第11話~ミルフィーユ、都会に着く~

「わぁ~……。」


私たちは今、エルン国の王都に着いた。

ボウルと朝食をとり、移動を始めるとすぐに林道を抜けて、街道と呼ばれる舗装された綺麗な道に出る。

そこを半日ほど歩き続け、ようやく王都エルンにたどり着いたのだった。


王都エルンは、これまで私たちが暮らしていた街とは比べ物にならないほど人が多く、活気に満ち溢れていた。


街並みは真ん中の大通りを挟むように、いろいろなお店が並んでいる。

建物から幌を伸ばして野菜を売る店や、道沿いにカウンターを出してそのまま食事ができる屋台。

中には建物すら持たず、ゴザを敷いて物を並べている店もあった。


道ゆく人々もさまざまだ。

手をつなぎ、目を合わせては照れて赤くなり、また視線を逸らす若い男女のカップル。

その横を追い抜いていく男の人は、ロベルトが着ていた学生のローブのような服を羽織っている。

さらに、そんな光景を気にもせず、団扇でパタパタと自分をあおぎながらノタノタ歩く、猫の亜人のおじさん。


『猫なのに、あんなに太ってる!』


私は、いろんなお店や人を見ているうちに、楽しくなってきた。

街の景色も、人も、それぞれがまるでひとつの物語のワンシーンみたいに見えるのだ。


『このお店の主人は、この料理をどこで知ったんだろう?』

『あのカップルはどこで出会って、これからどうなるんだろう?』

『あの太った猫さんは、ちゃんと走れるのかな?』


目に映るもの、すべてが気になって、私はきょろきょろしながら歩いていた。


そんな私の横を、フードを深く被ってコソコソ歩く怪しい人物がいる。

もう季節は夏だというのに、なんだか変な人だなぁと思って顔を見上げると――


ボウルだった。


「ねぇ、ボウル? むしろそのほうが目立ってない? ほら、あそこの猫さんだって堂々と歩いてるよ?」

私は隣を歩く不審人物に声をかける。


「う……うるさい。首輪を付けていない亜人は、亜人狩りに狙われやすいんだ。」

ボウルは周囲をきょろきょろと警戒しながら王都を歩いていた。


私はそんなボウルを見て、昨日、狼を一撃で仕留めたときの姿と比べてしまう。


強いくせに、臆病なのかな……?


