#34 幼馴染のS級美少女は幸せになるのかもしれない


 新幹線に乗って、日本列島を北上している。

 隣では、俺の彼女であるレミーが嬉々としてみかんに齧り付いていた。



 冬休みに入り、俺はレミーと旅行に来ている。

 夏休みは海で夏を満喫したから、今回は北国で雪を楽しもうとレミーを誘ったのだ。



「あのさ、蒼文」

「なに?」

「あたし達付き合ってるんだよね?」

「そうなるね」

「もう十二月なわけよ。付き合い始めたのが十月末なわけで、そうするともうすぐ二ヶ月じゃん」

「そうだね」

「……えっち」

「は?」

「だから、えっち」

「なにが? なんでそうなる?」



 唐突に訳のわからないことを言うのは相変わらずだ。



「本当はえっちなことしたいくせに、焦らしプレイで視姦して、頃合いを見てレミーちゃんを美味しくいただこうとしてることなんて、見え見えだからね?」

「そんなわけあるかっ!」

「じゃあ、なんでキスすらしてくれないの?」

「それは……」



 どの状況でするべきか、皆目見当がつかないからだろ。

 いきなり抱きついてキスをするのもおかしいだろうし、レミーがこんなキャラだから良い雰囲気になることもないし。

 そう考えると付き合う前と後で、俺達の関係性はなにも変わらないことになる。

 仲は良くも悪くもなっていない。



 これまでどおりバイトには一緒に行くし、休みの日は朝から晩まで顔を合わせている。



「まあ、そうだな。レミーが俺のものだと証明する機会を神が与えているわけだ。なにもせずにどこまでお預けできるかっていう試練を課しているとも言える。ここで俺が指一本触れないことで、レミーが寂しくなって他の男に浮気するかもしれないだろ?」

