第13話 ~ミルフィーユ、満喫する~
船の甲板でのおおはしゃぎも一段落し、私はボウルと一緒にご飯を食べることにした。
この大型帆船には、レストランやシャワー室のほかに、ちょっとしたレジャー施設まであるらしい。
ジールド・ルーンまでの船旅は2週間ほど掛かるという。
この長い船上での退屈を、少しでも有意義なものにしようという工夫の一つだそうだ。
時間はちょうどお昼のピークを過ぎ、人もまばらになっていた。
わざと時間を外したのは、ボウルが人間嫌いだから――ではない。
単純に、私がいつまでも船に興奮して、甲板や施設を駆けずり回っていたからだ。
楽しすぎて、お腹が減っていたことすら忘れていた。
それに……もう一度シノちゃんに会いたい、という気持ちもあった。
(本当はシノちゃんとご飯食べたかったなぁ……)
ボウルは「あの子は大人だ」と言ったけれど、私はまだ信じきれていなかった。
――いや、信じたくなかったのかもしれない。
だって、初めて出来た子どもの友達だと思って、すごく嬉しかったから。
船のレストランは赤い絨毯が敷かれ、イスやテーブルも上品で優雅な造りをしていた。
私とボウルが席に着くと、すぐにメイド姿の女性が接客に来てくれる。
私はメニューを見ながら、ボウルに言った。
「混ぜご飯が食べたい。」
「混ぜご飯か……。じゃあ、この“炒飯”ってやつかな?」
ボウルがメニューを指さして教えてくれる。
言葉はある程度わかるようになったけど、字はまだ読めない。
だからこういう時は、いつもボウルやレベッカに助けてもらわないと注文できないのだ。
ボウルはメイドに注文する。
「炒飯とハンバーグライス。それと、オレンジジュースとエールをくれ。」
「かしこまりました。」
メイドは会釈をして、私たちから離れていった。
やがて料理が運ばれてくる。
私はスプーンを炒飯に突き刺し、一口すくって口に運ぶ。
そして、自慢げにボウルの顔を見る。
「スプーンでご飯をこぼさず食べるのは、当たり前だからな?」
そんな私のドヤ顔を、ボウルは冷たくあしらった。
(せっかく一口こぼさずに食べられたのに……)
私はちょっと不満そうにスプーンを突き立てたまま炒飯をいじる。
それでもすぐに、またパクパクと食べ始めた。
炒飯を半分ほど食べた頃、レストランの入口に見覚えのある白いローブの人影が現れる。
「シリア!」
私は思わずその人の名を呼び、羽を広げてパタパタと飛び、文字通り飛びついた。
「あらあら、お行儀が悪いですよ。」
シリアは飛びついた私を優しく抱きとめ、そのまま柔らかく注意してくれた。
「シリア、一緒にご飯食べよっ!」
「ええ。では、ご一緒させていただきますね。」
そう言って、シリアは私を抱きかかえたまま、私たちの席まで歩いていく。
「隣、よろしいですか?」
シリアが確認すると、ボウルは短く「構わん」と答えた。
「失礼します。」
シリアはそう言って席に座り、私を膝の上にちょこんと座らせてくれる。
いつも人前ではカッコつけて無愛想なボウルなのに、今日は様子が違った。
シリアに対してだけ、なぜか口数が少なく、目も合わせようとしない。
それでいて、ちらちらとシリアの方を気にして見ている。
――しかも、なんだかソワソワしているのだ。
(ボウルって……シリアのこと嫌いなのかな?)
