第9話 君、仕事多すぎ
食事を終えて一息ついたところで、アルフィーレはお皿を片付け始めた。
が、そうはさせん! とばかりに、おれはそれを制した。
なんで? と目を丸くするアルフィーレを手招きして、台所にほど近い別室へ連れて行く。
そこはすでに湯気で満たされていた。
そう、浴室だ。銭湯よりは狭いが、日本の一般家庭と比べればかなりの広さだ。なんせ浴槽で足が伸ばせる。
石造りで構造も原始的だが、外で火を起こせば、溜めた水がお湯になるようにはなってる。
おれは食事を用意している間に、こちらの準備もしておいたのだ。
湯に手をつけてみれば、ややぬるいが、長湯には適した温度といったところ。
「さ、食事のあとはお風呂でゆっくり疲れを落としてきなよ」
そう身振り手振りも加えて入浴を勧める。
するとアルフィーレは、ハッと顔を赤くして、自分の肩や腕に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「ソーリアラース。アルヴィ ネル グリプテ、ネフィラ ラース……?」
あれ? これ、遠回しに『お前臭いぞ』って言っちゃった感じ? やべえ、ハラスメントだこれ!
「違う違う! おれはただ癒されてほしくて……」
「アルヴィ、ネフィラ……」
お、落ち込んでるー!?
言葉が違くて言い訳もできねぇー! ここは謝るしか……!
「ソリアラース……」
「セルテ、セーナ ラース……」
って、この場面で謝ったら、臭いって肯定してるみたいじゃないか! うおお、やっちまったぁー!?
「グリプテ。インタリススティラース……」
あああ、諦めたように服を脱ぎ始めちゃった! ってか、なんでおれがいるのに脱いじゃうのさ!
おれは浴室から逃げ出て、扉を閉める。
あー、弁解できなかった……。うーん、もう少し言葉が通じるようになったら誤解を解いておこう。
とりあえず、お風呂に入れさせるのは成功したし。
……ちなみに、おれは臭くない、よね……?
一応、自分の服とか匂いを嗅いでみる。
「…………」
アルフィーレが出たらおれも入っとこ……。
寝ては遊んでの生活で、お風呂キャンセル日が多かったからなぁ。
とりあえず、アルフィーレが入浴してる間に食器は洗って片付けておく。
「リベタリス。バネオ モメンタリス グラセリスラース」
やがてアルフィーレが戻ってきた。
湿った金髪に、上気した頬。どこか安心したような穏やかな表情。
あれ? やっぱりアルフィーレ可愛いよね? うん、間違いなく美少女だ。
やっぱり疲労と睡眠不足が外見に悪影響を与えてたんだな。人相が変わるほどに。
不健康に痩せすぎてるのが玉にキズだけど、そこは少しずつ改善させられたらいいな。
「ゆっくりできたみたいだね。じゃ、次は……」
また手招きして、再び2階の寝室へ連れて行く。
「また寝るといいよ」
ベッドで寝るよう促す。アルフィーレは不思議そうに首を横に振った。
「アルヴィ スヴェルティ デスペルティス。レリアス カルナ、ヌンク ティルバーレ ディベリス」
うん、起きたばかりだからまだ寝ないとでも言ってる感じだ。わかるよ、その気持ち。遅く起きた分、やろうと思ってたことができてないもんね。
でもおれは、お風呂から出たときに一瞬見せた、とろんとした眠そうな表情を見逃さなかったぜ!
お腹いっぱい食べて、ゆっくりお風呂に入ったら眠くなって当然。ましてや過労が極まってたんだ。一度の睡眠で解消されるわけがない。おれは詳しいんだ。
「いいから寝るんだ」
ちょっとだけ強めに言って、扉の前で仁王立ちする。君が寝るまでここをどかない、と態度で示すわけだ。
アルフィーレは困った様子だったが、やがて諦めたようだ。
「グリプテ……。マスティール オルディ、セリ ファレスティラース」
「うん、おやすみー」
しぶしぶ頷いたのを確認して、おれは部屋を出た。
念のため、少ししてから覗いてみたが、ちゃんと眠ってくれていた。なんだかんだ熟睡してくれていて安心する。
さて、おれもお風呂入って寝ちゃおう。
なんだか充実した休日を送れた気がして、その日の睡眠はとっても気持ちが良かった。
その後も2日間、おれはアルフィーレに同じような生活をさせた。
家事はほどほどに、睡眠と食事を充実させてあげたのだ。
アルフィーレは度々遠慮していたが、一度眠ってしまえば熟睡してそう簡単には起きてこないし、おれの用意した食事を目の前にすればその匂いだけでうっとりしていたし、食べ始めれば完食まで手が止まらなかった。
その甲斐あってか、アルフィーレは見るからに元気になった。
目の下のクマは完全に消えた。表情が明るくなったからか、緑色の瞳には輝きが宿るようにもなった。動きも軽やかで、テキパキと仕事をこなせている。
さらに睡眠不足で低下していた思考力も回復したのか、おれの言葉の意味や行動の意図を正しく察してくれることも多くなった。
そして会話の中で笑顔をよく見せてくれるようになった。
いやこれが可愛いんだ。
紹介されたばかりの頃は、容貌は整っていても表情は暗く、仕草も緩慢な――イメージしていたエルフの姿とは程遠かったのに、今は可憐なエルフそのものだ。
こんな可愛い子がメイドとしてお世話してくれるなんて、本当にいいんですか? とか聞きたくなる。おれにはもったいなくない?
とは思うものの、この成果はおれが強制的に休ませた一時的なものであって、根本的な解決になったとは言い難い。
なぜ彼女はあんなにも疲れ、眠る時間さえなかったのか。その謎を追うために、おれは一日、アルフィーレに張り付いて様子を窺うことにした。
ゲーム機の充電切れちゃって暇だしね。
答えはその一日であっさり見つかった。
翌朝、おれはアルフィーレに告げる。
「アルフィーレ、君、仕事多すぎ」
「……しごと? おおいです、か?」
ここ数日の交流と休息で、アルフィーレはカタコトなら日本語で話せるようにまでなった。すごいぞ言語学習魔法。やったぜ休息効果。
「しなくてもいい仕事が多いんだ」
「ぜんぶ、する、しごと、です。ごしゅじんさまの、ために」
「おれのためになってない仕事もあるんだよ。ヴォルテーノさんに言われてたのかな?」
「はい、ヴォルテーノさま、めいれい、もらいました。そのまえの、ごしゅじんさまも。もっとまえの、ごしゅじんさまも」
ふ~む、これまでの主人に命じられたことを、全部守り続けてきたってことなのかな? そりゃ仕事も多くなるよ。
「なら、一応、今の主人になったおれから言うよ。いくつかの仕事はしなくていい」
おれは一日観察して作った、アルフィーレの一日の行動表(手書き)をテーブルに広げた。
さあ、過重労働撲滅といこうじゃないか。
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※
次回、田中はアルフィーレの抱える仕事を見直し、労働時間を削減を図ります。アルフィーレは仕事をしないと怒られると不安そうですが、田中は優しく言うのです。
『第10話 大丈夫、誰も怒らないよ』
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