。
※
コンクリートの上には、事件の際に使った紙と十円玉が置かれていた。
紙には大きな丸と「はい」「いいえ」、そして子供らしい文字で五十音が並んでいる。大人から見れば遊びにすぎないが、当人たちにとっては真剣そのものだ。
俺は美羽ちゃんの横に軽く膝を折ってかがみ、柔らかく声をかける。
「それで……どんなふうに始まったんだい?」
一番やんちゃそうな男の子、
「みんなで『こっくりさん、こっくりさん』って呼んだら、十円玉がほんとに動いたんだよ」
「勝手に、ね」
真壁が少し距離を置きつつ低く補足する。子供たちは一瞬びくりとしたが、俺の「うんうん」という相槌で安心した様子を見せた。
あおいくんの隣に座る美羽ちゃんが、やや小さな声で続ける。
「最初に雪ちゃんが『だれが好きですか』って聞いたら、十円玉が『あ』のほうに動いて……」
「それでみんなで笑ってたんだ」
「でも、急に千枝ちゃんが『何が起きますか』って聞いたら……十円玉が『け』と『が』に動いたの!」
三つ編みの女の子、
「そのあと、千枝ちゃんが立ち上がって帰ろうとしたら、躓いちゃって……窓際の手すりに掴まったら、折れたの」
雪ちゃんの声が震え、子供たちはその場面を思い出したように顔をこわばらせた。
「だから、絶対に呪いなんだよ!」
あおい君が声を張り上げる。強がっているが、瞳の奥には怯えが滲んでいた。
真壁は静かに十円玉の置かれた紙を観察し、深いため息をついた。
「くだらない。これは偶然の連鎖だ」
小さく吐き出すような声に、子ども達が一斉に固まる。
「で、でも! 本当に動いたんだよ!?」
あおい君が反論しかける。
真壁は膝を折り、紙と十円玉を指先で軽く抑えた。
「人間の指先は微妙に震えている。無意識に力が入れば、効果は少し滑る。摩擦が小さいほど、それは自然な現象だ」
十円玉がかすかに左右に揺れる。子供たちは息を呑んで食い入るように見つめていた。
「脳は理由を欲しがる。だから、ただの揺れも『呪い』に見えてしまう」
畳み掛ける言葉に、あおい君の口が閉じられた。
真壁はそのまま後方の校舎を見やり、淡々と告げた。
「それに手すり。長年の劣化で金具は自然と錆びついていたはずだ。細いアルミ合金は衝撃に弱い。子どもとはいえ、体重をかければ簡単に折れる。——だが、折れ口を見るところ、そこには刃物でつけられた細い切り込みがあった。劣化だけでは説明できない、人為的な細工だ」
淡々とした告白が、夕暮れの空気を鋭く裂いた。
俺は美羽ちゃんの肩にそっと手を添え、優しく声をかける。
「大丈夫だよ、呪いじゃない。ただの偶然と、……誰かのちょっとした、悪戯が重なっただけなんだ」
美羽ちゃんは小さくうなずき、安心した吐息を漏らす。
風に揺れる砂埃が夕陽にきらめき、子どもたちの緊張と恐怖も、少しずつ解けていくようだった。
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