「あー! ボウル、プリン屋さん!」

私は街の片隅にある屋台を見つけて、ボウルの手をぐいっと引っ張った。


「いや……これはクレープだな。」

屋台に着くと、ボウルがそう言った。


「クレープ?」


「ああ……。お姉さん、ノーマルをひとつくれ。」

そう言って、ボウルはお金を渡す。


「ありがとうございます。」

屋台のお姉さんが手際よくクレープを作り、出来上がると私に手渡してくれた。


「はい、可愛いお嬢さん。いちご、おまけしといたよ。パパ優しいね?」


「ありがとうございます。……パパ?」

私が首をかしげると、お姉さんは笑顔で手を振って屋台に戻っていった。


私は視線をお姉さんからボウルへと移す。


「ボウルは食べないの?」


「そんな軟弱なモノは食べん。」


「軟弱?」

カッコつけマンのボウルの言葉なんて気にせず、私はクレープを口に運んだ。


生地は出来たてであたたかいのに、中にはクリームとアイスが入っていた。

ほんのり温かい皮を食べた直後、口いっぱいに広がるアイスの甘さと冷たさ――それは絶妙な美味しさだった。

そして甘さに慣れた舌に、不意に現れるいちごの甘酸っぱさが新しい刺激をくれる。


「ふぁ~……。」

あまりの美味しさに、私はふにゃふにゃと地面に座り込んでしまった。


「どうした、ミルフィーユ?」


「こんなに美味しいものがあるなんて……。」

感動を伝える私を見て、屋台のお姉さんが「クスッ」と笑う。


「お前は……仕事の邪魔だろ!」

ボウルは私を抱き上げ、笑うお姉さんにバツの悪そうな会釈をして、その場を離れた。


その後、私たちはとあるオープンカフェで少し遅めの昼ご飯を食べてから、宿を決めることにした。


「タバサ村にいた赤竜の子供が脱走したみたいだよ。」

「研究用に飼ってた子供でしょ? 間抜けな飼い主がいたものね。奴隷の首輪の鍵まで外されたらしいしね。」


私たちのすぐ横の席で、2人のお姉さんが紙を見ながらそんな会話をしていた。


ボウルは真面目な顔で、2人のお姉さんの会話に耳を傾けていた。

私はイスから降りて、お姉さん達のところへ歩み寄る。


「赤竜の子供が、私の他にもいるんですか?」


思わず問いかけると、お姉さんは私の翼と尻尾を見て、くすっと笑った。


「可愛いね。その翼と尻尾、リュックに付いてる飾りなの?」


「ううん。本物だよ。」


「そうなんだ?いちご食べる?」


「ありがとうございます。」


お姉さんは私の頭を撫でながら、口にいちごを入れてくれた。


「こ…こら!こっちに来なさい。」


慌てたボウルが私を呼ぶ。

私はお姉さんに軽く会釈をして、小走りでボウルの元に戻った。


「いちご貰った。」


「良かったな。」


そう言って、ボウルは私を座らせると、お姉さんに軽く会釈を返す。


「タバサ村の“脱走した赤竜の子供”っていうのは、お前のことだ。ロベルトとレベッカがいた場所、それがタバサ村っていうんだ。」


ボウルが小声で囁く。


「へえ…。じゃあ、あのお姉さん達はなんで知ってたんだろ?レベッカの友達かな?」


「違う。新聞だ。」


短く答えると、ボウルは黙り込み、思案するように視線を落とした。


――赤竜の子供の脱走は、新聞に載るほどの大事なのか?

どこまで情報が広がっている?

