第10話 大丈夫、誰も怒らないよ
おれは、アルフィーレの行動表の一番上――つまり朝起きて一番最初にこなす仕事時間を、指さした。
「お酒を作ってくれてるみたいだけど、君は飲まないし、おれも飲まない。なので作らなくてヨシ!」
「おさけ……いらない、ですか?」
「うん、正直いらないかな」
そもそも味も悪かったしね……。飲みたいなら日本から持ち込めばいいし。
おれはアルフィーレの行動表の、酒造りの時間枠にバツ印をつける。
後に知ることだが、アルフィーレがここ数日やっていたのは全工程の中では軽い作業だったらしく、中には丸一日かかる作業とかもあったそうだ。
よほど重い作業だったのだろう。アルフィーレは安堵の息をついた。
「続いて、お掃除なんだけど、毎日、全部やらなくていいよ」
アルフィーレは毎日、屋敷を全部屋、隅々まで掃除してくれていたのだ。
毎日使ってる部屋なら分かるが、使う予定のない客間や大して汚れない廊下の壁までも。
「お掃除の時間なんて、こんなもんでいいでしょ」
おれはアルフィーレの行動表の、お掃除の時間枠にバツ印をつけて、時間を短縮した枠を隣に記す。
アルフィーレは目をぱちくりさせていた。
「……おそうじ、すくない、いけないです」
「いいのいいの。よく使う部屋以外は、何日かに一回くらい掃除すればいいんだから。壁とか天井とかなんかは何ヶ月かに一回でもいいだろうし」
おれの賃貸1Kの部屋なんて、床はともかく壁や天井の掃除なんて年に1回すれば多いほうだぞ。
アルフィーレはまだなにか言いたげだったが、おれはあえてスルーして、今度は料理の時間を指で示す。
「続いて、料理なんだけど……これももっと楽をしていいんだよ」
「……もっと、らく?」
調理の様子も見たが、無駄が多すぎた。というか理解に苦しむ工程がいくつもあった。
例えば、スープ作り。材料を煮込んだあと、その煮汁を一回捨ててから、また水を注いで煮立たせていた。材料の味の溶けた一番スープらしい汁を捨てるとはなにごとか。
肉にしても、一度煮たあと、焼いて、また煮ていた。そりゃ肉の旨味は消えてパサパサになるわ。
「てま、かける、ぜいたくです。ごしゅじんさま、ぜいたく、する、ふつうです」
ふぅむ。味はともかく、とにかく手間暇かけた料理こそが贅沢だって考えてるのかな? そういう文化? まあ分からなくはないけど、おれからすれば贅沢=美味しいだからなぁ。全然一致しないや。
「おれは贅沢より、美味しいが好きだよ」
「わたしも、おいしい、すきです」
「じゃあ、今日からは贅沢より美味しいを大事にしよう。というわけで……」
行動表のお料理の時間枠にもバツ印をつけて、短縮版を書き加える。これでだいたい、朝から夕方まで、およそ8時間労働になるはず。
「うん、まずはこんなもんかな」
アルフィーレは書き換えられた行動表を見て、不安そうに眉をひそめた。
「おしごと、しない、おこられます……」
「大丈夫、誰も怒らないよ」
優しく言うが、それでもアルフィーレは俯いてしまう。
そして大きくなった余暇の時間枠を指差す。
「なに、すれば、いいですか?」
「なにも。好きにしていいよ。お風呂に入ったり、寝たり、遊んだりさ」
困ったような上目遣いでおれを見つめてくる。
「……わからない、です」
おっと、まだ通じない単語を使っちゃったか? どれだ?
わからないので、身振り手振りで、とにかく休むように伝えてみる。
その様子がおかしかったのか。アルフィーレは微笑み、曖昧にだが頷いた。
「オルディラース。あー……わかり、ました」
「よかった。じゃあ次は……アルフィーレ、君は休日はいつもらってる?」
「きゅうじつ……?」
「お仕事しなくていい日」
アルフィーレは不思議そうに首を横に振る。
げげっ、まさかの休日ゼロ? なんてこった。過重労働ここに極まれりって感じだ。
「なら週に2日はお仕事しなくていい。体と心をしっかり休めるんだ。いいね?」
「おしごと、しない、だめです」
「いいの。お願いだから、ちゃんと休んで」
なぜか渋るアルフィーレを強引に押し切って頷かせる。
よしよし、これで過重労働は撲滅だ。
というか、これまでアルフィーレが仕えてきたっていう主人たちはなにを考えていたんだ?
どう考えたって、ひとりでこなせる作業量じゃない。不必要な作業まである。
アルフィーレは、主人に対して強い恐怖感を持っていたみたいだし……。嫌がらせというか、虐待を受けていたんじゃないかと思えてくる。
過重な労働を与え、こなせなければ罰。休まず働いてやっとこなせても疲労困憊の睡眠不足。そして能力が低下してミスをすれば、また罰……。
日本にも、気に入らない部下や後輩を、過剰に罵倒したり叱責したりするパワハラ野郎がいる。大抵は正当な理由もなく、ストレス解消やら娯楽のためにやっているとしか思えないものだ。
アルフィーレは理不尽な被害者だ。おれたちと同じだ。
ここにいる限り、そんな理不尽から解放されていて欲しい。おれも、アルフィーレも。
「さてと、遅くなってごめんね。朝ご飯にしよう」
インスタント食品が尽きてしまったので、現地の食材で料理だ。
おれの言いつけ通りに、贅沢に手間暇をかけるのをやめたアルフィーレが出してくれたスープは、これまでよりしっかり味が出て、それなりの味になっていた。
まあ、食材自体が良くないから、あんまり美味しくはなかったけどね!
とにかく、これでもうアルフィーレが過剰な労働に疲弊せられることはないだろう。
安心したら、なんだか、やたら暇を持て余すことになってしまった。
することがない……。
漫画とか小説とか電源無しでも楽しめる本も持ってくるべきだったなぁ。
いや、むしろもっとしっかりした電源を確保できないだろうか?
もし電源を確保できたなら、なにを持ち込もうか?
まず携帯ゲーム機じゃなくて据え置きゲーム機だな。となるとテレビも必要か。アニメも見たいけど、ネットも電波もない以上、頼れるのは円盤メディアか。うん、買ったはいいけど見る暇のなかったコレクションがいよいよ役に立ちそう。
となると、食事の次はアニメとかでアルフィーレを驚かせちゃうかな。ふふふっ、どんな反応をしてくれるか、これまた楽しみだなぁ。
テレビとか、どこに置くかレイアウトも考えとこ。
暇を持て余したがゆえに、次はどう暇を消費するか考えることで、暇を潰すおれなのだった。
とかやっているうちに、いよいよ10日目。日本に帰るべきときが近づいてきた。
なのに不思議。月曜が来ることへの嫌悪感より、次の休暇への期待のほうが大きくて、帰ることがまったく嫌ではなかったのだ。
日本へ帰る直前、アルフィーレはぎゅっとおれの手を両手で握ってきた。触れられるのも怯えていたアルフィーレが。
「おはやい、おかえりを」
「うん、また来週――いや、こっちだと25日後にね。君もしっかり食べて、しっかり休むんだよ」
期待の混じったアルフィーレの笑顔に見送られつつ、おれは異世界移動の扉をくぐった。
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※
次回、アルフィーレは田中との10日間を振り返ります。絶望的で明日なんて来なければいいと願っていた彼女は、田中との出会いで明日が来て欲しいと思えるようになっていったのです。
『第11話 エルフメイドの日記②(アルフィーレ視点)』
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