第13話

「じゃあ、颯クン、出口に行きましょっか。」

「あの・・・・・・」

先に歩き始めた結の背に、颯が声をかける。

「琴子さんは、昔からああいう感じですか?」

「ああいう感じって?」

「なんとなく……、ほら、俺ってちゃらいキャラではあるけど、割とみんなの中に溶け込むというか、心を開いてもらいやすいタイプなんだけど……」

颯は言葉を探す。

「琴子さんはなんというか、硬く大きな門でがちがちに閉ざされいる感じというか。またまだ数日だし当然かもしれないけど、何となく普通と違うなと。」


それを聞いて結が珍しく床をじっと見つめた。

そして歩き出す。

颯も慌てて走る。


「そうね、あなた旦那様だしね。伝えておいていいかもね。」


結は少し立ち止まり、振り返った。

そうして、とても寂しそうな目を颯に向けた。


「コトコはね、子どもの頃に大切な友達を亡くしてるの」

颯ははっと結を見つめる。

「友達を……?」

「事故でね……。」

颯の表情が険しくなる。

結は再び歩き出した。


「ほら、あの子あんな感じでしょ、博物館とか大好きで、それが幼稚園とかそれくらいからなのよ。変わってる子どもっていうか。」

結は苦笑いを浮かべる。

「周囲からは浮いちゃってたのよね。いじめとまではいかないけど」

結の声色は悲しい響きをまとっている。その中には大事なものを傷つけられたときの怒りのような色も混じっているようだった。

颯は静かに耳を傾けた。


「本人は意外とね、芯も強い子だから気にしていなかったんだけど……」

結の声が小さくなり、微かに震えを含んだ。


「その中に1人ね、すごく自然に声をかけてくれた子がいてね、琴子のよき理解者だった。言葉にはしないけど、親友に近かったと思うわ。私も少しね、会ったことがあるんだけど、とてもいい子だったわ。コトコと合うっていうか……」


博物館の出口が見える。

こちら側の照明は明るいが、外はもう暗くなり始めていた。


「それが、突然の事故で……。コトコはそれから、自分が関わって大切な人を失うことが怖くなってしまったのよね、きっと。あるいは、どこかでその子が死んだのを自分のせいだと思っているのかも」

結は言葉にしながら、心がぎゅっと締め付けられるような気がした。


「コトコはある線を越えそうになると、すーっと壁を作るのよ。」


出口に着いた。

辺りはちょうど暗くなり、帰宅の途に就く人々が増え始めている。


「だからね、あの子が心を開けなくても待ってあげてほしいのよ。こんなの家の者としては甘すぎるお願いなんだけど、私は……あの子の姉さんみたいなものだから。」


颯はその言葉にはっと顔を上げる。


「えぇー!お兄さんでしょ、みたいな突っ込みはナシの助~!」

「あっ、いやっ、そんなつもりじゃなくて……」


結の人差し指がぐりぐりと颯の鎖骨の端を押す。


「なんか、結さんって昭和のにおいがしますね。」

「えぇー!失礼極まりなし!私は、平成生まれよ!へ・い・せ・い!この感じは親譲りよ!」


結の人差し指が更に食い込む。


「何の話をしているの?ずいぶん仲良しになってるのね!」

琴子が、先ほどまでの戦闘が嘘のような柔らかな雰囲気で現れた。


「さぁ、帰りましょう。」


琴子の愛らしい声が颯の耳に届く。


街の灯りが、琴子の横顔を淡く照らした。

その一瞬、颯の胸は抗えないほど強く高鳴っていた。

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