もし“狼の亜人”のことまで知られているなら、この状況はかなり危うい。


ボウルはずっと深刻な顔をしていた。


「いいか、ミルフィーユ。少しはしゃぐのを控えてくれ。真新しいものばかりで楽しいのは分かるが、魔術師相手に戦闘はしたくない。」


「また戦うの?」


「戦わないようにするために言っている。」


「…うん。」


私は少しガッカリしながらも、ボウルの言葉にうなずいた。

戦うのは恐いから嫌いだ。襲われるのも嫌だけど、普段優しいボウルが恐い顔になるのは、もっと嫌。

私は“恐いボウル”を見るのが、とても辛い気持ちになるのだ。


憂鬱さを抱えたまま、私は遅い昼食を口にした。


* * *


お会計を済ませ、宿に入る。

部屋に入ると、ボウルはローブを脱いで大きく背伸びをし、ようやくリラックスした様子を見せた。

そんなボウルを見て、私もようやく安心する。


「明日はジールド・ルーン行きの船の乗船券を買わなきゃな…。1番の難所だ。」


風呂から上がったボウルが、独り言のように呟いた、その時。


――トントントン。


部屋の扉が不意に叩かれる。


「誰だ!?」


ボウルが鋭い声を飛ばす。


「ルームサービスでございます。」


「必要ない。帰れ!」


ボウルは強い口調で突っぱねる。


「あれぇ…。人に会いたくないお客様に、とっても好評なサービスなんですけどねぇ…。」


「何だと!?」


――ガチャリッ。


やり取りの最中、突然、扉の鍵が外される音が響いた。

私とボウルは同時に入り口へ視線を向ける。

だが、開くはずの扉は何故か音もなく閉まりかけていた。


「何が起こったんだ…?」


鍵は確かに開けられた。なのに、次の瞬間にはもう扉が閉じている。

私とボウルは言葉を失い、ただじっと扉を見つめていた。


「おばんでやんす。お客様。」


突然、背後から声がした。


ボウルは反射的に跳ね起き、その声から大きく距離を取る。


「あっ!太った猫さんだ!」


振り返った私は、そこに立っていた大きな影を指差した。


「ホッホッホ……太った猫さんとは、これはまた適切な表現ですな? 可愛らしいお嬢さん。」


太った猫さんは私に近づくと、ひょいと抱き上げ、そのまま私を膝に乗せて椅子に腰掛けた。


「私は幸せを運ぶデブ猫の商人……ミッケと申します。贅肉の中から幸せミッケ、とでも覚えていただければ幸いでございます。」


「私は空飛ぶ……枯れ木に火をつけるぅ~……泳げる、ミルフィーユです!」


私はミッケに張り合うように自己紹介をする。


「ふぉっふぉっ。これは可愛らしいね、ミルフィーユ。」


ミッケは優しく私の頭を撫でた。


「商人がそんな体捌きできるのか、ミッケ? お前は何者だ?」


ボウルは依然として警戒を解かない。


「おやおや? そんなに睨まれたら怖いじゃないですか、狼さん。

こう見えても私、猫でございますゆえ、動きは早いのです。肥満ゆえ体力はございませんがね。」


軽く受け流すミッケに、ボウルは深くため息をついた。


「それで……何の用だ、ミッケ?」


ボウルが問うと、私を撫でていたミッケの手が止まり、空気が変わった。


「今朝の新聞にありましたな。4日前、タバサ村の家から赤竜の子供が脱走したという記事が。」


「知っている。」


「ですが、不思議でしてね……辻褄が合いません。」


「何が言いたい?」


「普通、赤竜の亜人の脱走など、主人にとっては一大事。

滅多に手に入らぬ亜人奴隷、下手をすれば翌日には新聞に載せてでも血眼で探すはずです。」


ボウルは黙って耳を傾ける。


「しかも新聞では“赤竜の亜人の子供”とありました。

だが、ミルフィーユほどの年齢なら幼児、もっと正確に言えば“幼女”と呼ぶべきでしょう?」


「以上を踏まえれば――私の推測ですが、その主人は逃げたミルフィーユを探す気がない。

それどころか、わざと逃がし、曖昧な情報を流して逃亡を助けている可能性すらある。」


「……。」


「それだけではありません。昼間のあなた方の格好――あれには笑いましたよ。

ミルフィーユは赤いリュック一つ、あなたは暑い盛りに大きなフード付きローブ。まったく滑稽でしたな。」


「……その話はするな……。」


ボウルはわずかに顔を赤らめる。


「赤いリュックで翼と尻尾を飾りに見せかける変装。これは女性の案でしょう? 大胆で、お洒落好きな女性の発想だ。」


「一方で、あなたの変装は……服装に頓着せず、周りをあまり気にしない男の考え方ですな。」


ミッケは、わずかな観察だけでロベルトとレベッカの存在を見抜いていた。

推測の大半が的中し、ボウルの額にはじっとりと冷や汗が浮かんでいた。


「さてさて――それともう一つ、移動の速さの矛盾も付け加えておきましょう。

普通ならタバサから王都までは大人の足でも10日。幼児を連れて歩けば、さらに5日はかかる距離です。」


「それを、わずか4日でここまで来た。

つまり狼さん、あなたは旅の途中でこの子と出会ったのではなく、最初から一緒にいたわけですね?」


「そう考えると、なおさら新聞に“狼の亜人”が記載されていないことは不自然ですな。」


「……。」


ボウルは返す言葉を失った。

すべてが事実で、すべてが的中していた。


「それで……お前の狙いは何だ? ミルフィーユを誘拐するつもりか?」


「いえいえ。新聞に出てしまった以上、この子で金儲けを企むのはただの犯罪者。

捕まえれば持ち主に返さねばなりませんからね。

猫でも猫ババはいたしません。私は雄猫ですし、ジジ猫ですしね。」


「……。」


この人は頭はいいけど、時々ものすごく頭が悪いことを言う――私はそう思った。

そして視線を交わしたボウルも、きっと同じことを考えている気がした。


「では、商人の私がどこで稼ぐか。答えはこれです。」


ミッケは2枚の乗船券をひらりと取り出した。


「人の多い王都に危険を承知で来る理由――ずばり“亡命”です。さて、どこの国へ行きますかな?」


「やはり世界的に最も平和で安全なグリンクスか?」


「いえいえ、グリンクスは入国許可証がなければ入れません。」


「では、許可証のいらぬ国。亜人が多く住むフォーランドか?」


「いえいえ、あそこは建国されたばかりで治安が悪い。」


「では……聖騎士の国、ジールド・ルーンはいかがでしょう?

あそこは神の法に従い、すべての命の平等性を掲げています。

人間はもちろん、亜人奴隷も厳禁。亡命するなら最適ですな。」


「……そうだ。ジールド・ルーンを目指している。」


ボウルは素直に答えた。

その返答に、ミッケは満足げに口元を吊り上げる。


「この乗船券、2枚で6万で仕入れましたが――あなた方には“大特価”、15万でお譲りしましょう。」


ミッケの目が鈍く光った。


「貴様……足元を見やがって……。」


「いえいえ、足元など見ておりませんよ。私は商人。

適正な所に、適正なお値段で商品をお届けしているだけです。

今までお話しした情報代、乗船券の入手難易度……色々と含めての価格です。喉から前足が出るほど欲しいでしょう?」


「……それとも、明日危険を承知で正規に並んで購入なさいますか?」


「……。」


ボウルはしばし沈黙した後、購入を決断した。


こうして翌日、私たちは故郷エルンを離れ、異国へと旅立つことが決まった。

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