第7話 サンタクロース

 十一月の末頃から発熱患者がポツポツと来始めたので、十二月からは二階の空きスペースに発熱外来を作り、十時と三時にはそちらで発熱患者を診ることとなった。そして四時からはインフルエンザワクチンの時間とした。スースーとシンレイ先生は、診療と四階二階の移動で忙しい。

 ナナさんの快諾がでて、新古車のシエンタが診療所の公用車となった。五年乗ったアクアは中古車屋さんに売って、私の年末の小遣いとなった。

 シンレイ先生も車のキーを持っていて、朝は黙って暖機運転をして車を暖めて、私を待っていてくれる。余計な冗談も少なくなり大助かりだ。信号待ちで、ルームミラー相手に化粧の仕上げをできなくなったのがちょっと不便だが。

 夕方五時ちょうどにのびっこクラブからリュウくんが帰ってきた。冬は忙しいので、五時半過ぎまで先生が胸のレントゲンのチェックをしている。スースーも後片付けと明日の準備だ。リュウくんが、診察室をのぞき込んだ。

 シンレイ先生、

「リュウくん、クリスマスプレゼントのお願いはしたかい」

 リュウくん、

「ちゃんとサンタさんに手紙書いたよ」

本当かいな。

 先生、

「あれ、おかしいな。サンタさんは三年生までじゃなかったっけ。いい子にも悪い子にもプレゼントしてくれるサンタさんは、三年生までだよ」

先生勝手に決めないでください。

 先生、続けて、

「四年生からはヨンタクロース担当のはずだ」

何を言い出す。

 先生、

「ヨンタクロースは、いい子のお願いしか聞いてくれないぞ」

そういう設定でしたか。

 リュウくん、

「ぼく、いい子じゃないかな。算数ずうっと百点だし」

 先生、

「神様がリュウくんにそういう頭をくれただけ、感謝しなさい。いい子かどうかは、おばあちゃん、おじいちゃんやお父さんのお手伝いをしているかどうかだよ」

道徳の先生かい。

 リュウくん、

「わかった。いっぱいお手伝いするよ」

 先生がこっちを見てウインクした。

 帰りの車の中で、先生、

「明日は早めに切り上げて、那須ガーデンアウトレットに寄りたいな」

 私、

「どうしたんですか、急に」

 先生、

「そりゃ、子供や孫にクリスマスプレゼントを買いたいからでしょ」

 私、

「いいですよ。私もついでに買い物しますから」

 マーガレットちゃんに何を買うつもりだろう。孫って誰、スースーの孫のリュウくんのことだろうか。


 翌日、那須ガーデンアウトレットに着いたのは、午後六時前だった。まだまだ買い物客でにぎわっていた。私は、西川に入りシーツと枕カバーを買った。我が家に泊まることが多くなったリリナへのクリスマスプレゼントである。そして、たまたま入った帽子屋に、野球帽のようなひさし付きでニットの帽子があったから、それもリュウくん用に買った。シンレイ先生がずうっと私にくっついてくる。

 私、

「先生、時間ないんですから、早く買い物してくださいよ。七時で閉まるんですよ、ここは」

 先生、

「私に手招きする物がないんだよね」

そりゃ、誰も爺さんを手招きしないでしょ。

 私、

「どんなものを考えていたんです」

 先生、

「片山さんにバレちゃうよ」

大した秘密もないくせに。

 私、

「失礼しました。じゃ、お手伝いしません」

 先生、

「まっ、そう言わずに。

 リュウくんには碁石と碁盤がいいと思っていた。女性陣には厚手のバスローブかなと」

先生、狙いはいいですけど、ここじゃ。

 私、

「ここはアウトレットですよ。百貨店みたいに何でも売ってるわけじゃないんです。先生の探しているものはありません」

疲れる。

 先生、

「そうみたいだね」

ちょっと理解したか。

 私、

「バスローブなんて細かなサイズ気にしなくていいから、ネット注文でいいんですよ。じゃ、帰りますよ」

とはっきり言って車に向かった。


 寺子に向かう帰り道、先生、

「キャロルにメールしておいたから、一緒に夕飯食べよう、片山さん」

 私、

「いいですよ。あら、先生もスマホ持ってるじゃないですか。それで買い物すればいいんですよ」

 先生、

「わかってますよ、アマゾンでしょ。これがなかなか難しい。この間かっこいいロッキングチェアを見つけて注文したら、五十センチしかない人形用で、今はテディベアが座ってますよ」

そんなもんでしょ。

 先生続けて、

「前に使っていたガラケーは良かったよ。ボタン三つだけで、診療所と妻と娘の三ヶ所に一発で電話できたんだ。妻の携帯に私の居場所まですぐに出たんだよ」

おじいちゃん用の見守り携帯でしたか。

 先生、

「ところがこの間ドコモから連絡があって、今までの携帯をもうサポートしないからって、このスマホに替えさせられたんだよ。ボタンがないツルッツルのに」

スマホはみんなツルツルです。

 先生、

「しょっちゅう指舐めなきゃ動かないんだ」

ゲッ。


 我が家の前に車を止めて、隣の先生の家に歩いていった。居間の窓のレースカーテンの向こうに薪ストーブの炎が見えていた。玄関を開けると、ロッキングチェアに座ったテディベアが置いてあり、その目線の先に四本立ての燭台があって、ロウソク一本に火がともっていた。アドベントの飾りだ。