「は? なにその寝取らせ的な楽しみ方。変態だかんね?」

「だれが変態だ」



 レミーは俺の頬を両手で挟み、唐突に唇を重ねてきた。

 いきなりのキスだった。



「は、はぁッ!?」

「どう? あたしの唇の味。甘かった?」

「みかんの匂いだった……って、いきなりかよ」

「文句ある? みかん食べてたんだから、いいじゃん」

「別に悪くないけど……もう少しシチュ考えるとか色々あるだろ」

「あたしと蒼文だもん。別にいいじゃん」



 別にいいけど。



「ところで、雪見温泉に入るってことしか聞いてないんだけど、他になにするの?」

「雪合戦とか、雪だるま作りとか。かまくらとか?」

「だる……」

「……行く前から気だるそうにするな」



 レミーは寒いところが苦手らしく、旅行の提案をしたときから南国に行きたいと駄々をこねていたくらいだ。



 日本は冬だ。

 海に入れるくらいに暑いところなんて、予算内で行ける範囲にはないだろうな。



 それに今回の旅行の目的は……。



 青森に着いて、さっそくタクシーに乗って旅館に出発した。

 旅館は昔ながらの温泉宿。



「古いけど、新しい感じ?」

「だな」

「このチョイスは蒼文なの?」

「……まあ、そう」



 実際は違う。

 今回はある目的があってこの温泉宿にしたのだ。

 さっそく受付を済ませて、部屋に案内された。

 ちなみに今回は、俺がレミーの母親にしっかりと同意をもらって書いてもらったのだった。



 前回は貴崎オーナーに頼んでなんとかしてもらったが、今回は俺がレミーの母親に直談判をした。

 その結果、意外にもあっさりと書いてもらうことができたわけだ。



 それを見て、レミーはどことなく嬉しそうな顔をしていたことが印象的だった。



「和室かよ」

「和室だよ。ダメかよ」

「いいよ。全然良い。布団でぬくぬくして、イチャイチャするのも面白いじゃん」

「……発想がビッチだからな?」

「ビッチ言うな。っていうか、そのビッチ、お前の彼女だからな?」

「はぁ……こんなビッチを彼女にして本当に良かったのだろうか……」

「今更後悔しても遅い。蒼文はもうあたしの手からは逃げられないから。くくくっ」

「どっかの魔族かよ」



 そんな会話をしながら、荷物を置いて窓際の椅子に二人で向かい合って座る。



 窓は結露で曇っていて、指でなぞると絵が描ける。



「見てみて、蒼文の顔」

「どう見ても死んだたい焼きの顔だろ、それ」

「あはは。うん、そんな感じ」

「いや、否定しろし」



 それからしばらくくだらない会話をしているうちに約束の時間となった。



「レミー、夕飯の予約してるんだ」

「おぉ、待ってましたっ!!」



 夕飯は部屋で取るのではなく、レストランに移動してからのスタイルだ。

 レストランでは個室を用意してもらった。

 丸いテーブルのある部屋でレトロモダンな雰囲気がある。



「いらっしゃいませ」

「あの、俺達二人だけですか?」

「はい?」



 訊いてみたものの、意味がわからなかったのかウエイターの女性は不思議な顔をするばかり。

 というもの、俺はここである人とある約束をしているのだ。



「ちょっと、蒼文。なに言ってんのよ」

「いや、ちょっと」

「……もしかして、また霞海とか別の女を呼んでるよかないよね?」

「ないない」

「蒼文はあたしの彼氏なんだからね?」

「もちろん……そうだけど?」

「あたしだけ見て」

「……うん」

「浮気したら、二人とも刺し殺してあたしも死ぬからね?」


 

 相変わらず重い。

 っていうか、怖い。

 そうこうしているうちにウエイターが前菜を運んできた。


 

「当店の料理長のおすすめコースの前菜になります」

「ありがとうございます」

「うわ~~~美味しそう」

「そうだな。食べるか」

「うんっ」



 色鮮やかなサラダだ。

 生ハムとチーズ、それにサーモンが乗っていて、自家製ドレッシングが驚くような美味さだった。



「あれ……」

「どうした?」

「ううん。なんでもない」

「美味しくない?」

「違うの。そうじゃなくて……なんでもない」



 レミーが珍しく真顔になった。

 ずっとハイテンションだったのに、突然そういう顔をするとビックリしてしまう。

 ストーカー事件のときのように、なにかあったんじゃないかって心配するのは嫌だからな。



 次々に料理が運ばれてくる。



 スープ、魚料理、メインディッシュの肉料理にデザート。

 どれも手の込んでいて、他では食べられないような味の料理ばかりだった。



 その間、レミーはずっと真顔だった。



「当料理長が挨拶をしたいと申し出ているのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ。俺は構いませんが」

「……はい」



 呼んでもないのに料理長が来る?

 いったいどういうこと?