シリアが腰を下ろすと、すぐにメイドがやって来て注文を取る。
「ブレッドとシチュー、それからストレートティーをお願いします。」
シリアは穏やかな口調で頼み、メイドは「かしこまりました」と会釈して立ち去った。
料理が運ばれてくるまでの間、私は自分の炒飯を食べていた。
……が、スプーンからポロリと炒飯をこぼしてしまう。
「ああ、お前! 綺麗なローブの上に……!」
ボウルが普段より過敏に反応した。
「構いませんよ。ローブが汚れるより、ミルちゃんがなついてくれる方が、私にとっては嬉しいですから。」
シリアはくすくすと笑いながら、ボウルを軽くたしなめる。
「す……すみませんね。」
ボウルの顔が、ほんのり赤くなって見えた。
私は炒飯をひと口すくって、シリアの口元へスプーンを差し出す。
「ありがとうございます。では、いただきますね。」
シリアは嬉しそうに口を開き、私の炒飯を食べて「美味しいね」と微笑んだ。
私は大満足。
次は自分の口へとスプーンを運んだ。
少しすると、シリアの注文した料理が運ばれてきた。
彼女の食べ方はやはり上品で優雅で、私は一つひとつの仕草に見とれてしまう。
そんな私の視線に気付いたのか、シリアはパンを小さくちぎり、シチューに浸してから私の口元へ差し出してくれた。
「さっきのお礼。」
「ありがとう!」
私はお礼を言ってパンを口に入れる。
普段はパサパサしているパンが、シチューを吸ってふわりと柔らかく、とても美味しかった。
私は満足そうに噛みしめる。
「新聞に載っていた“脱走した赤竜の子”……この子のことですね。」
シリアがボウルへ向かって静かに口を開いた。
その言葉に、ボウルの表情が少しだけ強張る。
「……連れ戻す気か?」
「いいえ。私の主、ジハドの教えでは、すべての命は平等です。
亜人も含め、奴隷制度や亜人差別は本来あってはならないもの。
ですから、この子の意思でここにいるのなら、私が口を挟むことではありません。」
シリアはそう言いながら、優しく私の頭を撫でてくれた。
「ジハドの教えか……。ジールド・ルーンの法律は、その教えに基づいていると聞いたが……つまり、亜人差別をしないというのはそういうことか?」
「はい。ジールド・ルーンを守る聖騎士たちも皆、ジハドの加護を受けています。
私もまだ訪れたことはありませんが、きっと素晴らしい国だと思いますわ。」
シリアはまだ見ぬ聖騎士の国への期待を語る。
その言葉に、ボウルの顔にもほんの少し希望の色が浮かんだ。
「まあ……もっとも、これからジールド・ルーンの宮廷魔術師を務めるというのに、ジハドの教えすら知らない私の連れは、今ごろ部屋で泣きながら教典を読んでいますけどね。」
シリアはくすくすと笑って付け加える。
「……宮廷魔術師?」
ボウルの表情が再び固くなる。
「ええ。私は宮廷司祭として招かれているんです。」
「そう……ですか……。」
ボウルの顔が、少し陰った。
食事を終えたシリアは、丁寧に挨拶をしてからレストランを後にした。
「どうしたの、ボウル?」
彼の元気のなさが気になって、私は声をかける。
「いや……何でもない。」
ボウルは短く答える。
彼が教えてくれたところによると、宮廷魔術師や宮廷司祭は国の祭事を取り仕切り、王に直接意見を伝えられるほどの国の中心人物らしい。
――だから、船を降りれば一介の亡命者である自分たちと、シリアたちが再び顔を合わせることはもうない。
せっかく知り合えたのに、それはとても寂しかった。
私も少しガッカリしてしまう。
* * *
そして、私たちの長い船旅も終わりを迎えようとしていた。
その間も、船の中ではシリアやシノちゃんと顔を合わせることがあった。
シリアはいつも丁寧で優しく接してくれる。
シノちゃんは私を見ると逃げるので、私はいつも追いかけて捕まえた。
走って逃げるシノちゃんを私が飛んで捕まえると、決まって「ミル、飛ぶのは卑怯デス!」と文句を言うのだった。
もう1人、綾菜という仲間がいるらしいが、彼女はジハドの教典を船旅中にすべて読んで理解しなければならないらしく、ずっと部屋に籠っていた。
そのため遊びに行くと邪魔になると考えて、私は会いに行くことができなかった。
シノちゃん曰く、「綾菜に見付かったら誘拐されるデス。」とのことだった。
大きな帆船は、目的地が近づくと帆を畳み、ゆっくりと速度を落としていく。
私たちの目的地――ジールド・ルーンの港は、真っ白な石を美しく削って造られた街並みで、その白さは太陽さんの光を浴びて眩しいほどに輝いていた。
港からも、こちらの船が見えているのだろう。
国の人たちが喚声を上げながら、私たちを歓迎してくれていた。
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