第8話 人になにかしてあげるのって、結構楽しいよね

 アルフィーレのもとには、ちょくちょく様子を見に行っていたが、ぐっすり眠ってくれていた。


 おれが初日で寝てた時間よりずっと長い。よほど疲れていたんだろう。


 おれのほうは、相変わらず携帯ゲーム機で積みゲー崩しに勤しんでいたりする。食事? 面倒だから、相変わらずお菓子ばっかり食べてるけど。


 で、昼寝して、またゲームして、お菓子食べて昼寝して。ときどき暖炉に薪をくべて。


 う~ん、学生の頃みたいなだらだらした休日が帰ってきた感じで最高~。


 でも完璧とはいかなかった。


「あ……。あー、ダメかー……」


 PS VITAの電源が切れてしまった。モバイルバッテリーもすっからかんだ。


 むむむ。すげえ中途半端。積みゲー崩し第一弾に『ギレンの野望』はやっぱり重かったか。シミュレーションゲームはプレイが長くなりがちだからなぁ。短めのアクションゲームを選ぶべきだったか。くそう、もう少しで一年戦争が終わるところだったのに。


 ニンテンドー3DSのほうはまだ生きてるが、充電不可な状況は変わりない。ちなみにスマホは役に立たないだろうから、最初から電源を落としている。


 次は電源に関して、なにか手段を考えて持ち込むことにしよう。


 ……暇になってしまった。10日に延長された休暇は、まだ半分以上残ってる。それはそれで嬉しいが、暇なのはなぁ……。


 いや暇もいいか。こういう時間も久しぶりで、なんか清々しい気分だ。


 なんとなく屋敷の中を散歩したりする。掃除とかはアルフィーレが毎日してくれてたから必要なさそう。というか、この広さを毎日はかなりの労働だよね? そりゃ疲れるよ。おれなら週一でも掃除しそうにない。


 そこで思い出してアルフィーレの様子を見に行ってみると……。


「……うにゅう、にゅ……」


 言葉にならない寝言を漏らしていた。


 最初のうちは微動だにしてなくて死んでしまったのかと怖くなったくらいだったが、今では寝返りもして、寝言も言ってるくらいだ。眠りも普通レベルに浅くなったわけだ。


 ということは、そろそろ起きてくるな。これだけ長く寝てたんだ。お腹は相当空かせているはず。


 よし、ごはんを作っておいてあげよう! どうせ暇だしね!


 台所に入って、使えそうな鍋を確認。汲んできてあった水で軽く洗っておく。


 食材はもちろん、おれの持ち込んだインスタント食品だ。食材から作ってあげてもいいけど、カロリー満載の食事で驚かせてあげるつもりだったもんね。


 というわけで、暖炉で燃えてる薪をひとつ持ってきて、かまどで火を起こし、鍋で湯を沸かす。


 そこにレトルトカレーのパックと、パックご飯を入れておく。


「……マスティール?」


 とかやってると、アルフィーレがやってきた。不思議そうにおれの顔や、鍋の中身に目を向ける。


「おはよう。よく眠れたみたいだね」


 アルフィーレの目の下のクマは、ずいぶん薄くなっていた。それに顔色もいい。瞳も自然に潤っている感じだ。ともすれば別人のような人相で……。


 いやあれ? アルフィーレって、こんな可愛い顔してたっけ?


「マティーナ・サルーティラース、マスティール。エルタリス モメンタリス ネリアス、ティルバス レリアス、ソーリアラース。パルサ モメンタリス スヴェルティ ヴィラリススティラース」


 おれの顔を見るなり頭を下げて、ひどく恐縮してしまっている。


 なんか謝ってるっぽいけど、休んで悪いことなんてないっていうのに。まったく。


「気にしないで。それより、ごはん食べよう」


「……ご、はん?」


 お、おれの言葉が通じた?


 言語学習魔法の効果なんだろうけど、たぶん、しっかり寝たから効果も強まったんだ。記憶は眠ったほうが定着するからね。無関係なわけが無い。


「イーリス、スヴェルティ セタリススティラース」


 とか言って、食材を出そうとする。おれはそれを手を振って阻止する。


「大丈夫。おれが用意してるから」


 鍋を視線で示す。さっきもアルフィーレが眺めていたレトルトパックたちだ。


「マスティール、ディーセ クィアーレ エスティス?」


 これは、これらが何なのか尋ねてるんだろうなぁ。ふふふ、きっと驚くぞ。


 おれは充分に温まったレトルトパックをおたまですくい上げ、にやりと笑う。


「ごはん、だよ」


「???」


「さあさあ、君はテーブルで待ってればいいさ」


 なんだかワクワクしてきた。初めて食べる日本の味、どんな反応をするかな? 喜んでくれるかな?