「当店の料理長を務める、三ノ輪です」

「えっ」



 ああ、そういうことか。

 ここで待ち合わせというから、一緒に会食をするものだと勝手に勘違いをしていた。

 そうではなく、ここで料理長をしているのか。

 少しだけ年を食ったが、間違いなくあの人だ。

 俺も何回か話したことはあるし、優しい人だったことは覚えている。



 懐かしいなぁ。

 都営アパートに隣接している公園で、レミーと一緒に俺も遊んでもらったことがある。



 そう、この白髪交じりのスラッとした中年男性は、レミーの血の繋がっていない父親だ。

 この人がいたおかげで、レミーはここまで大きくなれたのだ。



 今回の目的はレミーを例の血のつながっていない父親に会わせることだった。

 今まで貯めていたバイト代を使って、霞海さんに紹介してもらった調査会社にレミーの父親の居場所を調べてもらったのだ。

 それでようやく見つかったのが青森だった。



 さっそく俺は見つかった三ノ輪さんに連絡を取って、面会の約束を取り付けたのだ。

 ちなみに余談だが、旅費の一部は三ノ輪さんが出してくれている。



「パパ……なんで……えっ?」

「どうだった? 料理は美味しかったか?」

「どういうこと……? なに、え?」

「ごめんな。突然いなくなって」

「なんで……なんで、なんで……いきなりいなく……なっちゃうのよ……なんでッッッ!!!!」



 レミーは立ち上がり三ノ輪さんに抱きついた。

 大声で泣いて三ノ輪さんの料理服を涙で汚したのだった。



「だからごめん。あのときは……僕も若かったから。玲海琉、大きくなったな」

「あたし……パパがいなくなって……ずっと寂しくて」

「あのときは出ていくしかなかったんだ。君のお母さんとケンカ別れをしてね。家を追い出されて、帰ることができなくなっちゃって」

「ギターだって……預かってる」

「レスポールか。玲海琉、弾くんだろ」

「……うん」

「ライブの演奏上手だったぞ」

「えっ?」



 もしかして、三ノ輪さんはあの野外のライブイベントに来てくれていたのだろうか?



「路上で弾いているときもかっこよかった」

「なんで……なんで声をかけてくれなかったの?」

「僕が声をかけたら、玲海琉は付いてくるだろ。僕と玲海琉は一緒に過ごしていたけれど、親子じゃないからね。未成年誘拐になっちゃうから」



 そうか。

 そういう理由で声を掛けたくても掛けられなかったのか。

 だが、レミーの音楽は届いていた。

 父親が見つかるように、とレミーが弾いていたギターと語りかけるように歌っていた歌は、確かに三ノ輪さんの耳に届いていたのだ。

 


「あたし……ずっと……ずぅーっと会いたくて。でも会えないって諦めていたの」

「僕のほうからは言いにくいよ。まさか元カノの娘に会いたいから来たとか、会いに来てほしいとかは言えないだろ?」

「……え、じゃあ、今日は?」

「蒼文くん。久しぶりだね。君が段取りしてくれて嬉しかったよ」

「お久しぶりです」



 レミーはグズグズになった顔をハンカチで拭いている。



「あの、三ノ輪さん。俺もお礼に来たんです」

「お礼?」

「レミー……玲海琉さんがいたから、俺は今日まで生きてこられました。レミーがいたから、辛い毎日も精一杯生きてこられました。だから、玲海琉さんを育ててくれて、ありがとうございました」

「……蒼文くんも大人になったね」

「今、玲海琉さんとお付き合いさせていただいています。玲海琉さんがここにいるのも、三ノ輪さんがいたからだと思っています。だから本当にありがとうございましたッ!!」

「とんでもない。玲海琉が僕に懐いてくれたからこそ、今の僕があるからね。あの頃は事業を失敗して荒んでいたんだ」



 三ノ輪さんが事業を失敗?

 それで荒れていた?

 いつも優しかった三ノ輪さんにそんなことがあったなんて信じられない。



「仕事で嫌なことがあっても、帰ったら玲海琉がいたからね。小さい子は可愛いし癒やされたよ。それにこの子のためにもがんばらないとって気力が湧いてきてね」

「…………あたしはただ、パパが好きで」

「二人とも本当に大人になったね。会えて嬉しかったよ」

「あの……パパ、もし良かったら、これからあたしと一緒に……」

「ごめん。それはできないんだ」



 レミーは涙を拭って真顔になった。



「今、僕には家庭がある。妻がいて……子どももいるんだ」

「…………そっか。なんとなくそうなんじゃないかって思ってた。大人になるとね、そういうの察しちゃうんだ」

「本当に勝手なパパでごめん」

「いいよ。許してあげる。それと、今までいっぱい幸せをくれてありがとう」


 

 レミーは再び三ノ輪さんに抱きついた。

 今度は涙を拭って。



「あたし……もう会わないから。パパはパパの幸せを全うして。邪魔するつもりもないし、したくない。あたしはいつでもパパの幸せを願ってる。あたしはあたしの幸せを全うするね」



