第5話 放送部の朗読

「えっと、桜田さんだっけ?」

「結芽でいい」

 視線を向けた雫に、結芽がボソリとそう言った。

 そんな結芽に凛が問いかける。

「ドリームの“ゆめ”?」

 ゆっくりと首を左右に振る結芽。

「違う」

「じゃあどの“ゆめ”?」

「さて、どれでしょう?」

 二人の謎の会話に、正広が突っ込んだ。

「クイズ番組かよっ!?」

「うん」

 正広に向いてうなづく結芽。

「いや、番組ではないし“どれでしょう?”って問いは、まず選択肢を提示してからの質問ではないのか!?」

 その言葉に即座に反応したのは凛だ。

「西部!」

 一瞬の間が開き、正広がハッとする。

「それは開拓史! 僕が言ったのは選択肢! しかし『西部開拓史』って、君はよくそんな古い西部劇映画を知っているな」

「オタクをナメてもらっちゃあ困るぜ、ダンナ!」

「誰がダンナだよ!?」

 映画『西部開拓史』は、1962年にアメリカで公開された超大作西部劇映画で、アメリカのフロンティア精神を大スケールで描いた作品だ。第36回アカデミー賞でも、作曲賞、録音賞、脚色賞と、3部門での受賞を果たしている名作である。

 日本では1974年のテレビ初放送で大人気となり、その日本語版での声優たちの演技は今日でも“洋画吹き替えの名作”として高く評価されている。

 ポカンと口を開けて二人の会話を聞いていた雫が、凛に感心の目を向けた。

「凛ちゃんってやっぱりすごーい! オタクって何でも知ってるんだ」

「声優さんの吹き替えに興味があって、映画にはちょっと詳しいんだ」

 凛はちょっと嬉しそうに言った。

「本当にハカセなんだぁ」

 尊敬の眼差しを凛に向ける雫。そこに再び結芽の質問が飛ぶ。

「そんなハカセに問題です」

「何でも聞くのじゃ!」

「さて、私の“ゆめ”はどれでしょう?」

 だがその問題に答えたのは正広である。

「“ゆめ”の“ゆ”は結ぶ! “め”は草木が芽を出すの芽!」

「どの“め”?」

「だから草冠に牙の芽じゃーっ!」

 凛が両手を上げ、猛獣の仕草をした。

「がおーっ!」

「その牙じゃなくて、地面から牙みたいに突き出してくる草ってことだ!」

「草生えたぁ」

 と言ってニヤニヤと笑う凛。

 そこで凛にからかわれたと気付いた正広。

 放送室に、そんな彼の大きなため息が響いた。

 雫が再び結芽に視線を向ける。

「それで、桜田さんだっけ?」

 結芽がまたボソリと言う。

「結芽でいい」

「じゃあ、結芽ちゃん!」

 やっと話が元に戻った。

 ホッとして、再びため息をつく正広。

「結芽ちゃんは、声優さんと放送部の違いって知ってるの?」

 ふるふると首を横に振る結芽。左右のツインテールがゆらゆらと揺れる。

「知らない」

「そっかぁ」

 残念そうにうなだれる雫だったが、凛は逆に元気いっぱいに正広に向き直った。

「さ、先輩の出番ですよ! 声優と放送部の違いを教えてください!」

「断る! また僕をからかう気だろ!?」

「大丈夫ですって! もう草生やしたりしませんから!」

 雫が不思議そうな顔を凛に向けた。

「どこに草が生えたの?」

 結芽がまたボソリとつぶやく。

「草むしりしなくちゃ」

「あーっ! 分かった分かった! ちゃんと説明するから、しっかり聞くように!」

「了解ですぜ、ダンナ!」

 そんなからかい混じりの言葉とは違い、凛の目も真剣なものに変わっていた。

 なにしろ正広はJコンの優勝経験者だ。ついに核心をついた話が聞けるのかもしれない、そう期待しているのだ。

 正広は、興奮した自分を抑えるように大きく深呼吸してから雫たちに向き直る。

「ポイントがいくつかあるので、黙って聞くように。ふざけた突っ込みを入れたら、説明はそこで終わりだ」

 声のトーンを落とし、ゆっくりとそう言った正広に、雫と凛、結芽の三人はしっかりと口を閉じたままうなづいた。

 正広の解説は端的で分かりやすかった。

 放送部で行なわれる朗読は、その内容をはっきりと伝えることが最優先であり、聞き取りやすさを意識した正確な発音が必要である。

 つまり、発声や発音、滑舌が重視される。

 演技に関しては、感情表現を控えめにしてナレーション的なトーンで単純化、地の文とあまり差がない規則正しい読み方を心がける。

 つまり、セリフに大きな強弱を付けずに、安定的な聞きやすさを大切にする。

 その目的は、明瞭な発音と技術的な正確さで聞き手に内容を正しく伝えることである。

「分かったか? これこそが朗読のあるべき姿と言えるのだよ」

「それが朗読だって、誰が決めたんですか?」

 凛の質問に、正広は自信タップリに胸を張って答えた。

「JOYV-FM杯全国高校生放送コンクール、略してJコンは知っているだろう? あの由緒ある放送部の全国大会の審査基準に、しっかりとそう書いてあるのだ!」

 Jコンでの優勝経験のある正広が言うのだから確かなのだろう。まぁ彼が優勝したのは朗読ではなく、アナウンス部門なのだが。

 顔を見合わせる雫と結芽。

「井上喜久子さんが言ってたでしょ? 声優はキャラクターに命を吹き込むのがお仕事だって」

「うん、言ってた」

「でも、今の部長さんの説明じゃ、放送部の朗読はちょっと違うみたいだね……結芽ちゃんも放送部でしょ? 今の話聞いたことあったの?」

「ううん、初めて聞いた」

「凛ちゃんは?」

 雫に聞かれた凛は苦笑する。

「私中学で放送部だったから、なんとなくは知ってたかも。だから高校じゃ入らなかったんだよ」

 次に雫は正広に顔を向けた。

「先輩! 声優さんの朗読についても教えてください!」

「それは無理だな」

 突き放すように言う正広。

「どうしてです!?」

「俺は声優についてはよく知らん。さっきも言っただろ? 放送部の朗読こそが本当の朗読なのだよ」

 本当の朗読?

 それってどういうことだろ?

 混乱する雫に、副部長の真希が言った。

「声優の演技って大げさだから、演劇部なら分かるんじゃないかな?」

 凛が首をひねる。

「大げさねぇ」

 その時雫の顔がパッと明るくなった。

「そっか! ねぇ凛ちゃん、放課後、演劇部に行ってみない!?」

「それいいかも」

「私も行く」

 そう言った結芽に、正広が突っ込んだ。

「放課後は放送部の活動があるだろ!? サボっちゃダメじゃないか!」

「じゃあ退部する」

「ええーっ!?」

 結芽の言葉に、放送部全員が悲鳴を上げた。

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