第12話~ミルフィーユ、船に乗る~

翌朝。

私たちは乗船券を手に、港へ向かった。


私は赤いリュックを背負い、ボウルは懲りもせずにフード付きのローブを羽織り、深く被っている。


空にはカモメが群れをなし、独特な鳴き声を響かせていた。


「おあっおって言ってるのかな?」

私はカモメの鳴き声を真似してみる。


「カモメの鳴き声の真似は難しいな……。どこから声を出しているんだか……。」

ボウルは呑気な私の問いに答える。



そうこうしているうちに、いよいよ私たちが乗船する番になった。


「ちょっと待ってもらえますか?」


背後から声が響き、ボウルがビクリと立ち止まる。


「お顔を拝見させていただきたいのですが……。」

フードで顔を隠すボウルを、不審に思った守衛が声をかけてきたのだ。


「う……いや、それは……。」

動揺を隠せず、ボウルの挙動はかえって怪しい。


守衛は素早く手を伸ばし、ボウルのフードをはぎ取った。


「お前は――亜人!?」

守衛が声を上げ、仲間を呼ぶ。


「しまったな……。」

瞬く間に私たちは守衛に囲まれ、ボウルは戦闘の構えを取る。


緊張が走り、張り詰めた空気が港を覆った――。




「いやいやいや。なんだか穏やかじゃありませんなぁ~……。」


場を割くように、すっとんきょうな声が響いた。


振り向くと、ミッケがうちわを扇ぎながら、初めて会った時と同じ調子でテクテクと歩いてくる。


「守衛さん。すみませんなぁ~……。この狼は田舎もんでしてな。

亜人は差別されると思い込んでおるんですわ。堪忍してやってくれませんか?」


ミッケはちらりとこちらを見て、片目をウインクさせた。


「し……しかし、こいつは我らと戦おうとしてましたよ。」


「そりゃそうでしょう? 田舎狼が都会もんを警戒してる時に、いきなり大勢で押しかけられたら誰だって身構えますわ。」


「し……しかし。」


「それにな、守衛さん。この狼たちはちゃんと乗船券を買って船に乗るんでっせ?

船に乗るための券で“乗船券”。金を受け取って渡しておいて、いまさら乗せないなんておかしいじゃないですか?」


「う……。」


「金で取引した以上、契約は成立済み。

それを勝手に破棄するのは“詐欺”ってもんです。

国営の船でそんなことをすりゃあ、“魔法大国エルン”じゃなくて“詐欺大国エルン”と呼ばれてしまいますなぁ~……。」


ペラペラとよくもまあ言葉が出るものだと感心するほど、ミッケの口は止まらない。

守衛たちは押され気味でタジタジになっている。


「う……うむ。しかし……。」

まだ食い下がろうとする守衛を横目に、ミッケはそのまま通り過ぎ、ボウルの頭を軽く叩いた。


「この馬鹿もんが! ミルフィーユお嬢様を無事にジールド・ルーンのご主人様に会わせるのがお前の仕事やろが!!