 レミーは自分の気持ちに決別をしたかったのだ。

 別れを言えずに突然離れ離れになって、気持ちの整理もつかないまま暗闇に囚われてしまっていた。

 理由もわからずに、会うこともままならず、ただ空虚な時間がすぎるばかり。

 


 さようなら、を言えなかったことをずっと悔やんでいて、大好きだった気持ちを伝えられずにいた。

 レミーはそんな過去をようやく精算できるはずだ。

 

 

「玲海琉……料理どうだった?」

「あの頃のままだったよ。大好きな味」

「そうか。また食べに来てほしいな。今度はお客さんとして」

「うん」



 三ノ輪さんは深々と頭を下げた。



「蒼文くん。娘をよろしく頼みます」

「心得ています。俺は絶対に玲海琉を幸せにします」

「うん。君になら安心して預けられるよ」

「パパ、さようなら」

「玲海琉、僕も君の幸せを願うよ」



 レミーは再び三ノ輪さんに抱きついた。


 

 こうして一回きりの面会は終りを迎えた。



 


 *




 

 結果的にレミーを騙すことになってしまった。

 サプライズなどという体よく美化されたワードは結局のところ、人を騙すのとなんら変わりない言葉である。



「えっちしちゃうか」

「そんな気分でもないくせに」



 部屋に戻ってしばらく泣いていたレミーだったが、心の整理がついたのか、ようやく冗談を言えるようになっていた。



「蒼文、ありがとうね」

「いや、本当にこれで良かったのかな?」

「うん。おかげで気持ちの整理がついたし、良かったと思う」

「そっか」

「パパにちゃんとあたしの音楽届いていたんだよね」

「そうだな」

「あたし、もっとちゃんと音楽と向き合おうと思うの」

「いいんじゃないかな」

「蒼文は応援してくれる?」

「海外に行く、とか拗らせなければ」

「またそれ言うんだから」



 モデルになろうとしていたとき、空港まで行って引き返してきた話はもはや伝説である。

 でも、それくらいに俺のことを考えてくれていたということ。

 レミーのその気持ちは大事にしたい。



「レミーはレミーのしたいようにすればいいと思うよ」

「蒼文もね」

「そうだな」



 旅行を終えて家に帰ってからは、レミーは吹っ切れたように音楽にのめり込んでいき、人気のスリーピースバンドとして活躍したのはまた別の話である。



 俺はレミーとその後もずっと交際を続けていき、結婚をしたのはそれから一〇年後のこと。

 俺は今でもレミーには幸せになってもらいたいと思っている。

 それは変わらない。



 そして、俺とレミーは二番街のカフェにいる。



「ちょっと、また他の女見てたでしょッ!!」

「見てない」

「見てたね」

「見てないって」



 


 


 あたし以外の女子との会話も連絡先の交換も禁止。毎日話した内容報告して。



 


 


「絶対だからね」

「いちいち重いんだよ」



 ”そして、俺達はいつまでも幸せに暮らしましたとさ”



 

 これまでの俺たち二人の軌跡を文字として起こした。


 

「って、なにどこぞのプリンセスのストーリーみたいな締め方してんのよ。これやり直し」

「は? 普通、披露宴の”ストーリーブック”なんてこんなもんだろ」

「っていうか、なによ、この重い女」

「お前だ……レミー。胸に手を当てて考えろ」

「っていうか、普通結婚式の前日までこんなの作ってる夫婦いる?」

「……だから、レミーが俺の足を引っ張りまくって。書く暇なかったんだろうが」

「はいはい。ほら、あたしの言うとおりに書いて。超絶美少女のレミーはチートスキルで可愛く生まれすぎて、ストーカーに追われまくりの人生でした」

「待て。それは絶対に駄目だ」



 こんな感じで、俺達のストーリーはまだまだ続いていくのだった。



 


 了



 








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クラスのS級美少女を夜の街で目撃してから、なぜか幼馴染の感情が重すぎる件について 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi

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