辛めの生姜

一筆書き推敲無し太郎

第1話

やらかしたとき、どんな慰めを用意しているだろうか。私は居酒屋に行くことにしている。そう、食べ物で解決する方策である。時折、金欠になるとこれらの方策がとれない為、友人に奢ってもらうこともあるのだ。いるだけで満足できるのだ。そんなときは居酒屋に行くのさ。普段はチェーン店で適当に貪りつくすが友人に連れ添ってもらうときには、私は施しを受けられる友人の開店している居酒屋に厄介になるのだ。「金は?」「ないから来たのだ」こんな会話が日常で月末の生きる術だ。その友人は大学の後輩でなにかと世話してやったし、友人の起業も概ね手伝ってやったし、恋のキューピッドにもなってやった。居場所だけ置かせてもらうくらい構わないと聞いている。私もそんながめつくないから普段は来ない。だから月末だけ来るのだ。顔を見たいという口実もあるが、施しを受けることがサービスとはいえうれしいのだ。さて、この度のやらかしは納期変更の問題だ。上が言うには相当なポカだったようだ。しかし私のやらかしではなく、直属の部下の失態でそれのしりぬぐいをしている中で起きた事象だ。あれもこれも私に押し付けるからそうなるのだと一蹴したい私は堪えた。堪えたから居酒屋に行かざるを得ないのだ。さあ、ここでは現実を忘れるために来ているとはいえ、一般客もそれなりに居るのだ。私はタダメシ喰らいだと気付かれないために、友人と一定の約束を交わした。それは新メニューの試食という名目だ。個人居酒屋の新メニューなんてたかが知れているが人気不人気メニューくらいの差は出るらしい。不人気メニューはなぜ不人気なのかを徹底的に追い求めて店主が理解する工程が大事なんだと。どの業界も大変なんだな。だが、私にとっては最高の状態なのだ。なぜなら酒の相性と不釣り合いだから不人気ではないかと進言してからどの酒となら合うかを探すようになったのだ。タダメシ×タダザケ=神。友人をちょろめかすだけではなく、本当に仕事として機能できるように試食する。でも美味しいか美味しくないか程度しかわからない。独り身中年が食生活を自慢できるほど良い物を食べないから舌は肥えていない。ということは、実質的に店主の意向には沿えないのだが、店主はそれだけで満足らしい。私はこの現状に甘えている。世話してやったし、この位の恩賞はあっても良いかと。しかし、健常な人間関係ではない、とは思う。いつか崩壊を迎えるのだろうと知っていながらもここで、タダメシを喰らう。思考停止に陥りながらも美味しさが襲ってくる。今回の新メニューはザンギを加工して切り、ハンバーガーのバンズように肉と肉の間にスライスした生姜を挿入するという。タレを甘めにしていることで生姜が際立つのだとか。生姜か、正直好物だ。最近の改訂メニューは魚介がメインで肉に回帰したのは久しぶりだ。生姜を大葉で巻くとか、チーズで絡めるとかの案を伝えて、改善の余地にあるとした。多めに作ったから他の客にも宛がうそうだが、それを回収する。なぜなら今日はうっぷんが溜まっていたからこそ、生姜の効く味が染みるのだ。生ビールと肉と生姜。普遍的な味わいなのにも関わらず生姜を食べたい。刺激が足りない。酒だけでは補えない味。キリっとしているとか宣伝文句を垂れ流しても生姜の持つ刺激には敵わない。なぜだか、今日は生姜が染みる。辛めの生姜を食べたい。

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