第6話 演劇部の部室

「たのもー!」

 凛がドアを激しくノックしながらそう叫んだ。

 雫があわてて凛の腕を掴む。

「やめてよ凛ちゃん! 道場破りじゃないんだから!」

 放課後の部室棟に、雫と凛、そして結芽の姿があった。声優についての話を聞くために、演劇部の部室にやって来たのである。

 結芽がボソリと言う。

「道場破りって何?」

 凛が嬉しそうに結芽に視線を向けた。

「強盗さんたちが銀行に押し入って!」

「うん」

「でっかくて分厚い鉄の扉に付いてるダイヤルをカチカチって!」

「うん」

 雫が慌ててその会話に割り込む。

「凛ちゃん! それは金庫破りだよ! 私が言ったのは道場破り!」

「じゃああれだ! テレビの特番のマラソン大会の難所の坂!」

「それって……心臓破りだ! 違いすぎるよぉ」

 雫の言葉に、凛がおどけるようにペロッと舌を出す。

「やりすぎかな? 掟破りだった?」

「うーん、型破りかな」

 結芽がポカンとして二人を見つめる。

「破ってばっかり」

 ハッとして雫が言う。

「だから、道場破りだってば!」

「やっぱり道場破りなんだ、これ」

 凛がニヤリとしてそう言った。

 しまった! また凛にやられた!

 道場破りじゃないと言ったはずなのに、いつのまにかそうだと言ったことになっている。

「凛ちゃん!」

「まぁまぁそう怒らずに、早く演劇部に話を聞こうよ。お先にどうじょう、なんてね!」

「もう!」

 三人がそんなやりとりを繰り広げていると、演劇部の扉がゆっくりと開いた。

「おはようございます、何か御用でしょうか?」

 そこにはスラリとした女生徒が立っていた。身長は雫より10センチ以上高く、165センチを越えているだろう。背中の真ん中ほどもあるストレートロングが、サラサラと美しく揺れている。

「おはよう? 今はもう放課後」

 結芽が首をかしげてそう言った。

「あら、同じクラスの桜田さんではありませんか?」

「結芽でいい」

「じゃあ結芽さん、わたくしども演劇部では、いえ芸能関係の世界では、どんな時間でもごあいさつは“おはようございます”なのですわ」

 雫が驚きの目を凛に向ける。

「そうなの!?」

「うーん、それは知らないなぁ」

 雫の視線が長身の女生徒に向けられた。

「ご存知ないかもしれませんが、演劇の世界や芸能界、そしてテレビやラジオなどの放送業界などではそうなっています」

 そう言って上品に笑う女生徒。

 あわてて雫が凛と結芽に目配せをする。

 そして小声で、

「せーの」

「おはようございます!」

 三人がきれいに揃って頭を下げた。

「それで、この人誰?」

 凛の質問に、結芽がスッと右手を上げ手のひらを上に向ける。

「伊勢麗華、私と同じ一年A組で、一番の美人」

「麗華でいいですわ」

 そう言ってニッコリと笑う。

 確かに美人だぁ。

 雫と凛は、危うくうっとりとしたため息を漏らしそうになった。

「それで、演劇部に何か御用ですか?」

 そうだった!

 用事があってここに来たのだ。

 だが雫が口を開く前に、また凛がボケをかます。

「御用だ! 御用だ!」

「あら、あなた岡っ引きさんですか?」

「のっぴきならねぇんだ! べらぼうめ!」

 結芽がいつものようにボソリと言う。

「おかっぴきとかのっぴきとか、何匹いるの?」

「その匹じゃない!」

「その匹じゃありませんわ」

 凛と麗華の声がキレイに揃った。

 目を合わせて笑ってしまう二人。

「さてここで問題です」

 あ、また結芽のクイズ番組が始まった!

