第14話
「おはよう。卵焼き、甘いのと辛いの、どっちが好み?」
翌朝、琴子が起きると颯が既に朝食を作っているところだった。
着物にエプロン姿がまぶしい。
(推しが……我が家で料理している……)
「おはようございます。えっと……甘いの。」
「おはよう。やっぱりね、琴子は甘いのかなぁと思ってた!」
颯が振り返る。髪がさらさらと揺れる。
「颯さんお料理できるんですか?」
「一人暮らしもしてたからね」
颯が琴子の分の味噌汁をよそい、琴子が受け取る。
少し、指が触れ合う。
琴子の胸がきゅーとしめつけられた。
颯は手際よく卵を割る。
「あ……」
琴子がその後姿を見て、そっと颯の後ろに立つ。
「少しほどけてます……」
琴子はおぼつかない手で颯のエプロンを結びなおす。
「あ、ありがとう。」
「あ。いえ、どういたしまして……」
椅子を引く琴子の手は少しだけ震えている。
「っあー!やっば、焦げちゃった。」
いつもなら完璧な色をしているはずの颯の卵焼きだが、少し茶色くなってしまっていた。
「ごめんごめん。」
そういいながら颯は卵焼きを琴子の皿に乗せた。
「さぁ、食べようか!いただきます。」
「いただきます。」
白いご飯から湯気が上る。みそ汁に卵焼きに焼き魚まで並ぶ。
「……おいしい。」
琴子の声が思わず洩れた。
「えー!嬉しいなぁ。新婚の奥さんってこんな気分なんだなぁ。」
と颯は少年のように笑った。
それを見て琴子の心もほころぶ。
「あのさぁ、その、敬語やめない?」
「え?」
「大体さ、琴子は俺よりも3歳年上でしょ?俺なんかもうタメ口だけど……なんか距離感感じるんだよね」
琴子はもじもじと自分の膝を見つめる。
「どう?形から入ってみよう!敬語はやめてね?」
「……わ、わかりました。」
「えー!もう既に敬語じゃん。」
「あっ。」
琴子は慌てて口を押える。その仕草がたまらなく可愛い、と颯は思った。
あの3年前の博物館で、初めて琴子に会ったときから颯の心は琴子にくぎ付けになっていたのだった。
「ピンポーン!ピンポンピンポーン!」
大きな声が玄関の方から響く。
「あ、はーい。」
颯が向かって戸を開けると、結が立っていた。
「やだぁ!めちゃ美味しそう!」
「結さんも食べます?」
「ありがとッ。でも私は既にグラノーラとスムージーの朝食を済ませてきたのよ!」
琴子はその間もぐもぐと食べていた。
(颯さん、、、じゃなかった、颯のご飯おいしい……)
「さて、お二人さん、食べ終わったら修行修行!」
その日は琴子も結も休みだった。
道場へ向かう三人の頭上には夏の朝の光が柔らかく差し込み、濃い緑の木々の葉を透かしてきらきらと揺れていた。風鈴の音が遠くで鳴り、蝉の声がまだ遠慮がちに混じる――静かな朝だった。
道場の戸を開けると、ひんやりとした空気が三人を迎えた。
「昨日はお疲れ様!初の実戦、コトコは変身もちゃんとできたし、どうにか敵の攻撃もかわせたけど、結局最後は颯君の術でどうにか、って感じだったわよね。」
琴子はこくりとうなずく。
「1/3の技は覚えたけれど、残り2/3はまだだし、実戦でとっさに出すのはまだまだよね。だから今回は実戦形式での特訓よ!」
「実戦……形式……」
「式神ちゃん使っちゃうわよ♡」
甘い結の声と同時に空気が震え結界が張られる。
そうして結の左右に式神が2体現れた。ぼうっと淡い光を放つ「神獣ノ式神」。
ひとつは大きな翼を広げた鷲。鋭い目は金色に光り、羽ばたくたびに風が巻き起こる。
もうひとつは堂々たる虎。縞模様が光の筋で走り、低く唸るだけで畳が震えた。
「コトコ、清心流の呼吸法 清流の息吹を使うのよ。」
琴子はその呼吸法が得意であった。
人と接することは苦手な琴子だったが、どこか物や生き物に息を吹き込むような優しく強さを感じるその呼吸法は、子どもの頃から大好きだった。
そうして、琴子が召喚したのは付喪神(つくもがみ)だった。
「……ほぅ……」
香煙(こうえん)ノ式神と、千代ノ式神である。
「香炉の煙と和紙に魂を宿したもの……それでどうやって私の式神ちゃん達を鎮めるのかしら!?」
遠雷のような低く恐ろしい音共に結の式神が琴子に牙を剝く。
琴子の腕を虎の爪がかすめ、白く美しい肌にすーっと赤い筋が入る。瞬間、千代の式神が何百、何千という蝶と化した。
「薄羽!」
琴子の美しい声が蝶を操り虎にまとわりつく。
虎の強靭な歯や爪が切り裂こうとするがひらひらと舞う蝶たちを捉えることはできない。と、琴子の方へ鷲が光をも切り裂く勢いで向かってきた。
颯がひらりと舞うように入り込み、琴子を抱き後ろへ跳ねた。颯の大きな手が琴子の頭を包み、たくましい腕が身体にきつく絡む。琴子の唇は颯の首筋に触れそうになり、琴子は思わず目をつむる。
「琴子、やれ!」
次の瞬間、颯は琴子を宙に手放す。
琴子ははっと目を開け、熱を帯び始めた空気の中を美しく舞い、
「幻灯香煙!」
と叫んだ。
香煙ノ式神が甘い香りの煙となり、鷲の翼を絡めとった。
それを見て、にっこりとほほ笑む結。
(コトコは闘いの才がある。力を力で制すわけではない、機転の利かせよう……これが当主となる人材なのね)
ぱちぱちぱち、と結の拍手の音が道場に響く。
(まだ、首元に感触が……)
(だ、だめだ。颯さ……颯といるとどきどきして集中できない……)
2人はそれぞれに身体の奥から想いが溢れてくるのを抑えきれずにいた。
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