第45話 断罪の雨、完成の刃 ⚔️🏢

 スプリンクラーの人工雨が、展望室クロノ・ドームの床に降り注ぐ。

 冷却液を含んだ粒子が肌を打ち、焦げた金属の匂いが空間を満たしていた。

 白雷の閃光が過ぎ去った後も、魔導粒子は帯電したまま、床と天井をつなぐようにバチバチと跳ねている。

 雷の余波が床の水を蒸発させ、水蒸気が空間に立ち込めていた。


 ユーマは黒刀を構えたまま、首をかしげる。

 その視線は俺ではなく――エリシアに向いていた。


「……おかしいですね。彼女は死んでいるはずなんですが」


 エリシアは、魔導緑化帯マナ・グリーン・アレイの陰に身を潜めながら、れた髪を押さえていた。

 パンを失った悲しみで顔は蒼白だったが、意識はある。

 雷の直撃を受けていない。ユーマの計算が、狂っていた。


 俺は黒刀の柄を握り直し、静かに告げる。


「周りをよく見ろ」


 ユーマの視線が、床へと向かう。

 そこには、百本を超える黒刀が突き刺さっていた。

 展望室クロノ・ドームの床に、無造作に配置された刀剣の群れ。

 それぞれが雷を受け止め、分散させる避雷針の役割を果たしていた。


 魔導粒子の流れが、黒刀へと集まっている。

 ユーマの意志を離れた雷は、刃の群れに吸われていた。


「……刀を出現させたのは、これが狙い?」


 ユーマの声に、俺は答えない。

 だが、この配置は、最初から計算していた。

 黒刀の具現化リアライズは、ただの武器じゃない。

 都市の魔導波形マナ・ウェーブを読み、雷の軌道を制御するための布石だった。


 俺やユーマにとっては、修行で見慣れた光景だ。

 数ある中から刀を拾い、使える武器を見極める。

 実践を兼ねた訓練――その応用だ。


 俺は一歩、前へ出る。

 スプリンクラーの雨が、黒刀の刃に反射して白く光る。

 都市の頂で、雷と刃が交錯こうさくする。


「次は――お前の番だ、ユーマ」


 スプリンクラーの雨が降り注ぐ中、俺は黒刀を構え、帯電した水面を踏みしめた。

 刃の先に雷が絡みつく。

 魔導粒子が跳ね、足元から火花が散る。


 白雷の余波で蒸発した水が、空間に白いもやを作っていた。

 視界は悪い。だが、それは俺にとって好都合だった。


 俺はわざと強く踏み込み、水飛沫みずしぶきを高くね上げる。

 飛沫が霧と混ざり、ユーマの視界をさらに曇らせる。

 その一瞬の隙を狙って、俺は突撃した。


 迷いはない。ユーマはそんな俺の動きを見て、静かに言った。


「残念です」


 その言葉と同時に、彼は黒刀を手放した。

 代わりに、スーツの内側から真白な魔導式短銃を抜く。

 魔力を弾丸に変換する、殺傷力に特化した武器――剣では勝てないと悟ったユーマが選んだ、確実性の象徴。


 引き金が引かれた。

 銃口から放たれた雷弾が、俺の胸を貫く――はずだった。


 だが、斬られたのはユーマだった。


「断罪」


 俺の声が、雷鳴の中に響く。

 ユーマの身体が、肩から腰にかけて真っ二つに裂ける。

 刃が通った軌跡に、黒い炎が立ち上る。


 撃たれたはずの俺の身体は、黒い炎に包まれ、ゆっくりとくずれていく。

 輪郭りんかくが溶け、熱を帯びた粒子となって空気に溶けた。


 模倣体シャドウ・ダブル――俺の分身体だ。

 さっき、水飛沫を高く跳ね上げた瞬間に、本体と入れ替えていた。


 ユーマの目が見開かれる。

 その視線の先――彼の背後に、もう一人の“俺”が立っていた。


 黒刀を構えたまま、濡れた床に立つ本物の俺。

 雷を避け、水蒸気を利用し、分身体をおとりに使った。


 ユーマの身体が、帯電した水面に崩れ落ちる。

 魔導粒子が彼の皮膚に絡みつき、雷が一斉に走る。


 バチバチと音を立て、ユーマの肉体が焼かれていく。

 皮膚が焦げ、骨がきしみ、都市の波形が黒く染まる。


 彼の最後の表情は、驚愕きょうがくでも恐怖でもなかった。

 ただ、理解だった。


「……これで完成した」


 その声が、焼け焦げた空気に溶けて消えていく。


 俺は黒刀を下ろした。

 スプリンクラーの雨が、焼けた床を冷却していく。

 都市の魔導波形マナ・ウェーブは、ゆっくりと白から青緑へと戻り始めていた。

 断罪は、終わった。


「刀を捨てなければ、まだ戦えたのにな」


 俺はつぶやく。

 スプリンクラーの雨が、ユーマの黒焦げた遺体を濡らしていく。

 確実性を優先した結果、彼は刀ではなく銃を選んだ。

 それが敗因だった。


 ……いや、違う。


 ユーマは、俺に負けることすら想定していたのかもしれない。

 この結末を、彼は“完成”と呼んだ。


 遺体から、白雷の指輪が外れる。

 ゆっくりと浮かび上がり、雨粒に包まれながら淡く光を放つ。

 持ち主の死によって発現する能力――異世界への転移。

 これ自体が、逃走のための鍵だった。


 俺はそれを手に取る。

 冷たい。だが、まだ生きている。

 転移は可能だ。だが、俺はこばんだ。


 スプリンクラーは止まらない。

 都市の冷却システムが、断罪の余波を洗い流している。


 そのとき、足音が近づいた。

 エリシアだった。

 濡れた髪を押さえながら、恐る恐る俺に近づいてくる。


「転移すれば、あなたは助かったのよ?」


 そう言って、俺の手元の指輪を見つめる。

 その目は、少しだけうるんでいた。


 俺は首を横に振った。


「家政夫としての仕事が、まだ残ってる」


 エリシアは、少しだけ微笑ほほえんだ。

 そして、肩をすくめるように言った。


「でも、このままだと都市は崩壊するわ……何かいいアイデアはあるの?」


 あるワケがない。


「それを考えるのは、お前の仕事だろ」


 エリシアは考える素振りを見せた後、ペロリと舌を出した。

 どうやら、この都市は崩壊するらしい。人類は滅ぶようだ。


 それでも、俺は黒刀を握り直す。

 家政夫として――都市の後始末をするために。

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