第7話 ミュージカル

「皆さ〜ん、おはようございま〜す♪」

 雫、凛、そして結芽の三人は思わず“きゃっ!”と飛び退いてしまった。

 突然演劇部の扉がガラリと開き、一人の女生徒が飛び込んできたのだ。しかも、両手を大きく広げて歌いながら。少し茶色がかった貴族のような縦ロールがゆらゆらと揺れている。だが、部員の伊勢麗華は動じることなく、同様に両手を広げた。

「青島部長〜♪ おはようございま〜す♪」

 しかも部長と呼ばれた女生徒と同じように、歌いながら返事をしたのである。

 驚きに目を丸くする雫。

「な、何これ!?」

 結芽が冷静な声でボソリと言った。

「ミュージカル」

 そして凛は楽しそうに目を輝かせている。

「おもしろそ〜!」

 その時、麗華と同じ部員の志幾ひなたが、軽く頭を下げた。

「部長、おはようございます」

「お前は歌わんのかーい!」

 凛の突っ込みに、ひなたは肩をすくめる。

「言ったでしょ、私は小劇場のスターを目指してるの。ミュージカルは専門外よ」

「あら、わたくしも専門外ですわ」

「麗華は歌が上手いから、いいけどさ」

 麗華さん、頭がいいだけじゃなくて歌も上手いんだぁ。

 雫が感心する目を麗華に向けた。

「さてここで問題です」

 出た! 結芽のクイズ番組!

「ミュージカルで、さっきの私たちみたいに悲鳴を上げるのは何でしょう?」

 難しい!

