エピローグ

「はい、義父が見つからないんです。孫の卒業式で、教室までは一緒にいたんですけど、お手洗いのためにはぐれた後から合流できていないらしく……」

 母さんと車に乗って帰宅して、どれだけ時間が経っても祖父が帰ってくることはなかった。当然だ、あの場で死んだのだから。そんなことを説明するわけにもいかない僕は、嘘をついた。母さんは丸一日時間を置いて、ようやく警察に連絡した。

 その横で僕はソファのリビングに寝転がりながらスマホを触っていた。グループラインで秋山と朱音さんがあのあとどうなったのかをずっと心配していた。一輝と二人で、あれは文面で残すことじゃないというふうにまとまり、僕らは今日、学校に集まることとなっていた。

「出かけてくるよ」

「花束持ってどこに行くの」

「渡したい人がいてさ」

 嬉しそうに笑う表情は秋山とよく似ていた。いつもなら既に帰宅している時間に僕は家を出ていた。徒歩圏内とはいえ、二十二時を過ぎた時間に花束を持って歩くのは恥ずかしかった。

 卒業したとは思えないほど、いつもと変わらない気持ちで校門を潜った。職員室でまだ先生たちが仕事をしていた。僕はそこから気づかれないように遠回りして歩いた。一輝が指定したのは四年生の教室の窓側の外。植栽があって、普段立ち入ることのない場所に立つ。推測ではあるが、火をつけられた箇所のうち一つはここだろうと話していた。一番多くの人が亡くなった場所から一番近い場所に立っている。

「おはよう……って言うのも、なんだか変だね」

 秋山だった。学校でよく見ていたラフな格好をしている。彼女も花束を持っていた。

「なんか、そう言われると夜に会っているのにおはようって挨拶するのがいつの間に当たり前になっていたけど、入学したときはすごく違和感があったな」

「久しぶりっていうほど時間も経ってないし、なんだか難しいね」

「昨日ぶりとか?」

「それ便利!」

 声が響かないように話しながらも盛り上がってしまった。ビニールのガサガサという音がして、振り返ると一輝と朱音さんがいた。

「ごめんな、待たせて」

「全然いいよ。デートでも行ってた?」

「二人ともこれ持ってデートは行けねぇよ」

 そう言いながらも、一輝も朱音さんも学校生活では見たことのなかったオシャレな服装をしていた。花束を取りに行くためだけに、一度家に帰ったに違いない。

「綾木くんのおじいちゃん、行方不明なんでしょ」

 朱音さんにそのことを話したっけと疑問に思ったが、ルートが一輝しかないことに気づいてそのまま頷いた。

「学級裁判あったんでしょ。どうだったの」

 秋山も不安そうに聞いてくる。返事は決まっていた。

「教卓の前にいた彼女含めて、みんな成仏したよ」

「本当に?」

「だからこうして花束を持ってきてもらったんだろ」

「そっか。それならいいね。良かったよ」

 一輝が青の花束を地面にそっと置いた。朱音さんが黄色の花束を置く。秋山はピンクの花束を。最後に僕が白の花束を置いた。卒業式のときにもらった花束を捧げようと決めていた。あんなことがなければ彼女たちもきっと、同じ花束を持って笑っていた。

 誰からともなく手を合わせた。語り継ぐべきなのかどうか、わからない。彼女たちがそれを望んでいるのかどうかもわからない。

 だけど、すべてを見た。すべてを知った僕たちだけは忘れてはいけない。未練も恨みも抱く暇なく殺されてしまった人たちも含めて、みんなが天国で、もしくは生まれ変わって、こんな出来事とは無縁の世界で生きていけるように。

 ただ、それだけを祈った。

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燃ゆる君たちへ花束を @Ammy53337300

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