第8話 聖し子の夜

 リリナが朝からこちらに来てくれて、二階の発熱外来の電子カルテにもAI文字起こしを組み入れてくれた。

 金曜日の午後に、八百屋の庄司桜子さんから三十八度の熱だとの連絡が入った。本人は元気で風邪症状は何もないというが、二階の発熱外来に来てもらうこととした。

 庄司さん、

「先生、私はこの通り何ともないの、ただ熱だけよ」

 庄司さんの言う事が、四階の受付のコンピュータに表示される。優秀、優秀、AI文字起こし。

 シンレイ先生、

「本当に熱だけかな。首が痛かったりしないの、庄司さん」

 庄司さん、

「先生よく分かったわね。昨日から肩が凝って首が回らないのよ。それから、一晩よく眠れないでいたら、明け方にまた旦那が出てきたのよ。旦那、死んでも私のこと忘れられないんだわ」

 先生、

「そうですか、またご主人が出てきましたか。熱冷ましだけでいいかもしれないけど、念の為にインフルエンザとコロナの検査をして、胸のレントゲンも撮りましょう」

 シンレイ先生は一旦四階に戻り、インフルエンザ・ワクチンで待っていた三人にワクチン接種。それが終わったところに、スースーがやって来た。

 スースー、

「先生、庄司さんの検査結果が出ました」

 先生が庄司さんの検査結果の画面を開く。

 先生、

「インフルエンザA型が陽性だね。胸のレントゲンは肺炎の所見だ。糖尿病だから、咳も痛みも出ていないだけだ。脳髄膜炎も併発してるね」

 先生、続けて、

「入院だね。私は医療福祉大に電話するから、スースーさん、京さんにも連絡して二階に来てもらってください。入院の準備もいるって言って」

と先生が指示を出す。

 結局、庄司さんは京さんと一緒に医療福祉大クリニックに向かった。何とか入院できることとなったのだ。

 先生、

「片山さん、明日の土曜の夜に、リリナさんとうちに来てください。少し早めのクリスマスパーティしましょう」

もちろん、オーケーです。


 土曜夕方五時、リリナと私は、キンキンに冷やしたシャンパンを持ってシンレイ先生のお家を訪ねた。アドベントのロウソクの三本に火が灯っていた。マーガレットさんも来ている。リリナとマーガレットさんが会うのは初めてである。

 私が、二人を紹介する。

「この背の大きな娘が、私の姪のリリナです。こちらがシンレイ先生のお嬢さんのマーガレットさん」

 マーガレットさん、

「ああ、あの医院のAI文字起こしを作ったリリナさんですね。あれ素晴らしいです」

 マーガレットさん、続けて自己紹介。

「私も大宮の大学の電子情報システム学科で勉強中です。今、三年で、言語解析と言語の自動学習の研究室にいます」

 リリナ、

「そうなの。私は仙台の言語AI研究センターの院生、ドクター最後の年よ。マーガレットさん、卒業後どうするの」

 マーガレットさん、

「就職したら全然専門と違う仕事しかないから、院に進むのが希望です」

 リリナ、

「そしたら私の研究センターおすすめだよ。学外から定員の半分以上取るから、うちの学部生より合格しやすいよ。狙ったら」


 シンレイ先生、

「はいはい、めんどくさい話はそれぐらいにして、お嬢さん達、席についてください」

 私が持ってきたシャンパンをポンと開けて、グラスに注ぐ。テーブルの中央にはスライスされたフルーツケーキ、五人分のランチョンマットにチーズとクロワッサンの載ったお皿とトマトソースのシチュー。

 キャロルさん、

「赤カブが手に入らないから、白カブをすき焼き用の肉で巻いて、トマトで煮込んだ、キャロル風のボルシチですよ。召し上がれ」

 先生、

「では、神様、クリスマスパーティーの食事をありがとうございます。ここにツドえる皆にさちあれ。アーメン」

 そして、先生、

「乾杯」

グラスをチンチンと合わせて、シャンパンを口にする。我ながら美味しいものを持ってきて良かったと思った。

 キャロルさん、

「一言言わせて下さい。ジーザスの誕生を祝う聖夜がクリスマスなのに、軽すぎますよ。みんなの予定に合わせてずらしたり、子供にプレゼントを渡すサンタさんだけが人気だったり。日本人のクリスマスの過ごし方は、ずれていますよ」