 雫と凛が顔を見合わせる。

「もしかしてそれって……」

 そう言いかけた麗華の言葉に、雫が勢いよく割り込んだ。

「今度は私が答える! 結芽ちゃん、ヒントちょーだい!」

 ゆっくりと顔を雫に向ける結芽。

「動物さん」

「えーとえーと、動物って何がいたかな!?」

 凛が首をかしげながら言う。

「犬……とか?」

「それだ! 犬だから、ワンマンショー!」

「それ、ミュージカルとは限らないじゃん」

「突っ込んでないで、凛ちゃんも考えてよ!」

 わちゃわちゃしている二人に、麗華がそっと声をかけた。

「お二人、わたくしからもヒントを差し上げましょうか?」

 雫と凛は、サッと麗華に向き直りペコリとおじぎをした。

「よろしくお願いします!」

「先程のみなさんですが、どんな悲鳴を上げましたか?」

 首をかしげる雫。

「どんな悲鳴?」

「よし! じゃあもう一度やってみよう!」

 そう言うと凛は、扉を開けて部室の外へ出ていった。

 そして勢いよく、再び室内に飛び込んでくる。

「みんな〜♪ おはようさんでっせ〜♪」

「私、そんな風に歌ってません!」

 部長の青島香澄が猛烈に抗議した。

「そうだっけ? でも、大体こんな感じでしょ?」

「違います! しかも、私はそんなに歌が下手ではありません!」

「あちゃ〜! 部長さん、痛いとこ突いて来る〜」

 凛が頭を抱える。

 凛は歌うことが大好きだ。だが、好きだからといって上手いとは限らないのが歌である。

「それで、凛ちゃんは何がしたかったの?」

 雫の質問に、凛が頭をポリポリとかいた。

「部長さんが来たところを再現したら、どんな悲鳴を上げたか分かるかなって」

「そうか! じゃもう一度やってみて!」

「了解!」

 再び再現を繰り返す凛。

「一同のもの〜♪ 面を上げ〜♪」

「ははぁ!」

 両手を上げ、ひれ伏す仕草の雫と結芽。

「なんか違うなぁ、じゃあもう一回!」

 また部室に飛び込んでくる凛。

「てぇへんだ、てぇへんだ! 江戸の町に事件だぁ!」

 麗華がふふふと笑った。

「凛さん、岡っ引きさんが好きなのですわね」

 その時急に、雫がパッと手を上げて叫んだ。

「はい! 岡っ引きは“ぴき”だから、一匹です!」

「正解」

 そう言った結芽に、凛が突っ込む。

「それって一つ前のクイズじゃん。今は悲鳴が答えなんでしょ?」

「そうだった」

「あーっ! あなたたち、いったい何をやってるのよ!? そんなに再現したかったら、私がもういちど やってあげるわ!」

 そう叫ぶと、部長の青島が部室から飛び出した。

 そしてその勢いとは違い、丁寧に扉を閉める。

 息を呑んでその様子をうかがう雫と凛。

 ガラッ! と乱暴に扉が開き、青島が踏み込んできた。

「皆さ〜ん、おはようございま〜す♪」

 雫、凛、そして結芽の三人は思わず“きゃっ!”と飛び退いてしまう。

 その時、雫の脳裏にある言葉がひらめいた。

「分かった!『キャッツ』だ!」

「正解。雫に1ポイント」

「やった! 当たった!」

 『キャッツ』は、T・S・エリオットの詩集『ポッサムおじさんの猫とつき合う法』を原作とした大ヒットミュージカルだ。1981年にロンドンで初演され、その後ブロードウェイでも大成功を収めた。その後日本では1983年から劇団四季が上演、やはり大ヒットとなっている。

「うぎゃーっ!」

 だが、そんな雫と結芽の様子を見ていた青島が、別の悲鳴を上げた。

「あなたたちどうしてここでクイズ大会やってるのよ!? て言うか、あなたたち誰よ!?」

 正論である。

 その疑問には、ひなたが答えた。

「声優の演技について知りたくて、演劇部を訪ねてきたらしいですよ」

「1年B組、淡島雫です!」

「同じく1年B組、高千穂凛でぇす!」

 二人が揃って頭を下げる。

「そしてもうひとりは、わたくしと同じクラスの桜田結芽さんです」

 麗華の紹介に、結芽が青島に向き直った。

「桜田結芽、好きなのは中華クラゲ」

「それは聞いてない!」

 興奮する青島に、麗華がなだめるような口調で言う。

「まぁまぁ。でも、実はわたくしも声優さんの演技については、色々と疑問があるのです。ぜひ部長に教えていただけるとありがたいのですが」

 青島は、ふぅっと大きく息を吐くと、雫たちに視線を向けた。

「分かったわ。それで、声優のどんなことを聞きたいの?」

 これで答えにたどり着けるかも!

 雫の顔がパッと明るくなる。

「私、お昼休みの校内放送で井上喜久子さんの朗読を聞いて感動したんです! それで、放送部へ行って朗読について聞いてみたんですけど、放送部の朗読は声優さんのとは全く違うって言われてしまって……」

「誰がそう言ってた?」

 それには凛が、なぜかニヤニヤしながら答えた。

「部長の安田」

「あら凛さん、先輩に対して呼び捨てはよくありませんわ」

「あ、ごめん! 部長の安田っち!」

 その言葉を聞いた青島が、凛と似たニヤニヤ笑いを浮かべた。

「確かに、あいつならそう言うわね」

「お願いします! 朗読について、演技について教えて下さい!」

 雫の真摯な眼差しが気に入ったのか、青島はゆっくりとうなづいた。

「分かったわ。演技について、この私が教えてあげましょう!」

 そう言うと青島は、その豪華で貴族のような縦ロールをすっぽりと頭から取り外した。

「それ、ズラだったんかーい!?」

 凛の突っ込み通り、縦ロールを脱いだ青島はショートカットである。

「演劇部たるもの、日常生活全てがお芝居の稽古なのです!」

 何言ってるのかよく分からん……。

 そんな顔で肩をすくめる凛。

 だが雫の瞳は、期待にキラキラと輝いていた。

 今度こそ何か分かるに違いない!

 その胸は、いつの間にかドキドキと高鳴っていたのである。

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