 テーブルにはランチョンマットが三枚、真ん中に焼いたバゲットのカゴ盛りとナイフを刺したスプレッドチーズ、ランチョンマットの上には取り皿とラタトゥイユの入ったカップ、そして赤ワイン。シンプル、イズ、ベスト。こんな食事が大好きだ。キャロルさんのセンスは私にピッタリ、私の嫁にしたいぐらいだ、ハハハ。

 キャロルさん、

「片山さん、主人に付き合っていただいて、ありがとうね」

 私、

「先生、結局なんにも買わなかったんですよ。できれば今、ネット注文しちゃいましょ。すぐ終わりますから」

 キャロルさん、

「乾杯して食事始めちゃいましょ。お行儀なんか気にしないで、注文は食べながらでも」

 シンレイ先生、

「神様、この食事をありがとうございます。私たち夫婦と片山さんが、幸せな時間を過ごし、良い眠りにつけますように。アーメン」

ごく短いグレース。

「乾杯」

今日も美味しいワインだ。

 キャロルさん、

「主人のお祈り、いつも短いんです。クリスチャン風だけど、神様を褒めたたえないし、ジーザスの名前も言わないの。何を信じているんだか」

 先生、

「信じてますよ、ちゃんと。祈りが通じるって」

 先生、続けて、

「立派な人って褒められるの好きじゃないでしょ。神様は立派な人よりもっと立派なんだから、褒めちゃ失礼でしょ。人間ごときが神様に名前を付けるのも失礼だし、数えるのも失礼だよ」

そうも考えられるか。

 キャロルさん、

「結局ヤオヨロズの神なのよね。この人も立派な日本人。本当の神様を見ようとしない。何が真実か探そうとしない」

とキャロルさんが、私の顔を見る。おおコワっ、グラスを持ってワインをゴクリと飲んでごまかす。

 キャロルさん、

「トランプが、銃で打たれて、右耳を怪我したでしょ」

確か大統領選挙中にそんな事があった。宗教も政治も危ない危ない。

 キャロルさん、続けて、

「あれを予言したブランドンビッグスの話を、事件の前にこの人にも伝えていたの。その数日後に予言どおりのことが起きたのに、それでもこの人には何の感動もないのよ」

 シンレイ先生、

「ちゃんと予言当たったんだ、と思いましたよ、私も。世の中に、未来を予知する人がいるのは知っていますよ。ただ同時にね、私の目の前にはカーテンがかかっていて、未来も見えない、神も見えない、だからこそ何も心配せずに目の前のワインを楽しめるんだなって、自分の鈍感さに感謝しましたよ」

と弁論。

 キャロルさん、

「ブランドンの予言では、アメリカでとんでもない大災害が起きて、地球規模で食糧不足や燃料不足が起きるらしいの。だから私は、大宮の英会話教室を閉めて、田舎で暮らそうと思ったんです。電気がなくても大丈夫なように薪ストーブで。これから井戸も掘りたいんです。食糧も蓄えないとね」

 先生、

「私は予言はよく分からないけど、キャロルの言う事はいつでもちゃんと聞いてますよ。だから、こうして寺子の家も買ったし、薪ストーブも付けたでしょ。ふるさと納税で、米も水も注文してますよ」

シンレイ先生が、台所の方を指差す。米の入った箱と長期保存水の箱が積んであった。

 キャロルさん、

「まだまだ全然足りないの」

眉間にシワを寄せると、せっかくの美人が台無しですよ。


 私が何とか口を挟み、話題をクリスマスプレゼントに戻した。

「そろそろプレゼントの注文しましょ」

 まず、先生のスマホにアマゾンのアプリをダウンロード。先生はIDとパスワードをちゃんと手帳に書き留めていたので、すぐにログイン。アカウントで支払い方法をカード支払いに設定してもらい、配送指定を置き配にしてもらった。

 私が、シンレイ先生のスマホを操作しながら、

「まず碁石と碁盤で検索してみましょう」

 先生、

「たくさん出てくるね。この二つ折りの碁盤とプラスチックケースに薄手のプラスチック碁石、安っぽいんだよね。もっとちゃんとしたのを注文したい」

 先生、

「一枚板だと厚さ二センチでも二万円か、ちょっとそれは予算オーバー」

 私、

「碁石と碁盤別々に買ったらどうですか。この那智黒と日向ハマグリなら木製碁笥と一緒でハ千円、それにこちらの布製碁盤が二千円ですよ」

 先生、

「いいね。注文して」

と決まり。

 私、

「次にバスローブですね」

と女性用バスローブの検索。

 先生、

「ありゃりゃ、五千円もしないんだ。リュウくんのプレゼントのほうが高いね」

 私、

「中国製のを見てるんですよ。バスローブ、レディース、今治タオルと入力すると」

 先生、

「おお、いいものが出てきた。一万五千円ぐらいか。ちょうどいいな。これにして、色は茶のやつとクリーム色のものと」

 私、

「二つ注文するんですか」

 先生、

「そうだよ。マーガレットに茶で、リリナさんにクリームでしょ」

えっ、リリナにも。

 キャロルさん、

「この人、いっつもリリナさんの話をするんですよ。だから、リリナさんにもプレゼントさせてくださいね」

と微笑む。







読者の皆様へ

 ここまでお読みいただき感謝いたします。

 引き続き、ご笑読をお願い申し上げます。

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