 人になにかしてあげるのって、結構楽しいよね。


 おれはアルフィーレの背中を押してダイニングへ連れて行く。って、あっ。普通に触れちゃったけど、怖がらせちゃってないかな?


「マスティール、クール ファリス? ミラーレ セタリス アルヴィ ファレスティラース」


 押されながら、アルフィーレは困った様子でなにか言っている。よかった。怖がってはいない。害意がないって分かってくれてるんだ。


 たぶん、まだ自分が作らなきゃとか思ってるんだろうけど、おれは笑って押し切る。


 テーブルの上にはすでにお皿を用意済みだ。そこにレトルトごはんを出して、さらにレトルトカレーを流し込む。もちろん2人分。


「……!? ディーナ ヴィロナ……」


 アルフィーレは驚いた様子で、くんくんと鼻を鳴らす。うんうん、カレーの匂いっていいよね。


 ぐぅ~。


 お腹が鳴って、アルフィーレは硬直した。顔を真っ赤に染めていく。うんうん、カレーの匂いってお腹空くよね。


 おれは椅子を引き、アルフィーレに座るよう促す。首を振って遠慮する素振りを見せるが、おれは強引に座らせてしまう。


 そして向かい側に座って、手を合わせた。


「いただきます」


 さっそくスプーンを手にカレーをすくおうとするが……。


「ネル ポッシベ。アルヴィ コーモ ウンカ、マスティール ミラーレ シメル」


 アルフィーレはまた立ち上がってしまう。


 これはあれかな? 身分が違う者同士が食事を一緒にしちゃいけない的な習慣かな?


 そんなの知るもんか。


 おれはスプーンを置き、アルフィーレを真剣な目で見つめる。


「ごはん、一緒に、食べよう」


「ごはん……いっしょ……?」


 彼女が食べるまでおれも食べない。その覚悟で腕組みして、じっとアルフィーレの動きを待つ。


 やがて根負けしてくれたらしく、アルフィーレは再び席についてくれた。


「マスティール オルディ、セリ ファレスティラース」


 そしておれを真似て手を合わせ、遠慮がちにカレーを口に運ぶと……。


「――!!!! !? !!?」


 一瞬固まって、それからおれやカレーを見比べ、さらになぜか周囲をきょろきょろし始める。


「――っ、う――? ――!?」


 なにか言いたいが言葉にならないらしい。


 すげえ。こんな反応してくれるんだ。これはもっと色々、試したくなっちゃうなぁ。


 アルフィーレは最初の一口をやっと飲み込むと、顔を歪ませてポロポロと泣き出してしまった。


 うおお、泣くほど!? 泣くほど美味しかった!? 食べさせた甲斐があるなぁ!


「ヌーラ グリプテ。アルヴィ、スヴェルティ セサリス……。カルナ マスティール テンダリス……フィニラ ミラーレ アミーラス セタリスラース……」


 きっと美味しさを称賛しているのだろう。絶えず涙を流しながらも、口に運ぶ手は止まらない。


 アルフィーレは、あっという間に――おれより早いくらいにカレーライスを食べきってしまう。うんうん、お腹空いてたもんね。


 おれも残りをささっと流し込み、一息つく。


 アルフィーレは名残惜しそうな目をしていたが、諦めたように目を閉じる。


 おっと、なに勘違いしてるんだ。まだおれのバトルフェイズは終了してないぜ!


 おれはポテトチップス(大袋)を開封して、大皿にぶちまけて、アルフィーレの目の前に置いてやった。


「!? マスティール?」


「これは、おやつさ!」


「お、や、つ?」


 おれが手を伸ばして食べ始めると、アルフィーレもそれに従う。


 パリッとした食感に目を丸くしつつ、また涙目になっていく。


「アミーラス…… アミーラス、マスティール! エクサ アミーラス!」


「まだまだ行くぞぉ!」


 おれは外で冷やしておいたペットボトル飲料をジョッキに注いで、アルフィーレに手渡す。


 最初の一口は舌で舐める程度だったが、すぐに勢いよく飲み始める。


「ディス ティラ、ドルサーレ レア アミーラス……!」


「ふははははっ、美味かろう! 今日は宴だぁ!」


 なんでも美味しく食べて飲んでくれると本当気分が良くなるよね。


 小さい頃、親戚のおじさんがとにかくたくさん食べさせようとしてくれた理由が分かったよ。


 おれが満足するまで、もっと食べさせてあげたかったが、この後すぐ、アルフィーレは思ったより早く満腹になってしまった。まあ、あの異様な痩せ方をしていた体だ。胃も小さくなってしまっているのだろう。


 それならそれで、何度も食べさせてあげる機会があるということだ。次も楽しみだな!





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 次回、食後にはお風呂に入らせ、さらに休ませることでアルフィーレは快復していきます。しかしそもそもなぜこんな過労状態なのか。田中はそれを探るのでした。

『第9話 君、仕事多すぎ』

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