 雫と凛が顔を見合わせた。

「私はトカゲさんを三匹飼っています。今、箱の中に隠れているのは何びきでしょう?」

「結芽ちゃん、トカゲなんか飼ってるの!?」

 驚きに目を丸くした雫に、結芽は自分の胸ポケットを指差した。

 ちょこんと顔を出している緑の何か。

 あれって……ぬいぐるみ?

 雫が首をかしげていると、結芽はそれをスポッとポケットから取り出した。

「それ、エリマキトカゲのぬいぐるみだったんだ」

 だが凛のその言葉に、結芽は首を横に振った。

「ううん、これはキクラゲ」

「いや、どう見てもエリマキトカゲじゃん!」

「エリマキトカゲじゃなくて普通のトカゲさん。キクラゲは名前」

「トカゲなのにキクラゲなの!? それにエリマキ付いてるのにエリマキトカゲじゃないの!?」

「寒がりだからエリマキ巻いてる」

「なるほど! エリマキしたトカゲのキクラゲちゃんなんだ!」

「うん」

 うなづきながらキクラゲの頭をナデナデしている結芽。

 いやいや、トカゲかエリマキトカゲか、はたまたキクラゲなのかより、今は全く分からないクイズだ!

 そう思った雫が結芽に向かって叫ぶ。

「ヒントください!」

 ゆっくりと雫に視線を向ける結芽。

「何びき、でしょう?」

「結芽ちゃん、それは聞いたよぉ。凛ちゃん、分かる?」

「うーん、サッパリ分からん」

「今のヒントで分かりましたわ」

 麗華が再びニッコリと上品な笑顔を見せた。

「三匹ですわね」

「正解」

「どうして分かったの!?」

 雫と凛が興味津々の表情を麗華に向ける。

「簡単な推理です。もしトカゲさんが一匹なら“ぴき”、二匹なら“ひき”です。でも結芽さんは“何びきでしょう?”とおっしゃいました。なので三匹ということになりますわ」

 すごい! この人頭もいいんだ!

 いや、問題を出した結芽も頭がいいのかな?

 雫は思わず小首をかしげる。

「それで、もう三回目ですが……演劇部に、何か御用ですか?」

 その麗華の言葉に、再び凛の目がキラリと輝いた。

「こんちは! 三河屋です!」

「それは御用聞きさんですわね」

 突っ込みも早い!

 やっぱり頭がいい人なんだ。

 いや、そんなことを考えている場合では無かった。

 ここへは、疑問を解決するためにやって来たのである。

「あの、声優さんの演技について知りたいんです!」

 やっと言えた!

「なるほど。演技について聞きたいから演劇部を訪ねてきたのですね?」

「はい!」

「それなら、新入部員のわたくしではなく、先輩にお話をうかがったほうが得策でしょう。さぁ、お入りになって」

 そう言うと麗華は、雫たちを先導して部室内に足を向けた。

「あれ? 雫と凛じゃない、どうしたの?」

 そう言ったのは、ショートカットで活発そうな女生徒だ。

「あ、志幾さん」

「ひなたって演劇部なんだっけ?」

 雫、凛と同じクラスの志幾ひなたである。

「言ってなかったっけ? 私将来、小劇場のスターを目指してるの!」

「じゃあひなたでもいいや、ねぇ雫の疑問に答えてあげてくれないかな?」

 首をかしげるひなた。

「どんな疑問?」

 雫の目が真剣そのものに変わる。

「声優さんの演技について、知りたいの!」

「声優さんかぁ……」

「教えて!」

 麗華に視線を向けるひなた。

「麗華、分かる?」

「そうですわね、わたくしもあまり詳しくは分かりませんわ。志幾さんはいかがですの?」

「私もよく分かんないなぁ」

 部室が沈黙に包まれる。

「間もなく部長がお見えになると思いますわ。その疑問、わたくしも知りたいですし、もう少しお待ちいただけませんか?」

 麗華が申し訳無さそうにそう言った。

「待ちます! いくらでも待たせていただきます!」

 ついに疑問が晴れるのかもしれない。

 心がワクワクに包まれる雫であった。

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