 おおせごもっともな主張。

 先生、

「まったくキャロルの言う通りだ。弁解の余地もない。四日後のクリスマスイブは、夫婦二人で静かに祝いましょう。今日は、寺子のお隣同士の忘年会と言うことで」

 キャロルさん、

「すぐにうまくはぐらかすんだから」

 私が何か言わねば、

「キャロルさん、このトマトスープのボルシチ美味しいですよ。本当にお料理上手ですね」

 キャロルさん、

「このフルーツケーキも食べてみて。十一月中に作って、ブランデーに浸した布巾でくるんで二週間寝かせたものよ」

 私もリリナもマーガレットさんも、いっせいに手を出してフルーツケーキを口に入れる。抑えた甘みとブランデーの香りが絶妙で、食感もしっとりとして美味しい。

 私、

「ケーキ屋さんになれますよ、キャロルさん」

 キャロルさん、

「一度、大宮でやったのよ。ちゃんと保健所の許可を取って。ところが原価が一本五千円ぐらいかかって、結局赤字と分かってやめたの」

 そうでしたか、残念。

 リリナとマーガレットさんもいろいろと話がはずみ、最後に二人がシンレイ先生からバスローブのプレゼントをもらって、素敵なパーティはお開きになった。


 二十五日クリスマス当日の午後、インフルエンザ大はやりで、シンレイ先生とスースーは二階の発熱外来に行ったきり。そこへリュウくんがやって来た。私のプレゼントのひさし付きニット帽をちゃんと被っている。えらい。

 私が声をかける。

「メリークリスマス、リュウくん。早かったね」

 リュウくん、

「のびっこクラブに誰も来ないんだよ、今日は。関さんと碁を打っただけ。六個置いて二回勝ったけど、五個にしたら負けた」

 私、

「強くなったじゃないの。半年前は九個だったんでしょ」

碁で弱いほうがあらかじめ石を置いておく、ハンディーの話である。

 リュウくんが、四角くて黒いソフトケースを私に見せる。ファスナーを開けて、中からアイパッドを取り出した。

 私、

「どうしたの、リュウくん。すごいの持ってるじゃない」

 リュウくん、自慢げに、

「サンタさんのプレゼントだよ。中にAI囲碁ソフトが入っているよ」

 私、

「先生からのプレゼントどうだった」

 リュウくん、

「ヨンタクロースのね。プラスチックのじゃない本当の石ですごかった。おばあちゃんがうちにあるプラスチックのは児童館に持っていきなさい、って言うから、今日のびっこクラブに置いてきた」

 私が話を戻し、

「でもアイパッドなんて、スッゴイ高いものサンタさんくれたんだね」

 リュウくん、

「持ってきたのは、本当はおじいちゃんなんだよ。おじいちゃんが持って来たってことは、本当はお母さんが買ったんだよ。ママだよ。咲子さんからなんだよ。わかってるんだ」

そういうことなの、そういうことだったの、リュウくん。

「ママがおうちを出ていくときに、僕に言ったんだ。おじいちゃんの言うことを聞きなさいって。

 おじいちゃんの言うことはママの言うことだからね。それから、おじいちゃんがくれるものはママからの贈り物だからねって。

 もう会えなくても、ママはリュウくんが一番好きなんだからね、って言っていた。

 だからこれはママからだよ、絶対に」

 私の目が熱くなる。

「この話は内緒だね。友達にも誰にも言わないほうがいいよ」

 リュウくん、

「誰にも言わない。パパにもおばあちゃんにも。おじいちゃんにも言わない」







読者の皆様へ

 ここまでお読みいただき感謝いたします。

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