そんなお使いもできんのか、この田舎狼が!!」


「余りにも使えんのなら、また首輪をつけるぞ!!」


ミッケがボウルを怒鳴りつけながら、さりげなくアイコンタクトを送る。

それに気づいたボウルは即座に反応した。


「申し訳ありません、猫の旦那。」


ボウルが深く頭を下げると、守衛たちの表情から緊張が少しずつ和らいでいく。


「……まぁ、常識の無い狼なら仕方ないか。行っていいぞ。」

そう言い残し、守衛は他の乗船者の確認へと歩き去った。




「助かった、ミッケ。」

守衛の背中を見送りながら、ボウルは小さく礼を言う。


「礼はいりませんよ。昨日、言ったでしょう? 色々込みで15万って。」


ミッケはニヤリと笑い、うちわを扇ぎながら肩をすくめる。


「私は商人。お客様に幸せを運ぶデブ猫ですからな。――では良い旅を。またエルンにご用の際は、ご贔屓に……。」


そう言い残し、ミッケは人混みの中へと姿を消した。


くだらない冗談ばかり言う猫さんが、ほんの少しだけカッコよく見えた瞬間だった。


* * *


そして、私たちは無事に船に乗り込んだ。


大きな帆船の帆は風をめいっぱい受け、ぐんぐんと前進していく。

船の周りを飛ぶカモメたちは、まるで私たちの新たな旅立ちを祝福しているかのように見えた。


「おあっおー! おあっおー! きゅい! きゅい!」


私は甲板に出て、空を舞うカモメを追いかけながら鳴き声の真似をしてはしゃぐ。


「はしゃぎすぎて落ちるなよ。……もっとも、お前は落ちても問題なさそうだが。」


甲板のイスに腰かけたボウルが、呆れ顔で声をかけてくる。


「はーい!」


私は大声で返事をした。

ロベルトたちと別れてから、ボウルはずっと何かに警戒していたが、先ほどのミッケの助け以降はフードすら被らなくなっていた。


そんなボウルを見て、私も「ここは安全なんだ」と感じる。


ボトッ。


帆船の大きなマストの下を歩いていた私の目の前に、空から白い何かが落ちてきた。


思わず空を見上げる。

明るく輝く太陽さんは、いつも通り私を見守ってくれている。

その太陽さんとの間に、マストに止まって休憩しているカモメの姿があった。


「ボウル! 雪が降ってきたよ!」


私は大好きな雪を思い出し、胸を躍らせた。

ふわふわして冷たくて、飛び込めば私の形に凹む――綺麗で楽しい自然現象。それが雪だと思っていた。


「雪? こんな暑いのに降るわけないだろ。」


私の言葉を鼻で笑うボウル。

ムッとしながら、私は甲板に落ちた“雪”を拾おうと手を伸ばした――。


「ダメだ、ミルフィーユ!!それに触るな!!」


突然、ボウルが立ち上がり、私に大声を浴びせた。

私はビクッと身をすくませ、ボウルを見上げる。

ボウルは、この“雪”の正体を知っているのだろうか?


しかし、どう見ても危険なものには見えない。

しゃがみ込んで、その仲間外れの一塊をじっと眺める。


「お前は、1人なの?」


私の知る雪は、しんしんと降り積もるもの。

ひとつだけ落ちてきたこの“雪”は、なんだか寂しそうに見えた。


――ガバッ!


突然、走り寄ってきたボウルが私を抱き上げた。


「これは鳥のフンだ、馬鹿!!」


「え~……。なんでうんこが白いの? 体が白いから?」


せっかく感動していたものを“うんこ”扱いされ、私は少し不満になる。


「ああ、そうだ。」

ボウルは適当な返事を投げる。


「じゃあ、孔雀は色んな色が混ざってるの?」


「知るか!」


ボウルは私を抱えたままマストから離れ、さっきまで腰掛けていたイスの方へ戻った。


――しかし、そのイスには、すでに誰かが座っていた。


小さな体に似合わぬ大きな斧を背負った女の子。

私がボウルの太ももくらいの大きさなのに対し、その子は腰の高さほどもある。

両腕を組み、無表情のまま、ただ船の進む先を見据えていた。


同じくらいの年頃の女の子を見つけた私は、するりとボウルの腕から抜け出し、その子のもとへ歩み寄る。

そして、至近距離からじっと顔を覗き込んだ。


「な……なんデス?」


じっと見つめる私に、女の子は嫌そうに声を漏らした。


私はその子の横に座り、話しかける。


「私はミルフィーユ。あなたは?」


「私はシノ。勇敢な戦士デス。」


シノと名乗った子は、表情も視線も変えずに淡々と答える。


「ねぇ、シノちゃん。遊ぼう?」


私は無邪気に誘う。


「わ、私はこう見えても成人してるデス!大人の女は遊ばないデス!!」


必死に“大人”をアピールするシノに、私は思わず笑ってしまった。


「いいデスか?戦士は常に落ち着いていなければいけないデス。

こうやってドッシリと座って、海を見つめるんデス。」


私はシノちゃんが戦士ごっこをしているのだと思い、真似をして両腕を組み、じっと海の方を見る。

その様子を、ボウルは少し離れた場所から黙って見ていた。


「あら、シノ?そんな姿を見たら、綾菜が鼻血を出して倒れちゃうわよ?」


シノちゃんと私が並んで座っていると、白いローブをまとった綺麗なお姉さんが歩み寄ってきた。

歩き方も仕草も話し方も、今まで私が知るどんな女性とも違い、とても上品に見える。


「綾菜は今、軟禁中です。」


シノちゃんが答えると、そのお姉さんは私に視線を向け、「可愛い」と微笑んだ。

その笑みもまた、上品で美しかった。

私は思わず見とれてしまう。


「私はシリア。ジハド神の司祭です。」


お姉さんは私の前でしゃがみ込み、目線を合わせて自己紹介をしてくれた。

私も深く頭を下げて答える。


シリアは私の羽や尻尾、角にすぐ気付いたようだったが、何も触れず、すっと立ち上がった。


「シノ、綾菜が“癒しが欲しいからシノを抱き締めさせろ”って駄々をこねているわ。行ってあげて。」


シリアに言われ、シノはあからさまに嫌そうな顔をする。


「私は綾菜の護衛が仕事デス……。綾菜に教典なんて似合わないデス……。」


「まぁ、友達を助けると思って協力してあげて。」


シリアにそう言われ、シノちゃんは渋々立ち上がり、歩き出した。


歩いていくシノちゃんを見送りながら、シリアは私に微笑む。


「可愛い赤竜ちゃんも、楽しい旅にしてね。」


そう言い残して、シノちゃんの後を追っていった。


* * *


「人間にしては……あれだな。美しい人だったな。」


シノちゃんとシリアが去った後、ボウルが私のところへ来る。

狼の顔からは表情が分かりにくいけれど、なぜか少し赤い気がした。


「綺麗なお姉さんだったね。」


私もボウルに答える。


「シノちゃんの遊びは、ちょっとつまらなかったな……。」


私は小声でつぶやく。


「あのちっこいのは遊びじゃない。本当に成人だ。ノームという亜人だな。」


ボウルが淡々と説明してくれる。


「えっ?あんなに小さいのに?」


驚く私に、ボウルは小さくうなずいた。




私たちの船旅は、まだまだ続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る